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【連載版】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 天地サユウ
第四章

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第四十五話 フォレスト一家

 王都の喧騒から離れること五日。

 ガタゴトと揺れる乗り合い馬車の窓から、懐かしい景色が見えてきた。

 石畳の道は途切れ、土の匂いが混じる風が頬を撫でる。

 黄金色に波打つ麦畑の向こう、森の入り口に佇む私の生家――フォレスト男爵家がある。


 記憶の中の実家は、雨漏りのする屋根と、隙間風の吹くボロボロの屋敷。

 けれど今、家の借金を返済し、リフォームを終えたばかりの光景は違う。


「本当に綺麗になってる……」


 屋根瓦は深みのある赤レンガ色に葺き替えられ、苔むしていた外壁は雪のように白く塗り直されている。

 傾いていた門扉も、頑丈な鉄製のものに新調されていた。


 私が王宮で必死に働き、仕送り続けたお金。

 それが確かに家族の暮らしを支え、家を再生させたと思うと、胸の奥が熱くなる。


 馬車を降り、門へ手を伸ばそうとした、その時。


「おかえり、姉さん」


 背後の死角――私の影の中から声が聞こえた。

 私は驚くことなく、小さく息を吐いて振り返る。

 そこにはエプロン姿の少年が気配もなく佇んでいた。

 弟のエルヴィンだ。

 来月で十三歳になるが、その瞳の奥に冷静で澄み切った光を宿している。


「ただいま、エルヴィン。相変わらず気配の消し方が上手ね」

「うん。ルルティア姉さんに『森の呼吸』を教わったんだ。どう? 大きくなったらプロの諜報員になれるかな?」

「ええ、エルヴィンなら間違いなくなれるよ。アレクセイ殿下も驚いてたし。あ、そうそう。この間の報酬」


 エルヴィンが期待を寄せながら私の手元を見る。


「これだよね?」


 私は鞄から王都で流行している『新作魔導遊戯盤』を取り出す。

 エルヴィンの瞳が輝く。


「やった! しかも、これレアモデルだ!」

「入手するのに苦労したけどね」

「姉さん、いつもありがとう!」


 私が王都からエルヴィンにあれこれ『依頼(お使い)』をするたび、プロ顔負けの仕事で応えてきた。

 亡きお父さんの教えと、次女ルルティア姉さんのスパルタ指導、そして私からの『依頼』が、エルヴィンを最強の少年工作員に育て上げていたのだ。


「みんな! リリ姉さんが帰ってきたよ!」


 エルヴィンが魔導遊戯盤を懐にしまい、声を張り上げた。

 途端に、屋敷の奥からドタドタと騒がしい足音が聞こえる。


「リリアナ!?」

「あんた、久しぶりじゃないか!」


 現れたのは二人の姉。

 眼鏡の奥に理知的な、いや、マッドな光を宿す長女、ララーナ姉さん。

 そして獲物を狩るような身のこなしで現れた次女、ルルティア姉さんだ。


「ただいま、遅くなってごめん」

「おかえりなさい、リリ」

「バカだね、謝ることないよ! おかえり!」


 ルルティア姉さんが私を抱きしめる。

 バキボキッと私の背骨が悲鳴を上げた。


「ぐふっ……! ルル姉さん、力が……!」

「あ、悪いね! さっき森で大熊と素手でやり合ってたからね。出力調整間違えたわ!」


 ルルティア姉さんは、幼い頃から亡き父に剣術と武術を叩き込まれ、今では近衛騎士隊長と闘技場で優勝争いをしてしまう規格外の武人だ。

 北の森でマーサさんを初めて見た時、ルルティア姉さんを思い出したのは内緒だ。

 

「リリ、あなた顔色が少し悪いわね。私が調合した『特製栄養ポーション』あげようか?」


 私を支えてくれたララーナ姉さんが、懐から深緑色の小瓶を取り出した。

 私は「ひいっ!」と息を呑む。


 ララーナ姉さんはフォレスト家が誇る薬学の天才だ。

 お母さんの病を治すため、大森林の毒草すら糧にしてきた薬は、今や死の淵にある者すら引き戻すと言われているらしい。


 だが、その代償としての『味』は、魂を削り、気絶するほど凄惨なものだ。


「あ、遠慮しておくよ……げ、元気だからね!」

「そう? 残念。新作の『味覚が三日ほど麻痺するけれど三日三晩ゾーンに入れる』薬だったのに」

「……ララ姉さん、それはもはや薬じゃなくて兵器だよ……」


 苦笑する私の耳に、カツンと杖をつく音が聞こえた。


「リリアナ……?」


 廊下をゆっくりと歩いてきたのは、母――レーレシアだった。

 杖をついてはいるが、背筋がピンと伸び、その瞳には、かつて隣国で「天才秘書官」と謳われた頃の叡智と威厳が戻っていた。


「お母さん、遅くなりました」

「顔を見せに来なさいとエルヴィンにお願いしたのは、お母さんの方だからね。よく帰ってきてくれました」


 お母さんの腕の中に包まれる。

 温かい。けれど、ただ守られるだけの温もりではない。

 嵐の中を耐え抜き、家族を裏から操り……導いてきた、支配者のような強さがそこにはあった。


 その夜の食卓。

 並んだ料理は、かつての『具のないスープ』とは比較にならないものだった。

 庭で採れた野菜のシチュー。

 メインディッシュは、ルルティア姉さんが大森林で素手で仕留めたという、巨大な牙を持つ剛猪のローストだ。これも白銀館とは、また違う美味しさだ。


「リリアナの仕送りのおかげで、屋敷のリフォームもエルヴィンの学費も完璧よ。本当にありがとう」


 お母さんが静かにワイングラスを掲げる。

 私は首を振った。


「ううん。でもお母さんの高額な治療費とか、お父さんが騙されて背負わされた『裏の借金』はどうなったの? 私の仕送りだけで、ここまで立派な屋敷にできるはずないと思うけど」


