【番外編:後編】ルーツ
いつもお読みいただきありがとうございます!
後書きを見ていただきたく思いますので、よろしくお願いしますm(__)m
季節外れの雪が降る朝、フォレスト家の扉が叩かれた。
立っていたのは軍の使者。
彼が差し出したのは、一通の封書と薄汚れた麻袋。
「……全滅ですか?」
玄関先、私の声は驚くほど静かだった。
使者は目を伏せ、苦しげに告げる。
「ローヴィン殿は勇敢でした。敵の本隊五百に対し、わずか二十名で殿を務め……」
「五百に対し、二十……」
私は眼鏡の位置を直す。
その動作一つで、私の中の『幸せな妻』は死んだ。
麻袋を掴む。
チャリと中で金貨が鳴る。
それは夫の命の値段であり、彼を見殺しにした上層部からの口止めの慰謝料。
私には何が起きたのか想像がつく。
援軍要請の握り潰し、不自然な配置。この作戦の裏で、誰がどれだけの利益を得たのか。
かつて『正華』と呼ばれた頭脳の中で、瞬時に黒い計算式が組み上がる。
涙は出ない。代わりに、胸の奥でどす黒い憎悪が噴き出す。
優しさだけでは愛する人は守れない。
ならば、私は修羅になる。
◇
一ヶ月後。
夫を死地へ追いやった黒幕――ザハルト侯爵の屋敷で戦勝祝賀会が開かれた。
下卑た笑い声が響く大広間。
その扉が、音もなく開かれる。
現れたのは一切の装飾を削ぎ落とした濃紺の事務用スーツに身を包み、銀縁の眼鏡をかけた私。
喪服ではない。これは感傷を排し、ただ汚れを処理するためだけの、私にとっての戦闘服だ。
「……おや、未亡人殿じゃないか。借金の猶予乞いなら裏口へ回れと言ったはずだが?」
ザハルト侯爵が不快げに眉をひそめ、ワイングラスを揺らす。
私は眼鏡を中指で押し上げ、静かに歩み寄る。
「いいえ、『精算』に参りました」
私は小脇に抱えていた分厚い革張りのバインダーを、ドサリと重い音を立ててテーブルに置く。
「これは……?」
「貴方の『経営破綻』を証明する最終監査報告書です」
私はバインダーを開き、一枚の書類を侯爵の目の前に突きつける。
「まず鉱山開発における架空計上。貴方は廃坑寸前の鉱山を『有望な金脈』と偽り、国から補助金を騙し取りましたね? 実際の産出量は報告書の100分の一。差額の金貨5万枚は、貴方の裏口座へ流れています」
「な、何を言っている……?」
私は侯爵の言葉など気にも留めず、そのまま次の書類を広げる。
「次に軍部への賄賂工作。夫の小隊を孤立させた際の司令部への通信記録、及び貴方の筆跡による『口封じの指示書』。原本はすでに押さえました」
私は淡々と事務的にページをめくる。
そこにあるのは怒号ではない。
逃れようのない数字の羅列だ。
「そして極めつけは敵国への横流し。貴方は国を守るべき武器を裏ルートで敵国へ売り、その利益で私腹を肥やしていた。損益分岐点を計算しましたが、貴方は国家にとって『維持コストに見合わない不良債権』だと判断しました」
「き、貴様……! でたらめを言うな!」
「数字は嘘をつきません。貴方の全財産、爵位、そして隠し資産。その全てを差し押さえ、売却し、国庫へ返納しても……私の夫が流した血の一滴分の価値にも足りませんが?」
「ぐっ……!?」
「時間になりました。これにて監査を終了します」
その言葉を合図に窓ガラスが割れ、武装した王宮騎士団と、司法省の監査官たちが会場になだれ込む。
私が事前に提出していた告発状と、証拠書類が完璧なタイミングで受理され、執行されたのだ。
「なんだ、こいつらは!? は、放せ! 私は侯爵だぞ!?」
「残念ですが、先ほど爵位剥奪の令状も決裁されました。言い訳は法廷でどうぞ。もっとも貴方の罪の重さでは、懲役年数を計算する前に寿命が尽きるでしょうが」
連行されていく侯爵の背中に、私はふと呟いた。
「……お父さん、少しは喜んでくれますか?」
◇
全てが終わった夜。
私は四人の子供たちを居間に集めた。
眼鏡を押し上げ、母である自分を消し、子供たちに冷たい言葉を紡ぐ。
「四人とも顔を上げなさい。お父さんは戦で亡くなりました。ですが、それは父さんが弱かったからではありません。『優しすぎた』のです」
