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【連載版】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 天地サユウ
第四章

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第四十話 追走の果てに

「う、嘘だ……! 聖女様が偽物なはずがない!」


 数万の群衆全員が正気に戻ったわけではなく、熱狂的な信者の中には、現実を受け入れられない者もいたのだ。

 警備の騎士たちが群衆を押し留めている、そのわずかな隙間から、一人の男が飛び出す。


「悪魔め! 聖女様を返せ!」


 男は石畳から剥がれ落ちた『石』を拾い上げ、殿下めがけて投げつける。


「殿下ッ!」


 私が叫ぶのと、男が腕を振り抜くのは同時だった。

 殿下は民衆への演説中で、完全に無防備。

 周囲の近衛騎士たちも群衆対応に追われ、一瞬の隙が生じていた。


「しまっ……!?」


 近衛騎士が手を伸ばすが、間に合わない。

 だが、その凶器が殿下に届くことはなかった。


 鈍く重い音が響き、黒い影が殿下の前に立ちはだかっていた。

 イザベラ様だ。

 彼女は誰よりも早く殿下の前に飛び出し、その背中で飛来した石を受け止めたのだ。


「……ッ!」


 あの夜の女神を体現したドレスが、衝撃で裂け、土埃で汚れる。

 広場が静まり返った。

 犯人の男は、すぐに騎士たちに取り押さえられたが、広場の視線はステージ上の一点に注がれている。


 美を何よりも愛し、ドレスの裾が少し汚れただけで激怒する公爵令嬢が、自ら捨て身の盾となったのだ。


「イザベラ……!?」


 殿下が目を見開く。

 足元に転がった石は、骨を砕きかねない大きさ。

 イザベラ様は痛みに顔をしかめながらも、ゆっくりと振り返る。

 その顔に恐怖も怒りもなかった。


 イザベラ様は懐からハンカチを取り出すと、殿下の頬にかかったわずかな土埃を、震える手で優しく拭った。


「……ご無事ですか、殿下。お怪我はございませんか?」

「俺の心配をしている場合か! け、怪我はないのか!?」


 殿下が血相を変えてイザベラ様の肩を掴んだ。

 だが、イザベラ様は静かに微笑む。


「何をおっしゃいますの。ドレスが少し破れただけですわ。殿下のお顔はこの世に一つしかありませんもの。それをお守りできたなら、私の身体なんて安い代償ですわ」


 その言葉に、殿下が息を呑む。

 いつも自分の欲望のために暴走していたイザベラ様が見せた『無償の献身』。

 背中に激痛が走っているはずが、愛する男の無事だけを喜ぶ彼女は、どんな着飾った姿よりも気高く見えた。


「馬鹿な女だ……」


 殿下は苦笑すると、ハンカチを取り出し、イザベラ様の額に浮かんだ冷や汗と、頬についた煤けを拭った。

 殿下なりの精一杯の感謝と、痛みを堪えるイザベラ様への労いだった。

 しかしその優しさが、イザベラ様の脳内回路を焼き切ることになる。


 ブツンッ。

 イザベラ様の何かが切れる音が聞こえた気がした。

 その顔が、沸騰したように赤くなる。


「殿下が、私の汗を拭ってくださった……? それも数万の民衆の前で……?」


 イザベラ様の瞳孔がカッと開き、あらぬ方向にギャラクシーな輝きを放ち始めた。


「もしかすると……わ、分かりましたわ! これは古の儀式……『マーキング』ですわね!?」

「は?」

「『俺の女に手を出すな』という周囲への牽制! そして『汚れても愛しい』という無言の求婚! ああ、殿下! 謹んでお受けいたしますの!!」


 イザベラ様が痛覚神経を遮断したかのような動きで殿下に飛びつく。

 いつもなら殿下は全力で逃げ出していた場面だが、ふと動きを止め、視線が迷うように揺れていた。

 私はもうここしかないと、殿下の背中に声をかける。


「これほどまで損得勘定抜きで殿下を愛し、身を挺して守れる女性は、世界広しと言えど、イザベラ様以外にいませんよ」


 私は手帳を開き、スペックを読み上げるように告げる。


「近衛騎士の警備網すら抜ける不意打ちに、即座に反応する愛の深さ。石の直撃を受けても、求婚のことしか考えていない頑強なメンタルとフィジカル。王太子の伴侶として、これ以上ない『優良物件』です」

「……物件扱いか」

「はい。物理的にも精神的にも最強のタンクです」


 殿下はイザベラ様を見た。

 背中を強打しているはずなのに、「さあ、今すぐ教会へ! 誰か、医師より先に神父を連れてきてくださいまし! ついでに婚姻届もお願いしますわ!」と、叫び散らかす公爵令嬢。


 その姿を見た殿下は、長く深いため息をついた。

 だが、それは諦めではなく、覚悟を決めた男の吐息だった。


「……そうだな」


 殿下は逃げるのをやめた。

 そして飛びついてくるイザベラ様の肩を強く掴み、正面から見据える。


「イザベラ、教会はまだ早い」

「で、ですがマーキングが……」

「まずは手当てが先だ。怪我をしている状態で婚約発表など、王家の美学に反する。医務室へ行くぞ。……正式な婚約の手続きは医師の許可が下りてからだ」

「こ、婚約発表……」


 時が止まった。

 イザベラ様の口がパクパクと動き、やがて脳内会議が全会一致で可決された瞬間、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


 広場の石畳に突っ伏し、無言でビチビチと歓喜で跳ね回るイザベラ様。

 まあ、あれだけ活きがいいなら、身体も無事だろう。

 民衆からは、「おお……!」「ついに……!」と、温かい拍手と苦笑が巻き起こる。


「リリアナ」

「はい」

「か、感謝する……」


 殿下の視線は足元で跳ね回るイザベラ様に注がれていた。

 その瞳には、呆れと共に隠しきれない柔らかな光が宿っている。

 本当はとうに気付いていたのだろう。

 イザベラ様の突飛な行動の裏にある純粋さと、誰よりも真っ直ぐな想いに、いつの間にか惹かれていた自分に。

 ただ素直になる勇気と、その手を掴むための『もっともらしい理由』が欲しかっただけなのだ。


「最善の選択かと。……少なくとも退屈しない人生になりそうですね」

「ふっ、違いない」


 殿下は肩をすくめ、未だ釣り上げられたばかりのマグロのようなイザベラ様を軽々と抱き上げた。

 いわゆる『お姫様抱っこ』だ。


「へ……?」


 イザベラ様の動きがピタリと止まる。

 至近距離にある殿下の整った顔。

 宙に浮く身体。

 身体を支える腕の感触。


 状況を理解した瞬間、イザベラ様の限界突破していた脳内ヒューズが、さらに限界をこえた。


「あ、あふぅ……」


 イザベラ様は白目を剥いたまま、口から泡を吹き、今度こそ意識を手放した。


「……おい、しっかりしろ」


 殿下は苦笑しながら、腕の中で泡を吹くイザベラ様を抱え、医務室へと歩き出す。

 その背中は、どこか満足げだった。

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― 新着の感想 ―
イザベラって言うかコイキングwww
*・゜゜・*・' HAPPY END '・*・゜゜・*
ついに!!!㊗️㊗️㊗️㊗️㊗️㊗️㊗️㊗️㊗️ おめでとうございますイザベラ様…!! 願われなくても自力で幸せになるタイプだとは思いますが、幸あれ…!
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