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【連載版】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 天地サユウ
第四章

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【番外編:前編】ルーツ

本日、17時も投稿します。

 大陸西部に覇を唱える商業至上主義、ガラント王国。


 王宮の最奥に、インクと羊皮紙の匂いが染み付いた執務室で、私、レーレシア・ヴァン・クリスティアは机に向かっていた。

 

 わずか二十歳で異例の宰相補佐官の地位に就き、貴族の不正を一切許さぬ実務能力から、いつしか人々は私をこう呼んだ。


 ――『ガラントの正華』と。


「やり直しです、アグナス男爵」


 私は顔も上げず、提出された予算案を机の端へ滑らせる。

 脂汗を浮かべる男爵を、私の瞳が正面から射抜いた。


「治水工事の資材費が相場の三倍。施工業者は貴方の義弟が経営する商会……国民の血税を身内への小遣いにするおつもりですか?」

「こ、これは何かの間違いだ。いや違うな……。おい、この書類をもみ消せ。そうすれば悪いようにはせん。だが断れば……夜道に気を付けることだな」

「脅迫ですか。罪状が一つ増えましたね。言い訳は司法省でどうぞ。告発状はすでに書き終えています」


 私がすっと視線を流すと、控えていた衛兵たちが無言で頷き、男爵の両脇を固める。


「ま、待て、冗談だ!? 金なら払う! 見逃してくれ! 頼むぅぅぅ!」


 金切り声を上げて連行されていく男の背中を見送っても、私の表情は微塵も変わらない。


 私の世界は灰色だ。

 数字は嘘をつかない。

 だが、それを扱う者は息をするように嘘を吐き、私利私欲のために国を蝕む。

 だからこそ、私は心を閉ざした。

 『正しさ』という名の刃を振るい、不要な部分は切り捨てる。国という巨大な機械の冷たい歯車になることを選んだのだ。


 そうでもしなければ、この腐敗した世界で息をすることすらできなかったのだから。


 ◇


 そんな私の計算が狂ったのは、ある夜のこと。

 隣国からの使節団を迎えた歓迎の宴。

 壁際に立ち、懐中時計の針だけを目で追っていた私に、場違いな声が降ってくる。


「大丈夫か?」


 ハッと顔を上げる。

 そこには窮屈そうな礼服を着た大柄な青年が立っていた。

 日に焼けた肌、手入れのされていない髪、そして王宮に似つかわしくない、向日葵のような笑顔。

 隣国の貧乏男爵、ローヴィン・フォレスト。


「無礼な方ですね。私は宰相補佐官です。貴方のような方が気軽に声をかけていい相手ではありません」

「ああ、もちろん知ってるさ。『正華』様、だろ?」


 彼は引くことなく、まっすぐ私を見つめる。

 そこにあるのは打算でも恐怖でもない。

 ただ一人の女性を案じる、率直すぎる優しい視線。


「俺には君が酷く寒そうに見えたんだ」

「え……?」

「周りの連中は君の肩書きしか見ていない。……でも俺には君がたった一人で、吹雪の中に立っているように見える」


 ローヴィンは背中に隠していた皿を、いたずらっぽく差し出す。

 湯気の立つスープと、焼きたてのパンだ。


「食べなよ。温かいものを食べないと心まで冷えてしまうからさ」

「結構です。毒見も済んでいません」

「ははっ、そう言うと思った! じゃあ俺が先に」


 彼はパンをちぎると、湯気の立つスープにたっぷりと浸し、豪快に口へ放り込んだ。


「うん、美味い! ほら、君も眉間にシワばかり寄せてないで、美味いものを食べて笑ってる方がいい」


 飾り気のない言葉だった。

 それは冷え切った計算式の中に放り込まれた、逃げ場のない熱。

 私は呆然とし、やがて小さく息を吐く。

 私の完璧な仮面に、初めてヒビが入った瞬間だった。


 ◇


 ローヴィンとの出会いは、私にとって新しい日々の始まりだった。

 彼は毎日、私の元を訪れては故郷の話を聞かせてくれる。

 大きな森の匂い、雪解け水の冷たさ、黄金色の麦畑、収穫祭の熱気。

 彼が語るのは政治や利権の話ではない。

 そのどれもが、私には新鮮だった。


「俺の領地は何もない田舎だけどさ、空が広いんだ」


 窓の外を眺めながら、ローヴィンは少年のような瞳で語る。


「……その景色を、君に見せてあげたい」


 彼が語るたびに、執務室の殺風景な空気が鮮やかに色付いていく。

 気付けば私は、扉が開くその瞬間を待ちわびるようになっていた。


 そして滞在最終日の夕暮れ。

 王宮の庭園でローヴィンは私の手を取る。

 剣ダコのある、分厚く温かい手。


「レーレシア、俺と一緒に来てほしい」


 その言葉に、私の心が跳ねる。


「……ごめんなさい」

「どうしてだ? 君はこの国の歪みに疲れてるんだろ? 俺のところへ来れば、もう数字に追われることもない。それに君を養うくらいの稼ぎはある」

「ありがとう。でもね……」


 脳裏に浮かぶのは、山積みの書類と、私を頼ってくる部下たち。そして、まだ是正されていない数多の不正。大変で、理不尽で、胃が痛くなる毎日。

 ――それでも。


