第六十八話 失われた時間は、一皿のタルトから
新連載始めました(完結保証)
【連載版】悪役令嬢のメイドAですが、お嬢様の婚約破棄を阻止するのも私の仕事です
https://ncode.syosetu.com/n6676lp/
こちらも、よろしくお願いします。
十年以上もの間、亡くなったと信じて弔い続けてきた父、ローヴィン。
けれど、私たちフォレスト家は、父と奇跡的な再会を果たした。
そして一夜明けた今日、私の人生における最重要任務が課せられていた。
父の『接待』……もとい、家族と失われた時を埋めるための『王都観光』である。
「姉さん、これ宝石みたいだね!」
王都の一等地に店を構える高級カフェ『サロン・ド・リュヌ』のテラス席で、エルヴィンが目を輝かせて声を上げた。
夏の陽射しを遮るパラソルの下、私たちの目の前には、旬の瑞々しいフルーツをふんだんに使った『フルーツタルト』が鎮座している。その輝きは、平民の月給が軽く吹き飛ぶほどの破壊力だ。
「しかし本当に良かったのか、リリアナ? こんな高そうな店……。十年以上も家を空け、ろくに父親らしいこともしてやれなかった俺が、こんな贅沢をさせてもらって……」
お父さんが申し訳なさそうに肩をすくめる。
その顔には長い年月を刻んだ皺と、私たちに対する深い負い目が滲んでいる。
無理もない、私たち家族は、お父さんはずっと前に死んだと聞かされていたのだから。
写真の中の笑顔に「行ってきます」と告げることしかできなかった父が今、私たちの目の前に座り、フォークを握っている。
これは夢ではないのだ。
私は込み上げてくる熱いものを押し殺し、眼鏡を中指で押し上げる。
そして精一杯の憎まれ口を叩く。
「それは極めてナンセンスな発言です。お父さんが不在だった期間の養育費、及び父性愛の未払い分を現在価値に換算して請求してもいいですが……昨日の『危険手当』と『事後処理成功報酬』で相殺としておきます。それに、私の貯蓄残高が過去最高値を更新しましたし」
可愛げのない言い方だとは思う。
けれど、こうでも言わなければ、私は泣き出してしまいそうだった。
「生きててくれてありがとう」と抱きつく代わりに、私は財布の紐を解く。
それが不器用な私にできる、精一杯の愛情表現。
「だから気にせず食べてください、お父さん」
「そ、そうだったな。すまないな、リリアナ。そしてお前たちも……」
「何、言ってるのよ、貴方。今日は楽しい家族団らんの日でしょう?」
お母さんが、お父さんの背中を優しくさする。
「そうだよ! もう湿気たツラはしない約束だろ、父さん」
ルルティア姉さんも、フォークを振り回しながら豪快に笑い飛ばした。
そんな中、長女のララーナ姉さんがおっとりした口調で「あ、そうだわ」と言って、白衣の懐から怪しげなガラス管を取り出す。
「みんな、これをかけるともっと美味しくなるわよ」
チャプンと揺れる液体は、毒々しい紫色に発光している。
間違いなく、食品にかけてはいけない色だ。
「……ララ姉さん、それは?」
「これは果実の旨味を極限まで引き出す『濃縮還元エキス試作三号』よ。ただ、副作用で一時的に体が赤く発光するけれど、味は保証するわ」
「没収です」
私は即座に試験管を取り上げた。
危ない。感動の再会が、マッドサイエンティストによる人体実験場に変わるところだった。
ララーナ姉さんは「リリは本当に昔から頭が固いわね。光るくらい何よ、お祭りみたいで綺麗じゃない」とボソボソと呟いている。
「そんなことより、いただきましょうか」
お母さんが場を収めると、お父さんは安堵したように、口一杯にタルトを頬張って「……美味い、美味いなあ」と涙ぐむ。
それを見て、私の肩からようやく力が抜ける。
――平和だ。
書類の雪崩も、イザベラ様の突撃もない。
夏の木漏れ日と甘いお菓子の香り。そして二度と戻らないと思っていた家族の笑顔。
これが享受すべき本来の幸福というものだろう。
そう思いながら、ふとテラス席の奥、植栽で区切られた隣のスペースに視線を流した時だった。
「もしかして、あの方は……?」
