第五十一話 ミス・マーメイドコンテスト
「獲って来ましたわ! 巨大なシャコガイです!」
「見てください、この発光サンゴ! 深場の洞窟で見つけましたわ!」
「森で綺麗なオウムの羽根を拾いました! あと、ついでに晩御飯用の猪も狩りましたの!」
彼女たちの髪は乱れ、肌は日焼けしているが、その目には歴戦の戦士の輝きがあった。
ヴィラのテラスに、瞬く間に『天然素材』の山が積み上がっていく。
その光景を見たイザベラ様が、ギラリと目を輝かせる。
「素晴らしいわ! この野性味あふれる素材……カトレアの『フルーツ(栽培された美)』に対抗するには、この『野生』しかありませんわ!」
イザベラ様はシャコガイを手に取り、自らの胸にあてがう。
「見えたわ! テーマは『サザン・ビーチの守護神』! ミミ、時間がないわ! 私が指示する通りに縫い付けなさい!」
「ですが、お嬢様。布が足りません!」
「縫う時間がないなら、接着剤とワイヤーで固定なさい! 私の体の上で直接組み上げるのよ!」
「なるほどです! さっすが、お嬢様! 私のゴッドハンドで最高の魔法をかけてみせますっ!」
ミミが覚醒し、イザベラ様の周りで高速移動を始めた。
グルーガンと針金を駆使し、ビキニに極彩色の羽根と貝殻を装着していく。
だが、イザベラ様は満足しない。
「ミミ、ボリュームが足りないわ! もっと背中に広がりが必要よ!」
「で、ですが、もう使える骨組みが……」
「いいえ、そこにあるわ!」
イザベラ様が指差したのは、取り巻きの令嬢が持っていた『ブランド物のパラソル』だった。
「布を剥ぎ取り、骨組みだけになさい! それを背中に背負い、羽根の土台にするの! 再構築よ!」
日没が迫る。
二軍の令嬢たちは素材を磨き、一軍たちは必死にそれを運ぶ。
イザベラ様は自らポージングを確認しながら、現場監督のように叫ぶ。
「ここには赤いサンゴをもっと激しく! もっと情熱的に!」
完成しつつある『ワイルド・ビキニ』は、既製品の美しさとは一線を画す、荒々しくも神々しい戦う女神の衣装へと昇華していく。
「できました……!」
ミミが最後の羽根を固定すると、その場にへたり込む。
素材がなかった中、サザン・ビーチの自然を一身に纏った、最強のマーメイドが立っていた。
「リリアナ、皆もよくやってくれたわ!」
「まあ仕事ですから。イザベラ様、そろそろ日没ですよ」
水平線に太陽が沈み、夜の帳が下りる。
遠くのステージから、花火の打ち上げを告げる太鼓の音が聞こえる。
エステナの計算では、私たちは物資不足で不戦敗と思われているはず。
だが、今の私たちには計算外の力がある。
「行くわよ! サザン・ビーチの夜を、私の情熱で焦がして差しあげるわ!」
イザベラ様が、これまで見たこともないほどの極彩色の羽根を背負い、立ち上がる。
いざ、決戦のステージへ。
「イザベラよ、俺は首のためにここで安静にしておくぞ」
「なっ!? あなたも来ますのよ!」
「イザベラ……やめろ、苦じ……! 首が……!?」
◇
サザン・ビーチに夜の帳が下りた。
水平線に漁火が揺れ、浜辺には松明が焚かれ、祭りの熱気は最高潮。
特設ステージの周りには数万の観客が押し寄せ、今か今かと開演を待っていた。
『ミス・マーメイドコンテスト』。
今夜、この浜辺で、最も美しい『海の女王』が決まる。
ステージ袖、私は最終確認を行っていた。
ミミが高速で仕上げたのは単なる水着ではない。
限られた素材で王妃の品格をも表現した、奇跡の一着だ。
「おい、あれ見ろよ……」
観客のどよめきが聞こえる。
視線の先には、ステージ中央の『カトレア専用席(玉座)』に座る、巨大な帽子の影があった。
カトレア様の頭上には、ライトアップされたフルーツタワーが鎮座している。
その豪華さとインパクトは変わらず圧倒的だが、肝心の水着は、フリルの多い可愛らしい水色のワンピースタイプだ。
帽子が大きすぎて、カトレア様がただの台座に見えてしまっているのが皮肉だ。
「さあ、お待たせいたしました! 太陽よりも熱く、海よりも深い! 王都一の水着美女を決める、ミス・マーメイドコンテストの開幕だぁぁぁっ!!」
特設ステージの中央で、派手なアロハシャツを着た色黒の司会者が、魔導マイクを握りしめて絶叫した。
弾けるような筋肉と白い歯。その暑苦しいほどの熱気に煽られ、コンテストが始まった。
次々と参加者が現れ、水着姿を披露する。
しかし、カトレア様は玉座で退屈そうに扇子を揺らすだけだ。
彼女の目には勝者の余裕しかない。
そして、ついにその時が来た。
『最後のエントリー! エントリーナンバー100番! 王太子殿下の婚約者でもあらせられる、イザベラ・フォン・ローゼンバーグ公爵令嬢だっ!』
会場が静まり返る。
SOS婚で話題の彼女が、どのような姿で現れるのか。
その静寂の中、静かで、しかし荘厳な鐘の音が響き渡る。
