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【連載版】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 天地サユウ
第四章

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【番外編】鬼、王宮に降り立つ

皆さま、大変お待たせいたしました。

第五章の前に、こちらの【番外編】からどうぞ。

※短編としてお楽しみいただければと思い、文字数多めです。


 大陸暦2026年、2月3日。

 王都はいてつくような寒さに包まれておりますわ。

 窓の外は灰色の空で、もう退屈すぎて死んでしまいそうですの!


 私、イザベラ・フォン・ローゼンバーグは、いつものように王太子執務室のソファを占拠し、優雅に、けれど不満たっぷりに溜息をつきましたの。


「はぁ……。なんて陰気な季節なのかしら。舞踏会もオフシーズン、新作ドレスの発表会も来月。殿下とリリアナは書類と睨めっこ。私の美貌を世界に見せつける機会が不足しておりますわ!」


 私が極彩色の扇子でテーブルを「バンッ」と叩くと、執務机の向こうで、愛しの婚約者であるアレクセイ殿下が、迷惑そうに顔を上げましたの。


「イザベラ、静かにしていろ。今は来年度の予算編成で忙しいのだ。暇なら、その辺の壁でも磨いていろ」

「まあ! 殿下が国を支え、私が城を磨く……これぞ夫婦(予定)の共同作業ですわね! 言葉にせずとも『片時も離れたくない』と仰るなんて情熱的ですわ!」

「……リリアナ、警備兵を呼べ。今すぐにだ」


 殿下が震える声で命じますけれど、耳まで赤く染まっていますわ。ふふ、自分の情熱が露呈して動揺していらっしゃるのね。


 すると、殿下の隣で電卓を叩いていた我が親友、兼、()()最強の参謀、リリアナが眼鏡を押し上げながら口を開きますわ。


「イザベラ様、暇を持て余しているのでしたら、本日は『セツブン』というイベントを行ってはいかがですか?」

「セツブン? なんですの、その貧乏くさい響きのイベントは」

「遥か東方の島国に伝わる厄払いの儀式です。『鬼』と呼ばれる魔物に豆を投げつけ、『鬼は外、福は内』と叫ぶことで、一年の健康と幸福を願うそうです」


 私はその言葉にビビッときましたわ!

 鬼……豆……厄払い……なるほど、理解しましたわ!


「つまり、『鬼』という悪役を成敗することで、愛と正義を確認し合う『愛の共同作業』ですわね!?」

「……まあ、解釈としては当たらずとも遠からずです」

「素晴らしいわ! 採用よ! ……けれど、豆を投げるだけでは地味すぎるわね。華が足りなくてよ」

「でしたら、イザベラ様流に昇華させてはいかがですか? 何も凡庸な儀式で終わらせる必要はないかと」

「その通りですわ! 既存の枠に収まる私ではありませんもの。ローゼンバーグ流に、ド派手にアレンジして差し上げるわ!」


 私はバッと立ち上がり、高らかに宣言しますわ。


「今年の鬼役は、この私が務めるわ!」


 殿下とリリアナが同時に「は?」という顔をしましたの。

 理解力が足りなくてよ。


「考えてもご覧なさい。私(鬼)が殿下を追いかけ、殿下は豆(愛)を投げて応戦する。それはつまり、情熱的な私から殿下が逃げ惑う、命がけの『ラブ・チェイス』に他ならないわ!」

「なるほど。いわゆる鬼ごっこですね」

「また逃亡劇が始まるのか……」

「さあ、善は急げですわ! 早速、準備にかかるわよ! 総員、集合なさい!」


 私がパチンと指を鳴らすと、執務室の扉が勢いよく開かれますわ。

 ドドドドッ! 地響きと共に現れたのは、私が誇る最強の友人たち、『取り巻き軍団』ですの!


「お呼びでしょうか、イザベラ様!」(取り巻きB)

「ご命令とあらば即座に参上です!」(取り巻きC)

「邪魔する輩はどこにいますか!?」(取り巻きD)

「即座に排除いたしますわ!」(取り巻きE)

「お嬢様の道は私たちが拓きます!」(取り巻きF)

「今日もなんと勇ましいお姿!」(取り巻きG)

「指を鳴らす仕草も芸術的!」(取り巻きH)

「後光で目が眩みますわ!」(取り巻きI)

「一生ついていきます!」(取り巻きJ)

「世界最強ですの!」(取り巻きK)


 まずは王都に常駐する精鋭、『一軍(B〜K)』の10名が、実に心地よく声を上げましたわ。


「私たちもおります!」(取り巻きL)

