第五十三話 屋台戦争
翌日、王太子執務室。
『ミス・マーメイドコンテスト』での勝利から一夜明け、私たちは王都へと帰還していた。
外は連日の記録的な猛暑で、街全体が熱気に沈んでいる。だが執務室の四隅に置いた『氷晶花』から、静かな冷気が漂い、室内は驚くほど快適だ。
平和な昼下がり。
だが、その静寂は、またしても轟音と共に打ち砕かれた。
バンッ! 重厚な執務室の扉が大きく開け放たれた。いつも破壊されては修繕費が馬鹿にならないため、より強固な扉にしてもらったのは内緒だ。
「リリアナ! 聞きました!? 今夜、王都中央河川で『納涼夏祭り』が開催されるそうですわ!」
極彩色のオーラを纏って現れたのは、もちろんイザベラ様だ。
今日の装いは、祭りに合わせた勝負服。
東方の民族衣装『浴衣』をベースにしつつ、王都の流行とイザベラ様の暴力的な個性を融合させた『極彩色浴衣ドレス』である。
赤、青、黄色、紫と、目がチカチカするほど鮮やかな色彩が絡み合う生地は、南国の花畑を彷彿させる。
さらに背中の帯は床に引きずるほど長く、大きなリボン結びが、蝶のように主張している。
(イザベラ様、今日の装いも複雑で派手過ぎますが、とても素敵ですよ)
内心で評価しつつ、私は予定表に視線を落とした。
「開催されますが……まさか遊びに行くおつもりですか?」
「遊びですって? 心外ですわ!」
イザベラ様がバサッと長い袂を振る。
「これは『視察』兼『修行』よ! 次期王太子妃たるもの、民が何を食べ、何に喜びを感じているのか、庶民の生活水準を肌で感じなければならないわ!」
「ほう、珍しく殊勝な心がけだな」
書類仕事の手を止め、アレクセイ殿下が感心したように頷く。
イザベラ様はニヤリと不敵に笑った。
「ですので、殿下! 私たちも『屋台』を出しますわよ!」
「は……?」
「見るだけでは分かりませんわ。実際に商売を行い、民の胃袋を掴んでこそ、真の支配者(次期王妃)と言えるのです!」
イザベラ様が扇子をビシッと突きつける。
「狙うは屋台売り上げナンバーワン! 私が民に『本物の味』を教育して差し上げますわ!」
「……嫌な予感しかしないが、民と触れ合うことは悪くないか」
殿下は諦めたように溜息をつき、変装用のサングラスを手に取った。
(ああ……やっぱり嫌な予感しかしない……)
◇
夕暮れ時。
王都の河川敷は、すでに香ばしいソースの匂いと熱気に包まれていた。
無数の提灯が灯り、人々が行き交う中、一際異彩を放つ一角があった。
「さあ、準備なさい! ここが私たちの戦場よ!」
イザベラ様が仁王立ちで取り巻き軍団に指示を飛ばす。
場所はメインストリートの一等地。
半ば強引に場所を確保して設営されたのは、屋台というにはあまりに大きな『真紅の楼閣』だった。
看板には金箔で『灼熱の情熱焼きそば 〜ローゼンバーグ流〜』と書かれている。
「……イザベラ様、この鉄板はどうされたのですか?」
「実家の武器庫から持ってこさせたの! ミスリル合金製だから熱伝導率は最高よ!」
私が指差したのは、厚さ10センチはある黄金に輝く鉄板だ。
「食材はこれよ! 最高級シャトーブリアンと、朝獲れのイセエビ、タラバガニね。ソースはウニとフォアグラにトリュフを煮込んだ特製ソースよ!」
「……あの、イザベラ様。一杯いくらで売るおつもりですか?」
「原価計算なんて野暮なことはしないわ! これは『教育』! 金貨一枚で提供するのよ!」
「金貨一枚……庶民の半月の生活費に相当します。誰も買ってくれませんよ?」
私が正論で返したその時、イザベラ様が川の上流へ視線を移した。
太鼓の音と独特な掛け声が聞こえてくる。
「「水天一碧! 流麗無双! カトレア様が通る道、そこはすなわち、大河なりですわ!」」
揃いの青いハッピを着て、ねじり鉢巻を締めた令嬢たちが、屋台の資材を担いで行進してくる。
