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【連載版】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 上下サユウ


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第五話 サロン・ド・リュヌの密談

 カリ、カリ、カリ。

 深夜の執務室には、私が酷使するペンの悲鳴だけが木霊している。

 世間は聖女断罪の話題で持ちきりらしいが、今の私にそんな騒ぎを気にしている余裕はない。


「リリアナ、隣国との通商条約改定案はまだか? あと5分だ」

「3分前に決裁箱へ。現在は鉱山地帯の労働争議の調停案を作成中です」

「遅い。鉱山の件は『王家直轄の監査を入れる』と脅せば解決する。調停案の叩き台を30秒で作れ」

「……畏まりました(この悪魔め)」


 王城の奥深く、一般人が立ち入ることのできない『第一王子執務室』。

 豪奢な調度品に囲まれたこの部屋は、国一番のブラックな労働現場と化していた。

 窓の外は漆黒の闇だが、私には『残業』という文字にしか見えない。


「出来ました。脅迫状、もとい調停案です」

「どれ」


 殿下は書類を引ったくると、高速で目を通す。

 その顔立ちは腹が立つほど美しく、黙っていれば絵画のような美貌だ。

 だが、口が開けば毒しか出てこない。


「悪くない。組合長の弱点である『隠し口座』の存在を匂わせつつ、表向きは温厚な提案に見せかけている。性格の悪さが滲み出る良い文章だ」

「お褒めにあずかり光栄です(最大限の皮肉として受け取ります)」


 私は無表情でカーテシーをする。

 疲労はピークだが、気分は晴れやかだ。

 何せ、実家の屋根はすでに修繕の手配を済ませ、弟、エルヴィンたちの学費も、向こう3年は安泰だからだ。

 

「では、今日はこれで終わりとする」


 気付けば深夜3時。

 ……深夜3時? いや、目が霞んでるだけだと信じたい。私は反射的に深夜残業手当の計算を始め、現実を受け入れた。


「お疲れ様でした。では、明日のスケジュールの確認ですが……」

「待て、その前に『逆断罪イベント』の進捗はどうなっている?」


 まだ終わらないのかと内心で毒づきつつ、私は手元のメモを開く。


「順調です。裏金、女性関係、機密漏洩……ありとあらゆる『濡れ衣』のシナリオを想定し、それぞれに対する反証資料を準備中です」

「悪くない。だが、それだけでは足りん」


 殿下は指先で、机の上をトントンと叩いた。


「最新の情報が入った。叔父上は、私が『王家の裏金を横領し、闇社会に流している』という架空の帳簿を作成したらしい。しかも、その筆跡や印章はプロの偽造屋を使い、完璧に仕上げているそうだ」

「なるほど……捏造された『物証』を、各国の要人が集まる晴れ舞台で突きつける気ですね。反論だけでは水掛け論になります」

「その通りだ。だからこそ、その『偽造帳簿』そのものを抑える必要がある。そこでだ、リリアナ。お前がグランビル公爵の屋敷に潜入し、その帳簿の隠し場所を特定しろ。そして可能ならば、それを『別のもの』とすり替えろ」

「潜入ですか? 王宮の諜報部員を使えばよろしいのでは?」

「叔父上の屋敷は警戒が厳重だ。特に王宮関係者や、怪しい動きをするプロの諜報員に対してはな。さらに魔法結界も張り巡らされている。必要なのは王宮の者だと悟られず、怪しい動きすら『あいつならやりかねない』で流せる人物が要る」