「体力なら誰にも負けません!」(取り巻きM〜U)


 続いて、今や騎士団顔負けの筋肉とスタミナを手に入れた二軍の10名――総勢20名が、今日も完璧なフォーメーションで私の周囲を固めましたの。


「皆、聞きなさい! これより、王宮にて『ロイヤル・セツブン・フェスティバル』を開催します! ターゲットはアレクセイ殿下! 私が『美しき鬼』となり、殿下を誘惑……いえ、襲撃しますの!」

「「「さすがです、イザベラ様!!」」」


 総勢20名の令嬢たちが一斉に歓声を上げました。

 うるさい? 実にうるさい? そんな顔をリリアナと殿下はしているけれど、違いますわ!

 これぞ、カリスマへの賛歌というものですの!


「一軍の貴女たちは『金棒部隊』よ! ミミに特注させた『ピコピコハンマー』を装備し、殿下の逃げ道を塞ぎなさい!」

「承知いたしました! 殿下を愛の巣へ追い込みますわ!」(取り巻きB〜K)

「二軍の貴女たちは『鬼の配下』として、私と共に王宮を制圧しなさい! その鍛え上げた肉体で、殿下の退路を断つのよ!」

「イエッサー! 殿下を包囲し、イザベラ様の愛の檻へ誘導いたします!」(取り巻きL〜U)


 完璧な布陣ですわ。

 私は最後に、リリアナに向き直ります。


「リリアナ、貴女には一番重要な任務を与えるわ」

「嫌な予感しかしないのですが、なんでしょうか?」

「私の衣装よ! 今すぐミミを呼び出して、一時間以内に『世界一セクシーで高貴な鬼のドレス』を作らせなさい! テーマは『雷鳴と虎の誘惑』よ!」

「一時間ですか? ミミさんが過労で倒れます」

「大丈夫よ! あの子なら『愛と根性』でなんとかするわ! さあ、作戦開始よ!」


 殿下は眉をひそめ、「リリアナは俺の補佐官だぞ」と小さく呟く。

 リリアナは、なぜか真剣な表情で左腕に何かの腕章を装着しようとしていますわ。

 どうやら私の言う『任務』が、別の意味で伝わったようですが、今はそれどころではありませんでした。


 こうして、王宮を揺るがす『豆まき合戦』の火蓋を切って落としたのですわ。


 ◇


 一時間後。

 王宮の大広間は、異様な熱気に包まれておりましたわ。

 私はミミが歓喜に震え、嬉し涙をこれでもかと流しながら仕上げた新作ドレスに身を包み、仁王立ちしておりました。

 

 素材は最高級のシルク・ベルベット。

 色は鮮烈な黄色と黒の『虎柄』。

 ですが、ただの虎柄ではありませんわよ。

 黒い部分はブラックダイヤモンド、黄色い部分はゴールドスパンコールで刺繍され、動くたびにギラギラと威圧的な光を放ちますの。


 背中には孔雀の羽根で作った『マント』。

 頭にはプラチナで作った二本の『角』。

 手には刺々しい装飾が施された『金棒(純金製・重量5キロ)』。


 鏡を見れば、そこにはこの世の全ての悪徳と美徳を煮詰めたような、絶世の美女が映っておりました。


「完璧だわ……。これぞ『鬼・クイーン』の誕生よ!」


 私が金棒を振り回すと、「ブンッ!」と鈍い音が響きましたわ。

 これなら殿下の理性など一撃で粉砕できますわね。粉砕したあとは……「ふふん」ですわ!


「準備はよくて? 我が精鋭たちよ!」

「「「準備完了であります!!」」」


 私の背後には、お揃いの虎柄ワンピースを着た二軍が、野生の獣のような目で控えております。彼女たちは武器など持ちません。その鍛え上げられた肉体こそが最強の武器ですのよ。


 対する一軍は、広場の外周に配置し、退路を断つための『ピコピコハンマー』を構えてスタンバイ。

 広場の中央には執務室から強制連行……エスコートしてきた殿下が、死んだ魚のような……期待に胸を膨らませた目で立ち尽くしておりました。


 その手には、リリアナから渡された『対鬼用・聖なる豆(落花生)』が入った升を手にしておりますの。


「……リリアナ、帰っていいか?」

「諦めてください、殿下。これはイザベラ様鎮圧作戦という名の『公務』です。早く終わらせて書類仕事に戻りましょう」


 リリアナが「元はといえば、私が不覚にも余計なことを言ってしまいました」という、懺悔の表情を一瞬浮かべてから告げると、殿下は深いため息をつき、「全く、その通りだぞ」と、諦観の境地で私を見上げましたわ。