皆は涙を流しながらも静かに耳を傾ける。
まだ幼い子供たちに絶望を突きつけるのは酷なこと。けれど、私はもう頭を撫でてやるだけの母親ではいられなかった。
「いいですか、この世界には『理不尽』という名の怪物が存在します。お前たちはそれに負けないために、お父さんが残してくれた『愛』と『教え』を、今日から『武器』に変えなさい」
私は皆の目を見据え、その才能を査定するように告げる。
「ララーナ。貴女はお父さんと森へ行き、毒草と薬草を見分けるのは誰よりも得意ですね。その観察眼を『医学』へ昇華させなさい。優しさだけでは人は救えません。理不尽な手から命を奪い返す技術を身につけるのです」
「ルルティア。貴方はお父さんとの日々の鍛錬で強くなりました。その力を『武力』に変え、言葉の通じぬ理不尽な相手をねじ伏せなさい」
「エルヴィン。貴方は気配を消すのが得意ですね。その技を『隠密』に変え、影となり、情報を制しなさい」
そして最後に、私はリリアナの小さな肩を掴んだ。
「リリアナには、これまで私の『知識』と『お金』の扱い方を教えてきました。お父さんが守ろうとしたこの家を、貴女は数字で守るのです」
言い聞かせるように、強く言葉を刻み込む。
「国境も、法律も、お金も、全てを利用し……相手が誰であっても『貴女がいなくては何もできない』と思わせなさい。誰よりも替えの利かない人間になるのです。そうすれば理不尽な悪意も、手出しできなくなるでしょう」
皆の瞳に、私譲りの冷徹な覚悟が宿るのを確認した。
これでいい、最低限の道筋は示した。
私は安堵と共に息を吐く――その瞬間、視界がぐらりと傾いた。
「え……?」
「お母さん!?」
私の身体が床に崩れ落ちる。
喉の奥から熱いものが込み上げ、絨毯を赤く染めた。
すでに限界だった。夫を失ったショックと復讐への奔走。そして『修羅』を演じ続けた心労が、ここにきて祟ってしまった。
(ごめんなさい……)
薄れゆく意識の中で、私は自分のミスを悟る。
ザハルト侯爵は社会的に抹殺した。だが、腐敗した軍部が夫に責任をなすりつけた『任務失敗の莫大な賠償金』までは、私には消せなかった。
借金に加え、私の治療費、生活費、末っ子の学費……残酷な現実がこの子たちにのしかかる。
――けれど、子供たちは強かった。
今しがた私が授けた『武器』を、子供たちは即座に構えてみせたのだ。
「私が治すわ! あらゆる薬を勉強して、絶対に母さんを死なせたりしないから!」
「悪い奴らはあたしが追い払うよ! 誰もこの家には入れさせないよ!」
「僕は情報を集めるよ。お金になりそうなネタを探してくるね」
そしてリリアナが私の冷たくなった手を握りしめ、震えながらも力強く誓う。
「私が稼ぎます。お母さんの病気を治すお金も、生活費も、お父さんの借金も。全部、私が……だから死なないで、お母さん!」
こうして、フォレスト家から弱さが消えた。
姉たちは母を救うため薬学と武術を極め、弟は路地裏で情報を売り、妹は金を稼ぐために王都へと向かった。
全ては、あの雪の日。
家族のために散った英雄ローヴィンの遺志を継ぎ、そして病床の母を守り抜くために。
――リリアナ・フォレスト。
彼女の強さと、お金への執着の原点。
それは太陽のように温かかった父の死と、強く優しい母の命を繋ぎ止めるための、愛と覚悟によって形作られたものだった。
ここまで、お読みいただきありがとうございます!
これにて第四章を締め、次話から第五章が始まります。
[月間]異世界〔恋愛〕 - 連載中 6位
[四半期]異世界〔恋愛〕 - 連載中 10位
また、いつも応援と誤字脱字のご報告、そして温かいコメント、本当にありがとうございます(//∇//)
ここで、一度今後の展開を整理したく思いますので、数日ほどお時間を頂戴いたします。
再開は活動報告にて投稿させていただきます。
さらに、こんな【番外編】を見てみたいと思うことがありましたら、ぜひ感想蘭にて受付させていただきます。
※できるかどうかは置いておいて汗
それではまた( ´∀`)ノ