「そんな都合のいい人が、どこにいるんですか?」


 警戒心が強く、疑り深いグランビル公爵の懐に入り込み、自由に動き回れる者。

 そんな馬鹿な人がいるわけ……いた。

 一人だけ心当たりがあった。

 派手で、目立ちたがり屋で、何も考えていなさすぎて逆に裏が読めない最強の『道化』。


「殿下、心当たりがあります」

「ほう?」

「ですが、その人物を動かすには、少々『餌』が必要です。経費の使用許可をいただけますか?」

「許可する。成功すればボーナスに色をつけてやろう」

「ボーナスに色……」


 交渉成立だ。

 その一言で、私の全身から疲労が消え失せた。

 脳内でカシャン! と、レジスターが開く音が響き渡る。

 私は深く、それはもう地面に額が着くほど深く頭を下げた。忠誠心からではない。目の前の『歩く金脈』に対する敬意の表れだ。

 顔を上げた私の目は、金貨のように輝いているはずだ。

 私は眼鏡の位置を直し、ニヤリと笑った。


 ◇


 翌日、私は王都の一等地にある高級カフェ『サロン・ド・リュヌ』のテラス席にいた。

 ここは貴族令嬢たちの社交場であり、一杯の紅茶で平民の給料一か月分が飛ぶ店だが、私は経費である。


 私の目の前には、場違いなほど派手な深紅のドレスを着て、孔雀の羽根がついた帽子を被った女性が座っていた。

 元雇い主、イザベラ様である。


「それでね、リリアナ! 聞いてちょうだい! 手紙でも書いたけど、新しい取り巻きJ……じゃなくて、侍女のミミときたら、本当に気が利かないのよ!」


 イザベラ様は運ばれてきた季節のフルーツタルトをフォークで突き刺しながら、堰を切ったように愚痴り始めた。


「私が『喉が渇いた』と言ったら、ぬるい水よ? 貴女なら、その時の私の顔色と気温を見て、最適な温度のアールグレイか、あるいは微炭酸のレモネードか、瞬時に判断したでしょう!?」

「左様でございますね。今の時期なら少しハチミツを加えたレモン水をご用意したかと」

「それなのよ! ああ、もう! 本当にイライラするわ!」


 イザベラ様はガリガリとタルトをかじる。

 周囲の客が、「あれが噂の公爵令嬢……」「相変わらず激しいな」と遠巻きに見ているが、彼女は全く気にしていない。この強靭なメンタルこそが、彼女の最大の武器だ。


「それで貴女はどうなの? あのアレクセイ殿下の元で……ううっ、愛しの殿下のお側で、毎日お仕事してるのでしょう?」


 イザベラ様が急に乙女の顔になり、ジェラシー全開のジト目で私を見てくる。

 恨んでいるのではなく、単純に羨ましいのだ。


「あの冷徹で、でも時折見せる笑顔が素敵な殿下と、毎日一緒でしょう? 私の悪口とか言ってたの? 『イザベラがいなくて寂しい』とか言ってたわよね?」

「……残念ながら、殿下は公務の鬼と化しておりまして、そのような情緒的な発言は一切ございません。むしろ、私などはボロ雑巾のようにこき使われております……」


 私は伏し目がちにため息をつく。

 同情を誘う作戦だ。


「毎日、山のような書類と格闘し、少しでもミスをすれば氷のような視線で見下されます。イザベラ様とのあの平和で温かい日々が懐かしくてなりません」


 嘘ではない。前半は事実だ。後半は大幅に脚色しているが、たまにはいいだろう。


「やっぱり、そうよね! 可哀想なリリアナ! ……ふふん、どう? 今なら特別に私の元に戻ることを許してあげてもよろしくてよ? 給料はそうね……以前の1割増しでどうかしら?」


 イザベラ様が得意げに胸を張る。

 1割増し。殿下の提示した3倍(300%増し)に比べれば雀の涙だが、彼女なりに精一杯の譲歩なのだろう。

 正直、彼女の単純さは嫌いではない。

 だが、今の私には任務がある。


「お気遣い痛み入ります。ですが、私にはやらねばならないことがあるのです」

「やらねばならないことって、何よ……?」

「はい。実はイザベラ様に『ある重大なご提案』をお持ちしました」


 私は声を潜め、周囲を警戒する素振りを見せた。

 イザベラ様もつられて身を乗り出す。


「ご提案ですの? リリアナの頼みなら聞いてあげないこともないけれど」

「ありがとうございます。これは、イザベラ様のアレクセイ殿下への『愛』と『名誉』に関わるお話です」


 その単語に、イザベラ様の目が輝く。


「実は来週のグランビル公爵家主催の夜会で、アレクセイ殿下を陥れるための『特大のスキャンダル』が発表されるという極秘情報を入手しました」

「な、なんですって!?」


 イザベラ様が「ガタンッ」と音を立てて立ち上がった。


「許せないわ! 私の殿下になんてことを! あの方を困らせていいのは、将来の妃候補であり、あの方の全てを受け入れる覚悟のある私だけの特権よ! 陰湿な古狸風情が、私の殿下を傷つける気!?」