「派手な鬼だな……。目がチカチカするぞ」

「あら、最高の褒め言葉ですわ! さあ、殿下! 鬼はここにおりますわよ! 私を追い払いたくば、その豆を投げてご覧なさいませ! ただし……!」


 私は金棒を殿下に突きつけ、妖艶に微笑みますわ。


「もし豆が尽きるまでに私を退治できなければ……あなたは鬼の私に食べられて、骨の髄まで愛し尽くされるのですわ! オーホッホッ!」


 殿下の顔色がサァッと青ざめました。

 分かりますわ、武者震いですわね?

 さあ、始めましょうか。愛と狂乱の鬼ごっこを!


「鬼(私)は~内! 福(私)も内! 全部まとめて抱きしめてくださいまし!」


 私の掛け声と共に、二軍(肉体派)が一斉に殿下へ襲いかかりました。


「く、来るな! 野獣ども!」

「殿下! 確保しますわ!」(取り巻きL〜P)

「逃がしませんことよ!」(取り巻きQ〜U)


 殿下が必死に豆を投げつけますが、鍛え上げられた二軍の令嬢たちは、飛来する豆を素手でキャッチし、ポリポリと食べながら距離を詰めていきます。


「なっ、効かん!? こいつら豆をつまみにしているぞ!?」

「甘いですわ、殿下! かつて白銀館の賄い争奪戦で鍛えられた私たちには、この程度の弾幕など止まって見えますわ!」


 彼女たちは飢えた小鬼そのもの。

 豆一粒たりとも粗末にはしませんのよ。

 殿下がジリジリと後退しますが、背後には一軍がピコピコハンマーを構えて、「お逃げ道はありませんわ!」と立ちはだかります。

 そこへ私がとどめを刺すべく、優雅に、かつ大胆に飛び上がりました。


「鬼の抱擁をお見舞いしますわ!」


 「バンッ!」と、着地と同時に広場の石畳にヒビが入りましたが、些細なことですわ。

 私は両手を広げ、殿下へ突進しますの。


「……リ、リリアナ! 援護しろ!」

「弾切れです、殿下。いえ、予算オーバーです」


 リリアナが無情にも升を逆さまにして振ってみせました。

 中は空っぽです。私は勝利を確信しました。殿下はもう逃げ場がありませんの。あとはこの腕の中に飛び込んでくるだけ……。

 殿下は絶望の淵で天を仰ぎました。

 

「ふふん、観念なさいませ! 愛の年貢の納め時ですわ!」


 その時ですわ。殿下の瞳に冷徹な『計算』の光が宿っておりますの。


「まだだ! 俺にはまだ奥の手があるのだ」

「あら? 往生際が悪くてよ!」

「リリアナ! 『エホウマキ』だ!」


 エホウマキ……?

 私が首を傾げた瞬間、リリアナが不敵に眼鏡を光らせ、「承知いたしました」と短く応じました。


 リリアナが懐から魔導信号弾を空へと打ち上げると、ガラガラと音を立てながら、ワゴンが運び込まれてきましたの。

 ワゴンの上には、黒くて、太く、長い食べ物かしら? よく見れば、海苔で巻かれた寿司ロールでしたわ。


「このお寿司は一体なんですの?」

「これぞ東方の島国の最終兵器、『恵方巻き』です」

「エホウマキって?」

「節分の夜、その年の『恵方(縁起の良い方角)』を向いて、この太巻きを無言で食べ切れば、願いが叶うと言われています。今年の恵方は……南南東です」

「願いが叶うですって!?」


 私の耳が激しく反応しましたわ。

 願い……それはつまり、『殿下とのラブラブな新婚生活』や『殿下と忘れられない思い出』が約束されるということですの!?


「ただし!」


 リリアナが人差し指を立て、私の鼻先に突きつけました。


「ルールは絶対です。食べている間は、一言も発してはいけません。もし口をきけば願いは霧散し、殿下は『公務』に戻られます」

「な、なんですって!?」


 つまり、私がこれを完食するまで、この口をチャックしなければならないということですの!?

 一日に3万語を喋らなければ倒れてしまう(自称)この私が、無言!?


「ふん。どうだ、イザベラ。俺への愛があるなら沈黙くらい造作もないことだろう?」


 殿下がニヤリと挑発的な笑みを浮かべました。

 完全に私を試していらっしゃいますわね!