「私、今の仕事が好きなんだと思う」


 日々の重い業務、難題を解決した時の達成感、そして何より、この国を裏から支えているという自負。

 私は、この場所でやり遂げたいことがある。


「ここで逃げ出したら、私は私を許せなくなると思うの。もっと頑張って胸を張れるようになりたい」

「……レーレシア」

「だから、一緒には行けません。ごめんなさい……」


 重い沈黙が流れる。

 私は唇を噛み締め、彼の拒絶を待つ。

 彼は一度深く息を吐き、それからニッと笑った。

 曇り一つない笑顔だった。


「分かった。君がそこまで言うなら俺の負けだ」

「ローヴィン……」


 ああ、これで終わりだ。

 彼は故郷へ帰り、私はまた灰色の世界に戻る。

 それが正しい計算式だと、そう思っていた。


「なんて言うと思ったか?」

「え……?」

「俺は頭が悪いが、君のそういう『責任感の強さ』に惚れたんだ。俺だって、このまま貧乏貴族で終わるつもりはない。君がこの場所で戦い続けるというなら、俺もふさわしい男になるために戦うよ」

「戦う……?」

「ああ、領地を立て直し、冒険者として名を上げ、君を迎え入れるのに恥ずかしくない男になってみせる」


 彼は私の手を強く握り直し、宣言する。


「5年待ってくれ。必ず強くなって、君を迎えに来る。……その時なら文句はないだろ?」


 私は驚き、そして自然と笑みがこぼれた。

 そこに計算も論理もないけれど、その不確定な未来の約束が、どんな契約書よりも確かなものに思えた。


「……どうかしら。今の私には分からないわ。ただ、強くなった貴方は、見てみたいかもしれないわね」


 それから季節は幾度も巡る。

 私は変わらず『ガラントの正華』として、灰色の王宮で戦い続けた。

 辛い時、くじけそうな時、支えになったのは、遠い国から届く不器用な手紙だ。


 『今年は麦が豊作だったよ』。

 『戦で武功を上げたぞ』。

 『屋敷の屋根の修理がやっと終わった』。


 そして迎えた5年後の冬。

 私は宰相補佐官の辞表と共に、家名の返上届を提出した。

 『ヴァン・クリスティア』の名を捨て、私は、『レーレシア・フォレスト』として生きることを選んだ。


 ◇


 十数年後。

 隣国辺境、フォレスト男爵領。

 ツギハギだらけの屋敷には、冬になれば隙間風が吹き込む。

 けれど、そこにはいつも絶えない笑い声があった。


「せいっ! やぁっ!」


 裏庭の大きな樫の木の下、乾いた打撃音が響く。

 十二歳の次女ルルティアが、身の丈に合わない木剣を振り回し、父ローヴィンと打ち合っている。


「いいぞ、ルル! 踏み込みが鋭くなってきたな!」

「父さんこそ、手加減なしだよ!」


 汗を散らして笑い合う二人。

 その背後、生い茂る茂みがカサリと揺れる。

 五歳の末っ子、エルヴィンが息を殺し、父の背後に忍び寄る。

 だが、ローヴィンは振り返りもせず、ひょいと手を伸ばして息子の首根っこを掴まえた。


「惜しいな、エルヴィン。まだ足音がするぞ。呼吸を風に合わせるんだ」

「うぅ……次は負けないからね、父さん」


 縁側では十四歳の長女ララーナが薬を仕分け、十歳の三女リリアナが、私の膝の上で領地の帳簿を覗き込んでいる。


「お母さん、ここの計算合わない」

「あら、よく気付いたわね、リリアナ」


 汗を拭きながら戻ってきたローヴィンが、リリアナの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「リリはすごいな! 母さんに似て天才だ!」


 家族全員が笑う。

 ローヴィンは時折、森から飢えた大熊や、国境を荒らす武装した盗賊団が現れれば、誰よりも先に剣を取り、村を守った。

 村人たちはいつしか彼を『英雄』と呼んだ。

 灰色の王宮を捨て、この実直な人の手を取ったことは、私の人生で最高に正しい『計算違い』となった。

 

 秋の終わり。

 隣国との国境線で小競り合いが勃発する。


「なんでも、前線の開拓村が孤立しているらしい。このまま軍の到着を待っていたら、間違いなく手遅れになってしまう」


 彼は使い込まれた剣を手に取り、いつものように笑った。


「心配するな。冬眠前の熊や話の通じない荒くれ者に比べれば、正規軍の兵士なんて可愛いもんだ。それに、今回の報奨金は弾むらしいぞ? これで隙間風に悩まされることもなく、エルヴィンの学費も確保できるというものだ」

「……本当に貴方という人は」


 私は呆れつつも、止めることはしなかった。

 いつもの局地的な紛争に過ぎない。そして何より、彼は数多の修羅場を無傷で帰ってきた男。今回もまた、泥だらけの笑顔で「ただいま」と言うと信じていたから。


「行ってらっしゃい。必ず、無事で帰ってきてくださいね」

「ああ、約束する。最高の土産を持って帰って来るさ」


 彼は私に口づけをし、子供たちに手を振って旅立った。

 それが最愛の夫の、最後の姿になるとも知らずに。

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オカン同類やんけ(能力的にも恋愛的にもww)
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