第六十五話 鏡写し
カイル君の健闘に会場が沸き立ち、試合が進む。
そして、いよいよ準決勝。
現れたのは、ルルティア姉さんとデアシルト団長だ。
「おっさんには悪いけど、今年も賞金はあたしが貰ってくよ」
姉さんは革鎧一つという軽装で、愛用の木剣を肩に担いでいる。
対するデアシルト団長は、カイル君との戦いで息をしているが、その瞳には執念の炎が燃えていた。
「減らず口なおてんば娘だ。リベンジマッチだ。その木剣を、今こそへし折ってやる」
「へへん、やってみなよ!」
銅鑼の開始の合図と同時に、ルルティア姉さんの姿が消えた。いや、速すぎて視認できない。
姿を捉えた時には、すでに団長の懐に入り込んでいた。
「ぐぅっ……!?」
「遅いね!」
団長が体勢を立て直す隙を与えず、姉さんは追撃をかける。団長が剛の剣なら、姉さんは変幻自在な獣のようだ。
数十合の激しい金属音が響いた直後、勝負は決した。
「ここだよ!」
団長の大剣が空を切る。
姉さんはその剣の背に軽やかに飛び乗ると、そのまま跳躍し、団長の兜に木剣を振り下ろした。
団長が膝から崩れ落ち、倒れ込んだ。
「勝者、ルルティア・フォレストォォォォ!」
圧倒的な勝利だった。
会場がどよめく中、姉さんは「へへん、あと一勝!」と無邪気に笑い、倒れた団長に肩を貸して起こしてあげている。
「……やはり、君は強いな」
「へへん、おっさんもなかなかだったよ」
二人は互いの健闘を称え合い、ガシッと腕を組んだ。
その瞬間、私の隣で「きゃあぁぁぁッ!」という黄色い悲鳴が上がった。
「今の見まして、リリアナ! あの熱い視線の交錯と肉体言語による愛の囁きを!」
イザベラ様が頬を赤く染め、バサリと扇子を開く。扇子にはいつの間にか、『祝・ご成婚』の文字が書かれていた。
「『君は強い』とは騎士語で『君を一生守りたい』というプロポーズ! 対する貴方のお姉様の『おっさんもなかなかだった』は、『貴方になら人生を預けられる』という受諾の返事! ああ、汗と土埃にまみれたウェディング! これこそ闘技場ロマンスですわ!」
「……イザベラ様、通訳が独創的すぎます。あれは単に『次は勝つ』と言い合っているだけです」
私の冷静なツッコミなど聞こえていないのか、イザベラ様は「引き出物はプロテインがいいかしら」とブツブツ呟いている。
そんな外野の騒ぎを知る由もなく、姉さんはニッと笑って、控え室へ戻っていった。
「リリアナ、やはり、お前の姉は化け物だな……」
「はい。改めて、私もそう思います」
殿下が戦慄する中、いよいよ決勝戦の相手が決まる。
最後の準決勝の対戦カードは、謎の仮面剣士『アンノウン』対、東方の武術使いだったが、試合はまたも一瞬でアンノウンの勝利に終わった。
男が剣を抜いた瞬間、相手の武器が切断され、勝負を決していたのだ。
会場がざわめく。
強すぎる。そして不気味すぎる。
アンノウンは歓声に応えることもなく、ただ静かに退場していく。
そして迎えた決勝戦。
ルルティア姉さん対、アンノウン。
大歓声の中、二人の剣士が対峙する。
会場の空気はこれまでの試合とは異質なものだった。
「……あんた、何者だい?」
ルルティア姉さんが、いつもの軽口を封印し、低く問いかける。
野生の勘が警鐘を鳴らしているのだ。目の前の男が、ただの剣士ではないと。
仮面の男は何も答えない。
ただ無言で剣を抜き、切っ先を下げた独特の構えを取るその瞬間、姉さんの目が大きく見開かれた。
「なっ……!?」
姉さんも木剣を構える。
それは奇妙なことに、仮面の男と全く同じ構えだった。
「始め!!」
審判の合図と同時に銅鑼が鳴らされ、二つの影が交錯する。
剣が激突し、重い衝撃音が闘技場に響き渡る。
あまりに壮絶な勝負が繰り広げられるが、それ以上に異様なのは、二人の動きが鏡合わせのようにシンクロしていることだった。
「呼吸、間合い、踏み込みの癖……」
ルルティア姉さんが剣を交えながら呟く。
打ち込むたびに確信が深まっていく。相手の攻撃が来る場所が分かる。なぜならそれは、姉さんが幼い頃から叩き込まれ、何万回と振るってきた剣そのものだったからだ。
「この剣を知っているのは、あたしと……死んだ父さんだけだよ! なぜ、あんたが知っているんだい!」
姉さんが咆哮し、渾身の一撃を放つ。
仮面の男は無言のまま紙一重で受け流し、カウンターを放つ――だがその寸前で、わずかに剣を止めた。
「どこ見てんだよ!」
姉さんの蹴りが、男の脇腹に突き刺さり後退りする。
ルルティア姉さんは追撃の手を緩めない。
「あんた、誰だ!? なぜ父さんの剣を使うのさ!?」
問いかけながら、木剣を振るう。
男は防戦一方。いや、まるでわざと攻撃を受け止めているようにも見える。
貴賓席で見守る私の手にも、汗が滲んでいた。
「……リリアナ、一体どういうことだ? あの二人はまるで同じ流派……いや、親子喧嘩を見ているようだぞ」
「……分かりません。ですが……」
私は観客席のお母さんを見ると、祈るように両手を組んでいた。それはララーナ姉さんもエルヴィンも同じだった。
闘技場の中央。
姉さんが勝負に出る。相手の剣を巻き上げ、懐に飛び込む捨て身の攻撃。かつて父が教えたであろう奥義かもしれない。
「おおおおおっ!」と闘技場が歓声に沸く。
男が反応し、咄嗟に防御しようとするが姉さんの方がわずかに速かった。
鉄よりも硬い木剣が男の鉄仮面を捉える。
パリンッ! 乾いた音が響き仮面が粉々に砕け散る。
男はよろめきながら膝をつくと、露わになったその素顔に、ルルティア姉さんが驚愕の表情を浮かべ、立ち尽くす。
白髪交じりだが、精悍な顔立ち。
日焼けした肌に刻まれた無数の古傷。
そして、私たちに向けられた、困ったような、けれど愛おしそうな瞳。
「……強くなったな、ルル」
その声は10年もの間、一度だって忘れたことのない、低く温かい声。
「父……さん……?」