「上等ですわ! 受けて立ちますわよ! このイザベラ・フォン・ローゼンバーグ、愛のためなら呼吸すら止めてみせますわ!」


 私は邪魔な金棒を「これを持ってなさい!」と近くの取り巻きに投げ渡し、ワゴンから恵方巻をひったくります。

 ずしりと重い、直径10センチ、長さ30センチ。


「中身は……なんですのこれ?」

「特注の伊勢海老、アワビ、ウニ、キャビア、フォアグラ、トリュフ、最高級シャトーブリアンステーキ、そして金箔を巻き込みました」

「カロリーの暴力ね! 望むところよ!」


 私は南南東を向き、ガブリと太巻きにかぶりつきます。

 

(……お、美味しいですわ!?)


 口いっぱいに広がる高級食材のハーモニー!

 伊勢海老のプリプリ感と、フォアグラの濃厚さが舌の上でワルツを踊る! トリュフの香りと肉厚のステーキも、豪快ながら絶妙に合いますの!


(美味しいわ! リリアナ、これ最高よ! 殿下も召し上がって!)


 そう、叫びたい! この感動を世界に伝えたい!

 ですが、声を出せば負け。願いは叶いませんの。

 私は必死に口を閉じ、モグモグと咀嚼を続けます。

 その様子を見た殿下が、安堵したように息を吐き、そして悪魔のような笑みを浮かべました。……素敵ですわ。


「ほう、静かだな。世界が平和になったようだ」


 殿下が私の周りをウロウロし始めました。

 な、なんですの!? 気が散りますわ!


「おい、イザベラ。ドレスの背中のチャックが開いていないか?」

「!?」


 「嘘おっしゃいませ! ミミの縫製は今や完璧ですわよ!」と、言いたいけれど言えないわ!

 私は目で訴えますが、殿下は無視して続けます。


「ああ、そういえば聞いたぞ。昨日の夜食にカップ麺を隠れて食べていたそうだな? 顔がむくんでいるのではないか?」

「ングググッ!!」


(食べてませんわ! あれは美容スープですわ!)


 なんという精神攻撃ですの!

 反論できない私に対して、あることないこと囁くなんて、殿下ってば、サディストですのね!

 でも、そんな意地悪なところも素敵……ではなく、許せませんわ!


 私が怒りで震えながらエホウマキを食べていると、今度は周囲の『取り巻き軍団』が動き出しました。


「イザベラ様、頑張ってくださいまし!」(取り巻きB)

「無言のお姿も神秘的でお美しいですわ!」(取り巻きC)


 さらにポンポンを持って応援を始めました。

 感謝しますわ、皆様。貴女たちの声援が力になりますわ!


「顔がリスみたいで可愛いですわ!」(取り巻きD)

「頬袋がパンパンです!」(取り巻きE)

「必死な形相が般若のようで素敵!」(取り巻きF)


(褒めてないわよね!? あとで全員反省会よ!)


 さらに的外れな賞賛を繰り返す『賛美班』が続きます。


「太巻きを持つ小指の角度が芸術的ですわ!」(取り巻きG)

「海苔の黒さが、白いお肌をより引き立てています!」(取り巻きH)

「飲み込む喉の動きすら優雅ですわ!」(取り巻きI)


(どこを見ているのよ!? もっと他に褒めるところはありませんの!?)


 最後に、勢いだけの『賑やかし班』が絶叫します。


「さすがは公爵家の食欲!」(取り巻きJ)

「世界一の吸引力ですの!」(取り巻きK)


(やっぱり褒めてないわよね!? 今後の方向性の会議も開きますわよ!)


 笑っても、怒鳴ってもいけません。

 私はただ高級食材の塊を胃に流し込み続けます。

 半分まで食べ進めた頃、顎が悲鳴を上げ始めました。

 とても柔らかいステーキですが、分厚すぎますのよ、リリアナ!

 その時、二軍が叫びますわ。


「イザベラ様の咀嚼速度が低下しています! 援護します!」


 なぜか二軍たちが私の目の前で、鍛え上げられた筋肉を見せつけるポージングを始めました。


「サイドチェストですわ!」(取り巻きL〜P)

「ダブルバイセップスですの!」(取り巻きQ〜U)


 暑苦しい! 実に暑苦しいですわ!

 笑わせに来ているとしか思えませんの!

 吹き出しそうになる口を、私は必死に手で押さえます。

 ダメよ、イザベラ。ここで笑ったら殿下との未来が……!