視界の端に見覚えのある色彩が映り込んだ。
涼しげな、けれど冷ややかな知性を感じさせる青い髪。そして、私と同じように常に計算と効率を思考の軸に置いているであろう、その横顔。
(エステナ様だ……)
まさか彼女がプライベートでお茶を飲んでいること自体が驚きだが、さらに驚くべきは、その向かいに座っている男性だった。
短く刈り込んだ茶髪に日焼けした肌。
人懐っこい笑顔。その雰囲気は、私の幼馴染であるカイル君に似ている。
だが、よく見れば纏っている空気が少し柔らかい。
カイル君が実直な騎士なら、彼は陽だまりのような青年か。
(こんな時に、まさかエステナ様に会うとは……)
私は反射的に視線を逸らす。
せっかくの家族との時間だ。向こうもプライベートのようだし、余計な挨拶で互いの時間を浪費する必要はない。
私は懐中時計をチラリと見る。
そろそろ、お父さんも食べ終わる頃合い。
混雑する前に撤収するのが効率的だろう。
(よし、今なら気付かれずに帰れる)
私はナプキンで口元を拭い、皆に一言告げると、席を立つために椅子を引く。
「「ガタリ」」
二つ同時に椅子の脚が床を擦る音。
「え……?」と小さく呟いて顔を上げると、植栽の向こうでもエステナが同じタイミングで、「え……?」と立ち上がっていた。
目が合う。
数秒の沈黙。
お互い『面倒だから気付かれないうちに帰ろう』と考えたなと、瞬時に理解し合う。
あまりの思考回路の同期率に、私はため息をつくと、エステナも同じようにため息をついた。
「……奇遇ですね、リリアナ様。このようなところでお会いするとは、わたしのデータにありませんでした」
エステナが眼鏡の位置を直し、不服そうに呟いた。
「はい、今日は家族サービスという名の接待業務です。エステナ様こそ、カトレア様のお守りはよろしいのですか?」
「はい、ありがたいことに本日は非番です。カトレア様は今頃、屋敷で『次こそ、この新作帽子でイザベラに勝つわ!』と、お針子たちを監禁……いえ、激励している頃でしょう」
エステナは涼しい顔で答えると、向かいの男性に視線を向ける。
「そうでした。紹介します。彼は私の幼馴染のアイル・リヒトハウゼンです。あ、勘違いしないでください。今日はアイル君……いえ、彼とは偶然休日が重なったので、データ収集に付き合わせているだけです」
「……幼馴染ですか」
「はい、腐れ縁というやつです。非効率極まりない関係ですが、切り捨てるコストの方が高いので維持しています」
エステナは素っ気なく言ったが、頬を微かに染めて、彼の脇腹を肘で小突いた。
アイル君と呼ばれた青年が、照れくさそうに頭を下げる。
「どうも、エステナがお世話になってます。彼女、いつも仕事の話ばかりしていませんか?」
「アイ……余計なことは言わなくていいです。データにノイズが混じります」
エステナが頬を微かに染めて、アイルの脇腹を、再び肘で小突いた。
やはり似ている。
仕事に生きる合理主義者のエステナを支える幼馴染の青年、アイル・リヒトハウゼン。
まるで、私とカイル君の鏡写しを見ているようだ。
その光景を見て、私は胸の奥が少しだけくすぐったくなった。
「エステナ様、私も紹介しますね」
私は背後に控える、我が家の面々を手で示す。
「私の家族です。父と母、それから姉のララーナと、ルルティア、弟のエルヴィンです」
紹介された父が、「リリアナの友達だな、娘をよろしく頼む」と会釈した。
母は優雅に微笑み、姉たちは「どうも」「よろしくな」と不敵に笑い、弟は影からスッと手を振った。
エステナは私の家族をじっと見つめると、小さな声で、ぽつりと呟く。
「わたしの家族にそっくりだ……」
「え?」
「いえ、なんでもありません。データにないイレギュラーな家系だと思っただけです」
エステナはすぐに冷徹な表情に戻ったが、その瞳には、どこか思い出すような柔らかい色が見えた。
もしかすると彼女もまた、一筋縄ではいかない環境で育ったのかもしれない。
「「……お邪魔しました」」
うっ、発声タイミングまで同じとは。
世界には自分と同じような人がいると、改めて感じた一時だった。




