第四十四話 翼を受け入れた日
「皆様! お義父様から無礼講のご許可も下りておりますので! ここでフィナーレをご覧あそばせ!」
イザベラ様が感極まって叫ぶと同時に、大きく両手を広げた。
「これぞ、我がローゼンバーグ家に伝わる『喜びの舞』! そして……国王陛下、並びに王妃殿下への感謝を込めて! 最大限の『威厳』をお届けしますわぁぁぁっ!!」
バサァッ!!
イザベラ様の背中のトレーンが弾け飛び、深紅の布地が、左右へ数メートルにも渡って展開される。
最高級のベルベットと発光石の粉末が、暑い夏の陽光を反射してギラギラと輝く。
私はイザベラ様の凄まじい姿を見て、別の意味で戦慄した。
そのドレス姿のインパクトは間違いなく過去一。
だが、問題は今しがた婚約を認められたばかりだというのに、自らドブに投げ捨てにいくイザベラ様。
その結果として待つ、修道院送り。
そして私の隣で、殿下が「あいつは、ここまできて……」と青ざめている。
私と殿下が共に絶望の淵に立たされている間に、会場を埋め尽くす貴族が声を漏らした。
「……カニ?」
「まあ、そうだが、あれはベニズワイガニだな」
「いいや、あれはタラバガニだぞ」
「なっ……!? 何ガニでもありませんわ!? 刮目くださいませ! これは王家に謳われる『威厳』の象徴、『伝説のレッドドラゴン』ですわ!」
イザベラ様が必死に否定しながら翼を羽ばたかせると、灼けつくような突風が巻き起こる。
会場の貴族たちが「ひぃっ!?」「茹でられる!」と、悲鳴を上げて逃げ惑う。
会場が大混乱に陥る中、ベアトリス様がうっとりと扇子を閉じた。
「あの子ったら、あんなにはしゃいで……。ふふ、血は争えませんわね。わたくしも嬉しくて、つい昔を思い出してしまいましたわぁぁぁっ!!」
ベアトリス様の絶叫と共に、背中のトレーンが一気に展開した。
バサァッ!!
漆黒のドレスから、イザベラ様よりも一回り巨大で禍々しい翼が現れた。
その姿を見た貴族が呆然と呟く。
「……キクラゲ?」
「いや、あれは岩海苔だろう」
「なっ……!? キクラゲでも岩海苔でもないわ!? その節穴をこじ開けてよくご覧なさい! この姿は王家の闇に謳われる『禁忌』と『終焉』を象徴する存在、『ブラックドラゴン』よ!」
私は天を仰いだ。
王妃様は怒りで震えておられる。
いや、恐怖かもしれない。
こんな化け物親子(海産物セット)を王家に迎え入れるわけがない。
(イザベラ様、アレクセイ殿下。今までお世話になりました。お母さん、ララ姉さん、レーレ姉さん、エルヴィン、みんな元気で……。お父さん、私ももうすぐそっちへ逝くからね)
私は心の中で『辞表』兼『遺書』を書き上げた。
赤と黒の双竜、もとい『暴力的な美』と『捕食者のオーラ』が王妃様へと降り注ぐ。
青ざめていく王妃様が、誰に聞かせるでもなく小さく呟く。
「あ、あの翼は……」
王妃様の口から漏れたのは怒号ではなかった。
脳裏に封印された若き日の記憶が蘇ったのだ。
まだ弱かった少女エリザベスが、社交界で悪役令嬢ベアトリスに罵倒され、あの『黒き翼』に追い詰められたあの日のことを。
『甘いわ! そんな軟弱な精神で、本当に国母が務まるとお思いなの!?』
王妃様のトラウマが鮮明にフラッシュバックし、震える手で胸元を掴んだ。
「そうでした……。私はあの日、誓ったのです。あの圧倒的な『理不尽』と『恐怖』。ベアトリスという怪物に対抗するために、わたくしは心を殺し、感情を捨て、誰よりも硬い『黒曜石』の心を手に入れた。今の厳格なわたくしが在るのは、あの姿への恐怖心があったからこそ……」
そう、王妃様が『黒曜の王妃』と呼ばれるようになった元凶こそ、ベアトリス様だったのだ。
王妃様はイザベラ様を見据えている。
だが、その瞳に宿るのは拒絶ではない。
『同類(化け物)』を見定めた、覚悟の光だ。
「認めましょう。民を導く王族は、時に民衆を平伏させるほどの『恐怖』と『威厳』が必要不可欠。イザベラには、その資質が十分にあるようです……」
王妃様にとって、恐怖に震える貴族たちの姿こそが、イザベラ様の持つ王族としての素質の証明となった。
「婚約を認めます。イザベラ、貴女のその『威圧感』は国のために使いなさい」
王妃様は気丈に言い放つと、その場を去っていった。
その背中は震えていたが、決して逃げたわけではない。かつてのトラウマを乗り越え、イザベラ様という劇薬を飲み込む覚悟を決めたのだ。
「やりましたわ、お母様! 王妃殿下が私の『威厳』に感動して震えておられましたわ!」
「ええ、わたくしも久しぶりに翼を伸ばせてスッキリしたわ」
無邪気に喜ぶ最強の親子。
その横で、私は深く、深く溜息をついた。
婚約は成立した。
クビも回避した。
王妃様も認めてくれた。
――ただ、私は知ってしまった。
王妃様が厳格になった理由(元凶)を。
そして、その元凶の娘が正式に王家に嫁ぐことの意味を。
その時、王妃様がふと足を止め、こちらを振り返った。
私と視線が絡み合う。
その瞳に宿っていたのは、同じ地獄を見る者への『共感』。
そして、『二人を頼みましたよ、リリアナ』
王妃様は唇だけを動かし、慈愛に満ちた、それは美しい笑みを私に向けたのだ。
それは全ての責任を、私に丸投げした清々しいほどの『生贄への黙祷』だった。
「さあ、お母様! 喜びのあまり背中の翼が疼きますわ! もう一舞いいきましょう!」
「ええ、イザベラ! 次は王都の空を焦がす勢いで羽ばたくわよ!」
バサァッ!!
母と娘が笑い合うたび、赤い暴風と黒い衝撃波が会場を蹂躙する。
私の隣では、陛下と殿下が白目を剥いて立ったまま気絶していた。
もはや胃薬などで誤魔化せる段階は過ぎた。
私は手帳を開くと、震える手で新たな目標を書き殴る。
『目標:南の島で猫と平穏な老後』→『目標:ただ生き残る』と。
そして私は心に決める。
一度、実家に帰ろうと。
新作短編投稿しました。
タイトル:無能将軍の伝令兵Aですが、なぜか英雄と讃えられました
https://ncode.syosetu.com/n8233lq/
我ながら、この物語の完成度は非常に高くできたと思います。ただ、キーワードとジャンルが弱いので、あまり読者さまの目に映らないかも?
まあ、好きで書いたので良しとしてます笑
皆さま、今後ともよろしくお願いします♪
明日も12時投稿となります。