幕が上がり、イザベラ様がゆっくりとステージへ歩み出る。
「「おおおおおっ……!」」
観客から漏れたのは、興奮の叫びではなく、感嘆の吐息だった。
ベースは情熱の赤い水着だが、腰から下にかけて極彩色の鳥の羽根が幾重にも重ねられ、美しいマーメイドラインのドレスを形作っている。歩くたびに羽根がふわりと揺れ、優雅な波紋を描く。
胸元や髪には、磨き上げられた真珠と、色鮮やかな巻貝が王冠や宝石のようにあしらわれている。
露出は控えめだが、そのシルエットの美しさと気高さは、宝石よりも目を引いた。
「ごきげんよう、皆様」
イザベラ様は聖母のような穏やかな微笑みを浮かべ、優雅にカーテシーをした。その所作一つで、騒がしいビーチが舞踏会の会場になったかのような錯覚に陥る。
「な、なんだあれは!?」
「素材は……羽根と貝殻か?」
「なんて上品なんだ……」
観客たちがうっとりと頬を染める。
その称賛の空気を逃さず、ステージ袖に控えていた取り巻き軍団が一斉にさえずる。
「海が赤面しておりますわ!」(取り巻きB)
「イザベラ様の美しさに潮が紅潮していますわ!」(取り巻きC)
まずは『肯定班』が異常気象レベルの熱気を肯定し、続いて『攻撃班』がカトレア様を干上がらせにかかる。
「カトレア様の『湿気』など、もはやカビの温床!」(取り巻きD)
「そのフルーツ、この熱波でドライフルーツにして差し上げますわ!」(取り巻きE)
「温室育ちの果物に、野生の『生存本能』は分かりませんわね!」(取り巻きF)
さらに『賛美班』が、イザベラ様の破壊的な美しさを褒め称える。
「ご覧なさい! 網膜が焼けるほどの赤!」(取り巻きG)
「もはや人魚を超えた『海産物の女帝』!」(取り巻きH)
「歩く温暖化現象ですわ!」(取り巻きI)
最後に『賑やかし班』が勢いだけで叫ぶ。
「サザン・ビーチの活火山!」(取り巻きJ)
「大噴火ですの!」(取り巻きK)
だが、カトレア様だけは扇子風のバチで口元を隠し、冷ややかに笑った。
「おーほっほっ! イザベラ、貴女正気なのかしら? 海岸のゴミを拾い集めてドレスごっこ? 貧乏くさいにも程があってよ!」
カトレア様の嘲笑に合わせ、太鼓持ち軍団が「みすぼらしいですわ!」「古着屋のようですわ!」と騒ぎ立てる。
だが、イザベラ様は動じず、ゆっくりとカトレア様に向き直り、静かに告げる。
「お静かになさい、カトレア。貴女にはこの『自然の宝石』の価値が見えないのね」
イザベラ様は自身の胸元の貝殻にそっと手を添える。
「貴女のフルーツタワーは確かに立派よ。でも、それは誰かが育て、誰かが運び、お金で買い上げた『既製品』。でもね、この水着ドレスにあるのは違うわ」
彼女は舞台袖にいる私たち――泥だらけになった取り巻きたちの方へ視線を向け、微笑んだ。
「この羽根の一枚、貝殻の一つ一つが、私の大切な友人たちが、私のために海へ潜り、森を駆け巡って見つけ出してくれた『贈り物』なの。そこには愛がある。物語がある。愛の重さで編み上げられたこの水着ドレスより美しいものが、この世にあって?」
「なっ……!?」
カトレア様が言葉に詰まる。
物質的な価値(金)でマウントを取ろうとしたカトレアに対し、イザベラ様は精神的な価値(愛と絆)で返したのだ。
女性客たちから「素敵……」「あれこそ本物のレディだわ」という声が上がる。
「そして、このドレスの真価はここからよ」
イザベラ様はふっと笑みを浮かべ、私の方を見た。
私は頷き、照明係に合図を送ると、会場の松明や照明が一斉に消え、辺りは闇に包まれた。
カトレア様のフルーツタワーも、ライトが消えればただの暗い影となる。
だが、イザベラ様だけは違った。
闇の中でドレスが青白く、幻想的な光を放ち始める。
胸元の貝殻、腰のサンゴ、そして羽根の隙間に散りばめられた小さな石が、まるで『天の川』のように煌めく。
「ハッタリだと思ったのね? 残念よ、カトレア」
私が舞台袖で呟く。
あれは『夜光貝』や『発光サンゴ』、そして『海蛍石』だ。
深場の洞窟にしか存在しない、天然の発光素材。
取り巻き二軍が命がけで獲ってきた『本物の宝石』が、イザベラ様を光の衣で包み込んでいる。
闇に浮かぶ、光のマーメイド。
それは神々しいまでの美しさだった。
「見なさい、カトレア。これが『天然の輝き』。生命そのものが放つ、優しく、尊い光よ!」
イザベラ様がゆっくりと腕を広げると、光の粒子が周囲に舞い散る。その幻想的な光景に、会場中が息を呑み、そして割れんばかりの拍手が巻き起こった。
勝負あったと思われた、その時だ。
「お待ちなさい!」
玉座のカトレア様が帽子を両手で抑えながら立ち上がった。
「ふっふん、やるじゃない、イザベラ。まさかゴミ拾いでここまで仕上げてくるとは思わなかったわ。……でもね、詰めが甘いわ!」