 素晴らしい。予想通りの反応だ。

 彼女の行動原理は、『殿下への歪んだ愛』と『謎の独占欲』にある。

 殿下の敵は、すなわち彼女の敵だ。


「全くもって仰る通りです。そこでイザベラ様にお願いがございます」


 私は真剣な眼差しで、彼女の手を握る。


「この夜会に、私を『侍女』として連れて行っていただきたいのです」

「えっ? 侍女として? でも貴女は今、王宮事務官でしょう?」

「極秘任務なのです。表向きはイザベラ様の侍女に戻ったフリをして潜入し、殿下の無実を証明する証拠を確保したいのです。ですが、厳重な警備を掻い潜るには、どうしてもイザベラ様のご協力が必要です」

「私の協力?」

「はい。イザベラ様には会場で華麗に振る舞い、敵の目を引きつけていただきたいのです。貴女が主役として輝けば輝くほど、周囲は貴女に釘付けになり、警備が手薄になります。その隙に、私が裏で動きます」


 私は彼女の耳元で、悪魔の囁き……もとい、愛の福音を説いた。


「想像してみてください。窮地に陥った殿下の前に颯爽と現れるイザベラ様。そして私が確保した証拠を突きつけ、『あら殿下、こんなつまらない陰謀に引っかかって、だらしがありませんこと?』と高笑いするのです。殿下はきっと、貴女の有能さと深い愛に気づき、悔しそうに、けれど熱い眼差しで貴女を見上げるでしょう」


 イザベラ様の目が、うっとりと宙を泳ぎ始めた。

 彼女の脳内では今、盛大なロマンス劇場が開演しているに違いない。


「いいわ……すごくいいわ! 殿下が私の手を取って、『イザベラ、俺が間違っていた。お前こそが真の理解者だ。……愛している』と、涙ながらに求婚する……最高ね!」


 そんなことは絶対に言わないと思うが、まあいいだろう。モチベーション管理も私の仕事だ。


「乗ったわ、その話! この私が直々に囮となって、狸親父の目を引きつけてあげるわ!」

「ありがとうございます。では、作戦の詳細をお伝えします」

お読みいただきまして、ありがとうございます!

先日、【短編】が日間総合2位。

【連載版】[日間]総合 - 連載中4位に入りました(歓喜)

今後とも、皆さまの期待に応えれるように頑張ります。


また、非常に多くの感想をいただいております。

返信は必ずするように心掛けておりますが、万一……いや、十一で漏れるかもしれません。

その時は、寛大な心でお許しくださいませ m(__)m


「また言い訳するつもり!? それによ! ランキング? 感想? 全部ありがたいですけれど、一番大事なのは『次の更新』ですわ! 作者、いえ、腰巾着はさっさと筆を動かしなさい! 動かないなら……そうね、私が扇子で叩き起こして差し上げますわ!」

「ひゃっ!? ひゃい!」

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― 新着の感想 ―
イザベラ様ぁぁぁぁぁーーー!!!!!イザベラ様の再登場嬉しいです笑 さてこの先の逆断罪イベントでイザベラ様がどのように活躍してくれるのかとても楽しみです!!そして安定の殿下の鬼畜さ、鬼ですね笑 短編の…
恋は盲目とはよく言ったもんだなぁ(遠い目) 端から見ると「イザベラ、マジでアレクセイはやめとけ」としか言えんもん。 実際、リリアナは後半脚色したとか言ってるけど、むしろ控えめな表現なくらいだよね?優…
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