 ――極限の忍耐。

 そのストレスが頂点に達した時、私の脳内で何かが弾けました。

 そう。話せないなら体で語ればいいのですわ!

 バサァッ!!

 背中のトレーンを、意思を持った生き物のように跳ね上がらせました。

 虎柄のベルベット生地が左右に大きく展開し、ブラックダイヤモンドとゴールドスパンコールが、ギラギラと輝いています。


 私の姿を見た『取り巻き軍団』の誰かが、恍惚とした表情で呟きます。


「……スズメバチ? 美しいですわ!」

「いいえ、あれは屋台で売れ残った『チョコバナナ』ですわ。ですが、最高にエレガントですわよ!」


 私は心の中で叫びます。


(なっ……!? 蜂でもチョコバナナでもないわ!? もっと審美眼を磨きなさい! この姿は行き場を失ったパッションが、物理的な質量を得て具現化した籠から出たい(喋りたい)という、『カナリア』ですわ!)


 私は翼を広げたまま、無言で殿下を見つめます。

 今さら言葉など不要。

 私の瞳から放たれる『愛の眼力』と、背中の翼から溢れ出る『情熱のオーラ』で、殿下に想いを伝えるのです!


(逃がさないですわよ、殿下! 骨の髄まで愛して差し上げますわ!)


 口元に海苔と米粒、手には太巻き。

 頭には角、背中には虎柄の翼。

 その姿は獲物を前にした『飢えた鬼神』そのものでしょう。


「く、来るな……!?」


 殿下が後退りました。

 私は最後の一口――伊勢海老の頭(飾り)がありますが、こんなものは「バリボリ」と、愛の力で噛み砕けばいいだけですわ!


 ん、んぐ……完食しましたわ!

 これで願いは成就されます。

 私は勝利の笑みを浮かべ、ハンカチで口元を拭うと、震える殿下に壁ドンしました。


 さあ、ようやく解禁ですわ。

 この無言の苦行から解放された今、溜まりに溜まった3万語の愛の言葉を、怒涛の如く浴びせて差し上げますの!


 けれど、私が口を開いた、その瞬間でした。

 ……ペチ。乾いた音が響き、私の額に何かが当たりました。

 コロコロと床に転がったのは、一粒の『豆』。

 時が止まりました。

 視線をゆっくりと動かすと、そこには眼鏡を光らせたリリアナが立っておりましたの。


「……え?」

「油断大敵です、イザベラ様」


 リリアナは事務的に床を指差しました。


「一粒だけ落ちていました。鬼は豆をぶつけられたら退散せねばなりません。ルールは絶対です」


 なんということでしょう!

 完食の達成感で完全に気が緩んでいました。

 その一瞬の隙を突かれたのです。

 たった一粒の豆。しかし、その衝撃は、極限まで張り詰めていた私の『緊張の糸』をプツリと切るには十分すぎましたの。


 「そんな……」と、全身の力が抜けていきますわ。

 満腹感、疲労感、そして達成感と敗北感。それらが一度に押し寄せ、私の意識を白く染め上げていきました。


「無念ですわ……」


 ◇


 静寂が戻った執務室。

 ソファには虎柄のドレスを着て「……もう食べれませんわ」と寝言を漏らす鬼の公爵令嬢。

 その周囲には、燃え尽きてうな垂れる総勢20名の取り巻きたち。

 そして窓際で虚空を見つめる王太子。


「リリアナ……」

「はい」

「これは、どういう状況なのだ?」

「現代アート『飽食と虚無』です」


 リリアナは淡々と答え、手元のバインダーに『セツブン・終了』と書き込みました。



 窓の外では雪が静かに降り始め、王都の冬はまだ続きます。

 ですが、私の願い――『殿下と忘れられない思い出を作る』は確かに叶い、心には一足早い春が訪れました。

 

 殿下にとっては一生消えないトラウマとして刻まれたかもしれませんが……まあ、些細なことですわね。


 セツブンに誰かが言いました。

 鬼は外、福は内。

 イザベラ・フォン・ローゼンバーグは夢の中、と。

本日13時も投稿です。

明日から再び、12時投稿となります。

今後とも、よろしくお願いいたします♪( ´▽`)

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― 新着の感想 ―
2軍でイザベラ護衛騎士団を編成できそう。 男装の取り巻きも良き^_^
おかえりー。からの安定のイザベラ劇場w というか、宿の従業員やってただけでどんだけパワフルになっとんねん!2軍というより護衛団?
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