第五十四話 熱と氷の狭間で
本日17時も投稿します。
「いらっしゃいまし! さあ、燃えなさい! 熱とソースの煙で一生分の食欲を叩き起こしてあげるわ!」
「いらっしゃいませ! さあ、涼みなさい! 氷とシロップの一匙で一生分の疲れを溶かしてあげるわ!」
祭りのメインストリートは、異様な緊張感に包まれていた。
道を挟んで向かい合う二つの巨大屋台。
片や、火柱を上げる真紅の楼閣。
片や、白煙を吐き出す氷の宮殿。
その間に挟まれた一般客たちは恐れおののきながら、遠巻きに眺めている。
「リリアナ、あれでは客が来んぞ」
屋台の裏で、サングラスをした殿下が呟く。
私はレジ(金庫)を守りながら、深く溜息をついた。
「当然です。見てください、あの惨状を」
まずは赤コーナー、イザベラ様の『灼熱の情熱焼きそば』。
一杯につき金貨一枚。具材は最高級の食材のオンパレード。黄金色に輝いているが、あまりの脂質の高さに、匂いだけで胸焼けを起こす客が続出していた。
「なぜ売れませんの!? こんなに『愛』が詰まっていますのに!」
対する青コーナー、カトレア様の『絶対零度のかき氷』も深刻だ。
北方の氷河を削り出した氷は美しくはあるが、カトレア様の完璧な保冷管理により、屋台の周囲半径5メートルは冬山のような寒さになっており、誰も近付けないのだ。
「……どちらも商売の基本を間違えているな」
「はい。ですが、このカオスな状況こそが商機です」
私は二人の屋台が睨み合う通りの脇――デッドスペースに小さな長机を出した。
ダンボールに手書きで『普通の水・普通の麦茶・胃薬あります』と書く。
すると、瞬く間に行列ができた。
「水だ! 水をくれ!」
「寒すぎて指が動かねえんだ! 温かいお茶を頼む!」
両極端な屋台に挟まれた人々が、私の店に殺到した。
チャリンチャリンと小銭が貯まる音だけが響く中、無粋な者たちが近付いてきた。
「おいおい、随分と景気が良さそうじゃねえか」
人混みをかき分けて現れたのは、派手な柄シャツに身を包んだ、いかにも柄の悪い五人の男たち。
祭りの裏を取り仕切る的屋の元締め、『フェスティバル・ゴロ』の手下たちだ。
彼らはまず、イザベラ様の屋台の前に立ち塞がり、鉄板の上のイセエビを指先で弾いた。
「なんだ、このバカ高い焼きそばは。許可取ってんのか? あぁ?」
リーダー格の男が下卑た笑みを浮かべる。
イザベラ様が巨大なヘラを止め、キョトンとした顔で男を見る。
「……許可ですの? 王宮の許可ならありますけれど?」
「王宮だぁ? 知るかよ。ここは俺たちのシマだ。商売したけりゃ『挨拶料(みかじめ料)』を払ってもらおうか」
男が親指と人差指を擦り合わせるジェスチャーをする。
普通の町娘なら悲鳴を上げて逃げ出す場面だ。
だが、イザベラ様は、パァァッと顔を輝かせた。
「まあ! 『挨拶料』ですって!?」
「そうだ、分かればいいんだよ。売り上げの8割を……」
「なんて礼儀正しい殿方たちでしょう! 初めての屋台に、わざわざ『開店祝い』を持ってきてくださるなんて!」
イザベラ様の超解釈がここでも発揮した。
彼女の中では『金を要求されている』のではなく、『祝い金を渡しに来た』と変換されたようだ。
「え、いや、俺たちが貰う方で……」
男が否定しようとした瞬間、イザベラ様の後ろに控えていた『取り巻き軍団』が一斉に声を上げる。
「素敵な殿方たちですわ!」(取り巻きB・C・D)
「下町の方々は、なんて義理堅いのでしょうか!」(取り巻きE・F・G)
「これぞ『粋』ですの!」(取り巻きH・I・J・K)
黄色い歓声の壁が、男の反論を遮断する。
「ち、違う! 俺たちは……!」
「遠慮なさらないで! そんな殊勝な心がけの貴方たちには特別サービスですわ!」
イザベラ様は感動に打ち震え、鉄板の上の超高級焼きそばを皿に山盛りにする。
「お金は結構ですわ! さあ、私の愛と情熱が詰まった『全部乗せ・爆盛』を召し上がって!」
ドンッと、男の前に突き出されたのは、総重量2キロはありそうな黄金色に輝く脂の塊。
「は……? い、いや、食えるかこんなもん!」
「まあ、照れ屋さんですこと! 手を使うのも惜しいほど、早く食べたいのですわね? 分かりましたわ! さあ、口を開けて! あーん、ですわ!」
イザベラ様が熱せられた巨大ヘラで焼きそばを掬い、男の口元へ強引に持っていく。
「や、やめろ! 熱ッ!? お、おい野郎共、この店はやべえ……。あっちの姉ちゃんの方へ行くぞ」
男が後退りし、カトレア様の屋台の方へ逃げようとする。
だが、そこには別の地獄が待っていた。
「おーほっほっ! イザベラ、抜け駆けはずるくてよ!」
カトレア様だ。
彼女もまた、冷ややかな視線で男たちを見ていた。
「顔を真っ赤にして、汗だくではありませんか。私の屋台にも並びたいけれど、熱気で近付けない……そう仰りたいのですわね?」
男たちは単に、イザベラ様の焼きそばの熱気と恐怖で汗をかいているだけだ。
だが、カトレア様の辞書にも、『拒絶』の文字はなかった。
「その渇き、私が癒やして差し上げますわ! 水平隊! 五名様のご案内よ!」