 私が核心を突くと、姉二人は顔を見合わせ、ふっと笑みをこぼした。

 それは修羅場をくぐり抜けた者だけが浮かべる、昏い笑みだった。


「ああ、そっちの『金貨数千枚』なら、あたしが先月完済しといたぞ」


 ルルティア姉さんが、ナイフで肉を切り裂きながら低く告げる。


「地下闘技場の賞金稼ぎ。Aランク指定害獣の討伐報酬。あと、あくどい商人の用心棒をして、その不正の証拠を握って……まあ正当な『口止め料』をいただいたりね」


 言葉を失う私に、ララーナ姉さんも続く。


「私も新しく開発した『自白剤』や『神経麻痺毒』の特許を、隣国の軍部に高く売れたの。綺麗事だけじゃね」


 淡々とした口調。

 けれど、その言葉の裏にどれだけの危険があったのか。

 私が王宮で「胃が痛い」と嘆いていた間に、姉たちは私以上にこの家を守っていたのだ。


「それにね、リリアナ。今回はエルヴィンも大仕事をしてくれたのよ」


 ララーナ姉さんの視線を受け、弟がニシシと笑った。


「姉さんの依頼のお小遣いで、ルル姉さんに『暗視スコープ』を買ってもらったんだよ。それがすごく役に立ってさ。とある商会の金庫室まで潜って、二重帳簿を抜いてきたんだ。それが決定的な証拠になって、交渉が成立したんだよ」


 ……これまで私がエルヴィンに渡してきた依頼報酬が、まさかそんな風に使われていたとは。

 お母さんはそれを咎めることなく、静かに頷いていた。


「この理不尽な世界で力なき正義は無力です。お父さんが私たちを守るためにと、国境での戦で亡くなったあの日、私たちはそれを骨の髄まで学びましたからね」


 お母さんの言葉に、家族全員の目が鋭く光る。

 ああ、そうか。

 私は「私が家族を支えないと」と気負っていたけれど違ったのだ。


 お父さんという柱を失った絶望の淵から這い上がり、それぞれが独自の牙を研ぎ澄ませた、最強の家族だったことを思い出した。


(……私なんて、まだまだ甘ちゃんだったんだ)


 王宮での苦労など、みんなの踏んできた死線に比べれば児戯に等しい。


 私ももっと頑張らないと!

 私が決意を新たに拳を握りしめた、その時だ。


「あ、そうそう。そういえばさ、リリ」


 ララーナ姉さんが、食後のデザートを出すついでといった軽い調子で、とんでもない爆弾を落とす。


「幼馴染のカイル君、覚えてる?」

「え? うん、隣町の騎士団に入った……」

「彼ね、朝方あなたに『結婚を前提にお付き合いしたい』って、挨拶に来たわよ」

「ぶっ!?」


 私は飲んでいた果実水を盛大に吹き出した。

 

「結婚!? あのカイル君が!? ちょっと待ってよ! 私、何も聞いてない……!」

「ええ、だから私たちで、とりあえず『一次審査』をしておいたわ」


 ルルティア姉さんがニカッと爽やかに笑う。


「剣の腕と根性はあたしが『組手』で試したし、女性関係の素行調査はエルヴィンが済ませておいた」

「私の『自白剤入りクッキー』で、酒癖と将来設計もチェック済みよ」

「まあ、カイルさんなら近いうちに騎士団長になるだろうし、あの子は合格よ」


 全員が私に向かって親指を立てる。


「今、裏庭の木の下で気絶して伸びてるから、あとで介抱してあげなさいな」

「……」


 かつて父が家族を守るために戦で亡くなり、お母さんが病で倒れ、借金取りに怯えていた日々は終わった。

 けれど、この最強すぎる家族に囲まれている私には、もはや安心という言葉はないかもしれない。

 裏庭で気絶しているという、幼馴染みのカイル君。

 笑いながら事後報告する姉たち。


 次にどんな修羅場が降りかかるのか、想像するだけで胃が締め付けられる。

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― 新着の感想 ―
暗部じゃないけど、暗部の一家だった(待て) そしてリリアナは母似かぁ。生計をみんなで負担して支え合ってる辺りはいい家族だよな、うん。
リリアナ一家強ない??なぜ王家はこんなに優秀な男爵家を放っておいたんだろう、、、、、リリアナだけでも取り込む価値あるのに家族みんな最強ですって、、、、 これこそが王家の最後の命綱になるかもしれないw
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