第五十二話 光る者が全てを制す
「ふっふん、やるじゃない、イザベラ。まさかゴミ拾いでここまで仕上げてくるとは思わなかったわ。……でもね、詰めが甘いわ!」
カトレア様がバチを指揮棒のように振り上げる。
「それらは所詮は光るだけの石ころよ! シュトゥルツフルート侯爵家に伝わる『真の美』は、静止画ではなく『流動』にこそ宿るのよ! ご覧あそばせ! これが私の『真の姿』よ!!」
カトレア様が帽子に仕込まれた紐を引く。
バッシュッ! 帽子の頂上が開き、中から大量の『極薄の青いシルクリボン』と『銀糸』が、滝のように噴き出す。帽子に仕込まれたタンクからドライアイスの霧が噴出され、カトレア様を幻想的に包み込む。
「おおおおっ!」と、観客がどよめく。
リボンは彼女の身長の数倍もの長さがあり、海風を受けてサラサラと広がり、カトレア様の全身を覆い隠している。
「ご覧なさい! これが我が家に伝わる『精霊の顕現』! この流れるラインこそ、全てを浄化する水の精霊『ウンディーネ』の姿よ!」
カトレア様が陶酔しきった顔で叫ぶ。
確かに、計算上は水と霧に包まれた神秘的な精霊に見える。
だが、あいにく海風が強かった。
大量のリボンが絡まり合い、不規則にうねる。
会場にざわめきが広がり、観客の一人が呟く。
「……そうめん?」
「ああ、あれは『流しそうめん』だな」
「いいや、あれは電気クラゲだぞ」
「なっ……!? そうめんでもクラゲでもありませんわ!? よくご覧なさい! この神々しいまでの『精霊の髪』を! 触れれば浄化されるような瑞々しさを!」
カトレア様が必死に否定しながら頭を振ると、大量の青いリボンがバサバサと暴れ回り、周囲のスタッフをペチペチと鞭打つ。
「うわっ、こっちに来たぞ!」
「刺される! クラゲに刺される!」
「麺が絡まる! つゆを持ってこい!」
観客が悲鳴を上げて後ずさる。
それを見たイザベラ様が堪えきれずに吹き出した。
「オーホッホッ! 傑作ね、カトレア! 帽子から麺類を垂れ流して、何の真似かしら? それがウンディーネですって? 笑わせないでちょうだい!」
「お黙りなさい! 貴女こそ、その腰に巻いた羽根飾りなんて、まるで海藻の干物じゃない!」
カトレア様の挑発に、イザベラ様の目つきが変わる。
彼女の中のスイッチが入ったのだ。
「……言ったわね? 私の情熱を干物ですって!?」
イザベラ様が感極まって叫ぶと同時に、大きく両手を広げた。
「いいでしょう! ならば見せて差しあげるわ! 我がローゼンバーグ家に伝わる『喜びの舞』を! そして、この美しい海と私を支えてくれた友人たちへの感謝を込めて! 最大限の『威厳』をお届けしますわぁぁぁ!!」
バサァッ! イザベラ様の腰に巻かれていたパレオの留め具が弾け飛び、幾重にも重ねられた極彩色の羽根と、赤い布地が扇状に展開された。
それは本来、孔雀が羽を広げる優雅なシルエットになるはずだったが、イザベラ様の気合が入りすぎて、羽根が逆立ってしまったようだ。
赤、オレンジ、黄色、毒々しいまでの極彩色が、イザベラ様の背後で放射状に展開する。
逃げ惑う観客の一人が呟く。
「……エビ?」
「ああ、あれは車エビだな」
「いいや、あれはイセエビだぞ」
「なっ……!? 何エビでもありませんわ!? その節穴をこじ開けて刮目なさい! これは『不滅の情熱』を象徴する精霊『サラマンダー』ですわ!」
イザベラ様が必死に否定しながら腰を振ると、背中の羽根がガサガサと音を立てる。
「威嚇してるぞ!」
「挟まれる! イセエビに挟まれる!」
会場は大混乱に陥った。
ステージでは『巨大クラゲ』が触手を振り回し、『イセエビ』が威嚇を繰り返している。
もはや水着美女コンテストではなく、海鮮市場のセリだ。
私は頭を抱えた。
隣では殿下が、「……先に帰っていいか?」と現実逃避の境地に達している。
「殿下、耐えてください」
「リリアナよ、俺はもう麺類とエビが食いたくなってきたぞ」
「奇遇ですね、殿下。では今晩は『天ぷらうどん』なんてどうです?」
「ああ、決まりだな」
カオスと化したステージ。
しかし、この馬鹿馬鹿しいまでの熱量こそが、観客の心を掴んで離さなかった。
「どっちもすげぇぞ!」
「麺類 vs 甲殻類!」
最終的に勝敗を決めたのは、美味しそうかどうか……ではなく、やはりイザベラ様の『光る演出』だった。
闇の中で発光するイザベラ様は、神々しいまでに美味しそう……いや、美しかったのだ。
◇
勝負の結果は明白だった。
圧倒的な投票数で、イザベラ様が『ミス・マーメイド』の座に輝いた。
ステージ裏。
カトレア様は悔しさに震えながら、リボンが絡まった帽子を地面に投げ捨てた。
マンゴーが一つ、ころりと転がる。
「……覚えてらっしゃい、イザベラ! 今回は風が強すぎただけよ! 無風なら私が勝っていたわ!」
「あら、負け犬の遠吠えは聞き飽きてよ? 約束通り、私の『取り巻きA』になってもらおうかしら」
イザベラ様が勝ち誇る。
カトレア様は、ふんっと鼻を鳴らす。
「お断りよ! 誰が貴女なんかの下につくもんですか! この借りは必ず返すわ!」
「逃げる気!? 卑怯よ、カトレア!」
カトレア様は太鼓持ち軍団を引き連れ、嵐のように去っていった。
その後ろ姿をエステナだけが振り返り、私を見ていた。
「計算外でした」
エステナは眼鏡のブリッジを押し上げる。
「まさか『廃材』をこれほど気品あるドレスへ昇華させるとは。そしてクライマックスでの『海産物への変身』による食欲への訴求。私のデータにはありませんでした」
「いえ、あれは事故です」
「認めましょう。今回は私の完敗です」
彼女はバインダーを閉じた。
「ですが、次は負けません。リリアナ様、貴女のその『不確定要素』すらも計算に組み込み、完璧な勝利の方程式を作り上げてみせます」
「望むところです。……でも、次は絡まらない帽子を用意してくださいね」
「善処します……」
エステナは冷徹な表情を一瞬だけ崩し、不敵に笑うと、カトレア様の後を追って去っていった。
互いに実力を認めた好敵手としての火花が、確かに散った瞬間だった。
「リリアナ、追いかけるわよ!」
「放っておきましょう、イザベラ様。それより……」
私はステージの方を指差した。
フィナーレの花火が上がり、観客たちが「女神様!」「イセエビ様!」とイザベラ様を呼んでいる。
「今夜の主役はイザベラ様です。逃げる敗者を追うよりも、勝者として観客の『愛』に応えるのが、ミス・マーメイドの務めではありませんか?」
「ふふん、それもそうね! 私が美味しそうだから勝ったのですわね!」
「違うと思いますが、まあいいでしょう」
イザベラ様は髪を掻き上げ、満面の笑みでステージへと戻っていく。
その光り輝く水着ドレス姿は、夜空の花火にも負けないほど眩しく、そして香ばしかった。