カトレア様の太鼓持ち軍団だ。
だが、見た目と動きは『水平隊』に他ならない。
「乾いた大地に恵みの雫を!」(太鼓持ちB・C・D)
「よっ! シュトゥルツフルート家の人間国宝!」(太鼓持ちE・F・G)
「潤いすぎて溺れそうですの!」(太鼓持ちH・I・J・K)
さらに、流れような賛辞の中央を、優雅に歩いてくる人物がいる。
「おーほっほっ! ごきげんよう、イザベラ。こんな脂っこい煙の中で、何を燻っているのかしら?」
高らかな笑い声と共に現れたのは、カトレア様だ。
今日の装いは、透明度の高い水色のオーガンジー生地を幾重にも重ね、無数のクリスタルを縫い付けた『清流とクリスタルの滝ドレス』。
頭上には、巨大な睡蓮と向日葵が咲き乱れる『真夏のオアシス・ハット』が鎮座し、内部に仕込まれたドライアイス発生装置から冷たい白煙が吐き出され、彼女を神々しく包み込んでいる。
「カトレア!? 貴女、まさか私の商売の邪魔をしに来たの!?」
「勘違いしないでちょうだい。私はこの暑苦しい庶民の祭りに、『最高級の清涼』を与えに来ただけよ。イザベラ、貴女のその胸焼けしそうな焼きそばとは違ってね!」
「胸焼けですって!? これは情熱の愛よ!」
カトレア様は「ふっふん」と涼しい顔で聞き流し、手にした青いバチをヒュッと振るう。
その合図で、太鼓持ち軍団が一斉に屋台の設営を始める。
イザベラ様の屋台の真向かいに、あっという間に建てられたのは、氷の宮殿のような青と銀の屋台。
看板には涼しげな文字で、『絶対零度のかき氷 〜シュトゥルツフルート流〜』と書かれている。
「ふふん、かき氷ですって? ただ水を凍らせただけの安物でしょう!」
「ふっふん、甘いわ! ただの氷ではないわよ! これは北方の氷河から切り出し、私が設計した『特注・冷却削り機(最高級ギア搭載の手回し式)』で、雪のように削り出す芸術品よ! シロップも最高級のフルーツと、コラーゲンたっぷりの美容液を配合しているわ!」
カトレア様が勝ち誇ったように言うと、太鼓持ち軍団が太鼓を叩いて囃し立てる。
「まさに食べる水晶ですわ!」(太鼓持ちB・C)
「氷河期以来の衝撃よ!」(太鼓持ちD・E)
「お肌に潤いを与えるのです!」(太鼓持ちF・G・H)
「喉ヒンヤリですの!」(太鼓持ちI・J・K)
イザベラ様がギリリと歯噛みする。
「いい度胸ね、カトレア……。私が『熱』なら、貴女は『冷』というわけね」
「ええ、この猛暑の中、民衆がどちらを求めているかは明白でしょう? 貴女の脂っこい焼きそばなんて、見ているだけで汗が出るわ!」
「なんですって!? 貴方の方こそ氷菓子みたいな顔して、寒気がするわ!」
バチバチと二人の視線が交差する。
赤と青。熱と冷。火と水。
祭りのメインストリートが、一瞬にして二人の戦場と化す。
「面白いわ! 勝負よ、カトレア! 今夜、どちらの屋台が多く売り上げるか! 負けた方は祭りのゴミ拾いを一人でするのよ!」
「望むところだわ! イザベラ、貴女には『ゴミ拾いの女王『ミス・ダスト』の称号を贈呈してあげるわ!」
「ふん!」と二人が背を向け合い、それぞれの陣地(屋台)へと戻っていく。
「皆、気合を入れなさい! 鉄板を熱して熱して、溶かす勢いで焼くのよ! お客様の体も、心も、火を付けるのよ!」
「はい! イザベラ様!」
「水平隊、気合を入れなさい! 氷を削って削って、砕く勢いで回すのよ! お客様の体も、頭も、冷やし切るのよ!」
「イエッサー! カトレア様!」
私は頭を抱えた。
殿下はすでに近くの木陰に避難している。
「リリアナ、俺は客として普通の屋台に行ってもいいか?」
「ダメです。私たちもスタッフ(兼・被害担当)ですから」
王都の夏祭りを揺るがす、仁義なき屋台バトルが幕を開ける。
だが、二人はまだ気付いていない。
商売とは、ただ高級なものを出せばいいわけではないということを。




