第六十二話 密輸摘発記録
「さあ、皆様! 税の徴収よ!」
イザベラ様の号令と共に、近衛兵に守られた令嬢たちが次々と甲板へ乗り込んでいく。
彼女たちの目は、完全にバーゲンセールの獲物を狙う狩人だ。
「お、お前たち! 奴らを阻止するのだ! 船倉には一歩も入れるでないぞ!」
バラスト公が船員たちに命じるが、船内に乗り込んだ近衛騎士団長が鋭い声で命じる。
「総員、構え! 公務執行妨害を行う者は拘束せよ! カイル、お前も副団長の隊と船倉を制圧しろ!」
「はっ! お任せください、団長!」
団長の後ろから飛び出したのは、私の幼馴染、カイル君だった。
入隊してから一度しか会ってないけれど、まさか、こんなところで目にするとは思ってもいなかった。
カイル君は逞しく日焼けした顔を引き締め、船員たちのバリケードを突破していく。
「動くな! 王宮騎士団だ!」
カイル君の鮮やかな剣捌きと的確な指示で、船倉への道が開かれる。
私はボートからその様子を見て、小さく頷いた。
彼もまた、騎士として着実に信頼を積み重ねているのだ。
障害のなくなった船倉へ、令嬢たちがなだれ込む。
「あら、これはまさか!? 遥か東の国の着物で使われる『正絹』ですわよ!」
「こっちは輸入が禁止されている『希少獣の毛皮』よ!」
「ブランド品の偽造バッグが山のようにありますの!」
令嬢たちの鑑定眼は鋭い。
次々と運び出される木箱。その中身は外交機密書類などではなかった。
関税逃れの密輸品、禁制品、そして横流し用の高級嗜好品の山だったのだ。
「バラスト大使……これはどういうことですか?」
殿下が冷ややかな声で問う。
ボートから上がってきた殿下の手には、木箱から抜き取った『二重帳簿』が握られている。
「親善大使の船というのは、密輸船の隠語だったのかな?」
「ぐ、ぐぬぬ……! こ、これは、その……個人の趣味で……!」
「個人の趣味で運河を塞ぎ、国交を危機に晒したと? なおさら罪深いな」
バラスト公は脂汗を流し、後退る。
もはや言い逃れは不可能だ。
「没収だ。これら全てを『違法建築物の撤去費用』および『滞納した税金』として国庫に納める」
私の指示で、次々と積荷が運び出されていく。
クレーン魔導具によって重い密輸品が陸揚げされるにつれ、船体が徐々に、しかし確実に浮き上がっていくのが分かる。
喫水線が下がり、泥に食い込んでいた船底が離れていく。
「リリアナ様、浮力計算完了しました」
エステナがバインダーを閉じる。
「現在の積載量なら、喫水は50センチ上昇。タグボートによる牽引が可能です」
「ありがとうございます、エステナ様。完璧な計算ですね」
「貴女の強引な法解釈があってこそです。……悪くない手際でしたよ」
エステナがわずかに口元を緩める。
私たちは顔を見合わせ、頷いた。
「満潮の時間です。タグボート、全機牽引開始!」
私が旗を振ると、待機していた王国の牽引船が一斉にロープを引く。
ズズズッ……。
巨大な船が、軋む音を立てて動き出した。
一度動き出せば、あとは水の流れが手伝ってくれる。
座礁していた『エバーギヴァー号』は、ついに運河の呪縛から解き放たれ、ゆっくりと下流へと流れていった。
「動いた……!」
「やったぞー!」
港に集まっていた群衆から歓声が上がる。
バラスト公はその場に崩れ落ちた。
密輸が露見し、船の制御も失い、彼の外交官としての生命はここで終わった。
「連れて行け。国際法廷でじっくり話を聞かせてもらう」
殿下の合図で、近衛兵がバラスト公を拘束する。
カイル君もその列に加わり、私に気づいて小さく敬礼を送ってきた。
ふんぞり返っていた老人は、小さくなって連行されていった。
「ふふん! ざまぁ、みあそばせ!」
イザベラ様が、没収した最高級シルクを肩にかけ、高笑いする。
カトレア様も、帽子の中のカツオをつまみ食いしながら満足げだ。
「私の茶葉も無事届くようですし、今回は協力してあげましたわ。……あくまで、ついでですけれどね」
「素直じゃないわね、カトレア。感謝しなさい?」
「なんですって!?」
いつもの喧嘩が始まる。
その横で、エステナが私に声をかけてきた。
「今回は利害が一致しただけです。次は負けませんよ、リリアナ様」
「ええ、受けて立ちます、エステナ様」
私たちは握手はしなかったが、眼鏡の位置を直し合い、別れた。
ライバルであり、同じ苦労を背負う同業者としての奇妙な連帯感が、そこにはあった。
私は手帳を開き、今日のページに『任務完了』と書き込む。
運河は無事に開通し、王国の物流は守られた。
そして何より、没収した密輸品の競売益で、私のボーナスも弾むだろう。
「顔に出ているぞ。頭の中で金貨の枚数を数えている顔だ」
不意に背後から声をかけられ、私は慌てて手帳を閉じた。
振り返ると、いつの間にか隣に来ていた殿下が、呆れたような、それでいてどこか楽しげな苦笑を浮かべている。
「殿下、正当な労働には、正当な対価が支払われるべき。それが健全な経済というものです」
「違いない。だが、あの強欲なバラスト公を相手に、法と算術で殴り勝つ者など、国中を探してもお前くらいだろうな」
殿下は視線を遠くへ投げた。
夕日に染まる運河を、巨大な『エバーギヴァー号』が汽笛を鳴らしながら遠ざかっていく。
その長く伸びる航跡波は、塞がれていた動脈が再び脈打ち始めた証となった。
いつも、お読みいただきましてありがとうございます!
本作とは関係ありませんが、新作短編を投稿しました。
タイトル:悪役令嬢のメイドAですが、お嬢様の後始末まで私の仕事です
https://ncode.syosetu.com/n6746lp/
こちら連載版を走らせようかなと思っております。
興味がある方は、ぜひ見ていただければ嬉しいです♪




