第七話 舞台設営、完了
皆さま、いつも誤字報告ありがとうございますm(__)m
お礼とお詫びとしまして、本日二本目投稿させていただきました。
明日12時投稿でございます。
「あら……? ここじゃなかったのかしら?」
聞き覚えのある能天気な声が響いた。
扉の前に立っていたのは、抜剣した兵士たち……を掻き分けるようにして現れたイザベラ様だった。
警備隊長らしき男が狼狽える。
「イ、イザベラ嬢!? な、なぜここに……?」
イザベラ様は扇子で顔を仰ぎながら、不機嫌そうに私を見る。
「もう、リリアナ! こんな所にいたの!? 探したのよ!」
「え……?」
「お花摘みに行きたいって言うから待ってたのに、全然戻ってこないじゃない! さては……迷子になってたのね?」
「……は、はい」
私は瞬時に状況を理解し、話を合わせる。
その場にへたり込み、震える声(演技)で答える。
「も、申し訳ございません、お嬢様……。化粧室を探していたのですが、お屋敷が広すぎて迷ってしまいまして……」
「まったく、だらしないわね! 私の侍女ならもっとシャキッとなさい!」
「は、はい……。ですが、誰かが来る足音がして怖くなってしまい、とっさに閉じこもってしまいました……」
「ほんっと怖がりなんだから! これだから田舎育ちは困るのよ!」
イザベラ様は私を叱責すると、警備兵たちを睨みつけた。
「それで貴方たちは何? 大勢で剣なんて抜いて、私の侍女を脅して、何か楽しいことでもありますの?」
「……い、いえ、不審者の反応があったため……それに、この部屋には重要な機密が……」
「機密か何か知りませんけど、この子が不審者に見えるの? 私の大切なドレスの管理を任せている、善良で少しドジな侍女よ! それを犯罪者扱いするなんて、ローゼンバーグ家への侮辱と受け取ってよろしくて!?」
凄まじい剣幕だ。理不尽かつ高圧的。
だが、これが『イザベラ様』というカードの強さだ。
一介の警備兵が、公爵令嬢に逆らえるわけがない。
「も、申し訳ございません! てっきり泥棒かと思い……」
「泥棒ですって!? 失礼しちゃうわ! お父様に言いつけますからね! 行くわよ、リリアナ。お化粧直しを手伝いなさい」
イザベラ様に手を掴まれ、そのまま強引に部屋から連れ出された。
警備兵たちは呆然と見送るしかない。
廊下を歩き、角を曲がったところで、イザベラ様は小さく呟く。
「……寿命が縮んだわよ、馬鹿」
「助かりました……。最高のタイミングでした」
「当然よ。警備隊長が血相を変えて階段の方へ走り出したのが見えたから、嫌な予感がしたのよ」
「流石ですわ、お嬢様」
「ふん。……それで、見つかったのかしら?」
私はポンポンと鞄を軽く叩いた。
「確保済みです。それと『お土産』も置いてきました」
「そう。喉が渇いたわ。帰ったら紅茶を淹れなさい」
それだけ言うと、彼女は優雅に微笑み、カツカツとヒールを鳴らして歩き出した。
あの騒ぎの直後に平常運転。
やはり、この人は強い。
◇
屋敷を出て、迎えの馬車に乗り込む。
私は大きく息を吐き、シートに沈み込んだ。
「生きた心地がしませんでした……」
「顔色が悪いわね。地味な顔がさらに地味になってるわ」
私の気分は最悪だが、イザベラ様は上機嫌だ。
スリルを楽しんだ後の高揚感があるのだろう。
「ですが、これで舞台は整いました。来週の立太子礼を楽しみにしていてください」
「ええ、期待しているわ。あいつらが吠え面かくところを最前列で見られるのですものね」
◇
翌朝、私は通常通りに王宮に出勤し、いつものように山積みの書類仕事に忙殺されていた。
「リリアナ」
「はい、殿下」
私が何食わぬ顔で応じると、殿下はすれ違いざま、デスクの上に一枚のメモを滑らせた。
そこには走り書きで、『任務完了を確認した。ボーナス査定+20%』とある。
+20%。
私の脳内で盛大なファンファーレが鳴り響いた。
昨夜の命懸けの潜入も、徹夜続きの疲労も、すべてが金色の輝きの中に浄化されていく。
私は危うくガッツポーズをしそうになる右手を、左手で必死に抑え込む。
今の殿下が、背中に後光が差した『給与の神』に見える。
「昨夜はよく眠れたのか?」
「はい、ぐっすりと。実に良い夢(成果)でした」
「そうか。私は楽しみすぎて一睡もできなかった。来週が待ち遠しい」
殿下は目を細め、不敵な笑みを浮かべた。
舞台は整った。脚本も、小道具も、役者も揃った。
あとは『逆断罪』の幕を上げるだけだ。
◇
その日は、朝から王宮全体が異様な熱気に包まれていた。
『立太子礼』。
この国の第一王子アレクセイ殿下が、次期国王として国内外に名を刻む一大儀式だ。
王宮の正門は朝から開かれ、各国の要人を乗せた馬車が途切れなく列をつくる。
祝砲代わりの花火が空を裂き、王都の民衆はパレード目当てに沿道を埋め尽くした。
その熱狂から隔絶された第一王子控え室で、私は最後にして最大の業務を淡々と片づけている。
「襟元の角度、修正完了。勲章の位置、ミリ単位で調整済み。マントのドレープ、完璧です」
私はアレクセイ殿下の正装の最終チェックを終え、一歩下がって全体を眺めた。
純白の礼服に、王家の紋章が刺繍された紺碧のマント。腰には儀礼用の宝剣。元の素材(顔面偏差値)が良いだけに、その姿は煌びやかだ。
性格さえまともなら、童話の王子様そのものである。
「ご苦労。顔色が悪いぞ、リリアナ。緊張しているのか?」
殿下が鏡越しに私を見て、口の端を吊り上げた。
私は目元のクマ(徹夜で想定問答集を作った名残)を指で隠しながら答える。
「まさか。武者震いです。私の計算通りに事が運ぶか、楽しみで仕方がないだけです」
「ふっ、いい度胸だ。それでこそ、私の補佐官だ」
殿下は振り返り、不敵な笑みを浮かべた。
「行くぞ。叔父上が仕掛けた『最高の舞台』が待っている。派手に踊ってやろうではないか」
◇
会場となる『玉座の間』は、すでに数百名の参列者で埋め尽くされている。
私は殿下の入場の後方、側近たちが控える定位置に立つ。ここは主役を引き立て、不測の事態に対処するための特等席だ。
ふと、参列者の最前列に、見慣れた派手な色彩を見つけた。
鮮やかな孔雀色のドレスに、頭には本物の孔雀の羽根飾り。
――イザベラ様だ。
(今日のテーマは『孔雀』ですか。相変わらずブレないですね……)
イザベラ様は扇子を手に、周囲の貴族たちに何か熱心に話しているようだ。おそらく「これから面白いものが見れますわよ!」なんて触れ回っているのだろう。
最高の観客だ。
その数メートル離れた場所に、本日の『悪役』――グランビル公爵がいた。
彼は余裕綽々の笑みを浮かべ、隣にいる財務大臣と談笑している。
その足元には黒革の鞄。
……あれだ。あの中に、彼が信じて疑わない『アレクセイ殿下の不正帳簿』が入っている。
表向きは真実。実態は捏造だが。
ファンファーレが高らかに鳴り響く。
重厚な扉が開くと、国王陛下が入場される。
会場の空気が張り詰め、静寂が訪れた。
いよいよ開演の時間だ。