カトレア様が指を鳴らすと、青いハッピを着た『水平隊(太鼓持ち軍団)』が、バチを打ち鳴らしながら男たちを取り囲んだ。
「お客様の喉が限界ですわ!」(太鼓持ちB)
「干上がっておりますわよ!」(太鼓持ちC)
「すぐに冷やしますわ!」(太鼓持ちD)
「ちょ、どけ! 俺たちは的屋の……」
太鼓持ちたちが、男たちの退路を完全に塞ぐ。
全員で両手を広げ、カトレア様のかき氷を指し示した。
「それに比べて、カトレア様の氷の透明度と言ったら!」(太鼓持ちE)
「まさに永久凍土の如き輝きですわ!」(太鼓持ちF)
「一口食べれば極楽浄土! 昇天間違いなしですわ!」(太鼓持ちG)
「震えるほどの感動をお約束しますわ!」(太鼓持ちH)
「細胞レベルで潤いますわよ!」(太鼓持ちI)
最後に轟音班が叫ぶ。
「よっ! 慈悲深き氷の女王!」(太鼓持ちJ)
「凍えるほどの愛情ですの!」(太鼓持ちK)
リズムに乗せられた集団圧力。
男たちは反論の隙すら与えられないまま、カトレア様の前に引きずり出された。
「さあ、召し上がれ! 一気食いこそ、王都っ子の粋ですわよ!」
差し出されたのは、絶対零度レベルで冷えた、山盛りのブルーハワイかき氷。
「てめぇら……ふざけんじゃねぇぞ! 俺たちは的屋だぞ!」
男が叫んだ、その瞬間だった。
「てきや? ああ、『適宜焼いてくれ』ということですのね! お任せくださいな!」
振り返ると、いつの間にか背後に回り込んでいたイザベラ様が、笑顔で巨大ヘラを構えていた。
前門の絶対零度、後門の灼熱の高カロリー。
男たちは、二つの屋台の間に挟み込まれた。
逃げ場はない。男たちは令嬢たちの『善意の暴力』と、軍団たちの『同調圧力』に晒された。
「ぐ、ぐぬぬ……食えばいいんだろ、食えば!」
リーダー格の男が観念して焼きそばを口に運ぶ。
その瞬間、彼の目がカッと見開かれた。
「甘い……!? いや、脂っこい……!?」
フォアグラの油分、肉のサシ、そして大量の金粉。
庶民の舌にはあまりに刺激が強すぎる貴族の味が、暴力的なカロリーとなって襲いかかる。
「水だ! 水をくれぇぇぇ!」
男が慌ててカトレア様のかき氷を口に放り込む。
キィン! 今度は絶対零度の冷気が知覚過敏の歯と脳天を直撃する。
熱い脂と、極低温の氷。
口の中で起きる温度差に、男の意識が飛びかける。
「おーほっほっ! 美味しすぎて言葉も出ないようですわね!」
「まだまだありますわ! どんどん行きますわよ!」
次々と差し出される皿と器。
男たちは白目を剥きながら、
「もう食えねぇ……」
「腹が重い……」
「頭が割れる……」
呻き声を上げ、その場に崩れ落ちていった。
「あら? 皆さん、どうされたのかしら? 感動のあまり気絶してしまいましたわ」
イザベラ様が不思議そうに首を傾げる。
地面にノックダウンされた男たちの山が出来上がっていた。
周囲の一般客たちは、「あのゴロツキたちを料理(接客)だけで倒したぞ……」「すげぇ……」と、畏敬の念を抱いて見つめている。
「熊よけの鈴以上だったか……」
殿下が遠い目で呟いた。
だが、これで終わるはずがない。
倒れた男たちを踏み越えて、別の男が近付いてきた。
「おいおい、俺の可愛い部下たちに、随分な『おもてなし』をしてくれたなぁ?」
現れたのは、巨漢の男。
首には極太の金鎖、背中には虎の絵が描かれた派手なシャツ。
フェスティバル・ゴロの元締めだ。
彼は倒れた部下を見て、顔を真っ赤にして怒っている。
「俺は気が短かいんだ。メンツを潰された落とし前、どうつけてくれるんだ?」
元締めがドスの効いた声で凄む。
しかし、イザベラ様とカトレア様は顔を見合わせた。
「あら、カトレア。あの方、お腹が空きすぎて気が立っているようですわ」
「ええ、イザベラ。部下が先に食べたのを怒っているのですわね。なんて食いしん坊なのかしら」
二人の令嬢は、笑顔で元締めに向き直る。
「安心なさいませ! 貴方には『特大スペシャルコース』をご用意しますわ!」
「私の氷で、頭の先までクールダウンさせて差し上げますわ!」
話が通じない貴族令嬢と祭りの元締め。
善意と殺意が激突しようとした、その時だった。
「おや、随分と賑やかだね。僕も混ぜてくれないかな?」
殺伐とした空気に、場違いなほど柔らかく、甘い声が響いた。
人混みの中から、フードを目深に被った一人の青年が、音もなく元締めの前に歩み出た。
「あぁ? なんだテメェは。怪我したくなきゃ失せ……」
元締めが怒鳴り声を上げようとした瞬間、青年がフードをさらりと外す。
露わになったのは、夜空の提灯よりも輝くプラチナブロンドの髪と、アメジストのような瞳。
アレクセイ殿下によく似ているが、その表情は真逆だ。
殿下が『氷の彫刻』なら、この青年は『春の日差し』。ただし、直視すれば目を焼かれるような日差しだ。
「ミハイル!?」
後方で避難していた殿下が、サングラス越しに絶句した。
そう、彼こそがこの国の第二王子、ミハイル・フォン・グラン・カイゼル殿下、その人だった。




