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【連載版】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 上下サユウ
第三章

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第三十六話 人海戦術

「帝国の物流システムは、すべて我が連邦のサーバーに依存しています。職員が働かないのなら、システムを稼働させる意味もありませんからね」

「貴様、兵糧攻めにする気か!」

「降伏するなら、契約を元に戻しましょう。……今度は休憩なしの24時間労働ですが」


 絶望的な空気が流れる中、一人の女性が立ち上がる。

 シルヴィア様だ。

 彼女は乱れた髪を一つに束ね直し、テオバルトを睨みつけた。


「……舐めないでちょうだい」

「ほう?」

「システムがないと維持できない? 笑わせないで。連邦が来る前の1000年間、この国はどうやって動いていたと思っているの!」


 シルヴィア様は、机の上に積み上げられていた書類の山をバンッと叩いた。


「紙と、ペンと、人間の足よ!」


 彼女は振り返り、暗闇の中で怯える官僚たちに叫ぶ。


「総員、聞きなさい! 敵はシステムを止めたわ。だからどうしたの!? 私たちの頭脳まで止まったわけじゃないでしょう! システムのマニュアルは忘れなさい! 昔の台帳を引っ張り出すのよ! 計算機が止まったなら、私が計算するわ! 電子ロックが開かないなら、ハンマーで叩き壊しなさい! 帝国官僚の『現場力』を見せつけるのよ!」


 その檄が、死にかけていた官僚たちの魂に火をつけた。

 だが、問題があった。


「シルヴィア様! 暗くて手元が見えません!」

「それに腹が減って……もう指が動きません……!」


 照明と食料。

 この二つがなければ、いくら気合があっても戦えない。

 シルヴィアが唇を噛んだ、その時だった。

 バリバリと不穏な音が響き渡り、オフィスが瞬く間に輝いた。

 イザベラ様だ。

 彼女はドレスに縫い付けられていたダイヤモンドよりも希少な『夜光石』を、躊躇なく引きちぎり、床にばら撒いたのだ。


「暗いわ! こんな陰気な場所では私の気分も、貴方たちの仕事も台無しじゃない!」


 イザベラ様ばら撒いた宝石が、星空のように輝き、オフィスを昼間のように照らし出す。


「イザベラ様、それは国宝級のダイヤでは……?」

「知ったことよ! 光がないなら、私が光になればいいのよ!」


 さらにイザベラ様は、持ち込んだ大量のトランクを蹴り開けた。

 中から溢れ出したのは、ドレス……ではなく、大量の高級菓子だった。


「さあ、食べなさい! 腹が減っては戦はできなくてよ! 王国自慢の最高級品を、心して味わいなさい!」


 イザベラ様が食料を投げ渡す。

 官僚たちが群がり、クッキーを頬張りながら光の中でペンを握り直す。


「う、美味い!?」

「力が湧いてくるぞ!」


 シルヴィアの指揮と、イザベラ様の物量支援。

 二人の連携により、アナログの人海戦術がテオバルトの想定を超えて帝都を回し始めた。


「馬鹿な……! 計算速度が追いついているだと……?」


 テオバルトが狼狽する中、私は最後の一手を打つべく、皇帝に近付いた。


「陛下、契約書を無効にするには、陛下ご自身の手で『破棄』を宣言していただくしかありません」

「し、しかし違約金を請求されれば、やはり妻の薔薇園が……」


 まだ言ってるのか、この恐妻家は。

 その時、皇宮の奥、『開かずの間』――皇后陛下の私室の扉が静かに開いた。


「騒がしいですね」


 現れたのは、一人の老婦人。

 白髪を上品に結い上げ、杖をついているが、その背筋は真っ直ぐ伸びている。

 ガレリア帝国皇后、エカテリーナである。


「エ、エカテリーナ……!?」

「庭が騒がしくて昼寝もできませんよ。それに……わたくしの庭の暖房が切れました。薔薇が寒がっています。貴方の仕業ですか? そこの地味な殿方」


 テオバルトが後退りする。


「わ、私は合理的な判断を……暖房費は無駄なコストで……」

「無駄?」


 カツン。杖が床を鳴らす。


「わたくしの薔薇を無駄と言いましたか?」


 エカテリーナ皇后が微笑む。

 その笑顔は、どんな人よりも恐ろしく見える。


「ディミトリ」

「は、はいっ!」

「この無礼な男を摘み出しなさい。……もしできないのであれば、今夜から貴方の寝床は『犬小屋』です」


 その一言は、10万ページの契約書よりも重かった。

 そしてディミトリ皇帝の中で、何かが弾けた。

 国の違約金? 国際問題? そんなものは妻の「犬小屋行き」宣告に比べれば、埃のようなものだ、と。


「テオバルトッ!!」


 皇帝が儀礼用の剣を引き抜き、一閃した。

 テオバルトが掲げた契約書が真っ二つに切り裂かれ、パラパラと床に舞い落ちた。


「私の妻を悲しませる契約など、このディミトリの名において無効とする! 失せろ!」

「ひ、ひぃぃぃっ! こ、これは契約破棄だ! 国際法廷で莫大な賠償金を……!」

「いいえ、賠償金は発生しません」


 腰を抜かしたテオバルトの前に、私が進み出る。

 私は真っ二つになった契約書の切れ端を拾い上げた。


「テオバルト殿、契約書の特記事項、第1条。『甲は業務遂行にあたり、乙の要人、及び皇族の安全・健康を最優先しなければならない』。つまり貴殿は暖房を切り、皇后陛下の健康を害するリスクを生じさせました。これは明白な『安全配慮義務違反』です。先に契約を破ったのは貴殿の方。よって、この契約は『相手方の重大な過失』により即時解除されます。いえ、むしろ、こちらが慰謝料を請求できる立場ですね?」

「あ……あぁ……」


 テオバルトの顔色が土気色に変わる。

 物理(皇帝)と論理(私)、その両方で完全に詰んだのだ。


「連れて行け!」


 皇帝の命令で、テオバルトは引きずり出されていった。

 オフィスに再び歓声が上がる。

 それは、人間性の勝利を祝う凱歌だった。


 ◇


 帰り際。

 港の桟橋で、シルヴィアが見送りに来てくれた。

 彼女はもうヨレヨレの作業着ではなく、パリッとした補佐官の制服に身を包んでいる。


「リリアナ」


 シルヴィアは、一枚の羊皮紙を差し出してきた。

 今回の報酬と諸経費(主にイザベラ様のお菓子代とばら撒いた宝石代)の支払い証明書だ。


「貴女には感謝しているわ」

「お互い様です。私たちが困った時は、また助けてください」


 私は手を差し出す。

 シルヴィアはその手を強く握り返した。


「ええ、約束するわ。次に会う時は、仕事じゃなくて、ただのお茶会にしましょう」

「賛成です。数字の話抜きの非生産的な無駄話をたっぷりと」

「ええ、そうね」


 私たちは笑い合った。

 国も性格も違うけれど、私たちは確かに戦友だった。


 ◇


 帰りの王室専用船。

 甲板で風に当たっていると、背後から騒がしい声が聞こえてきた。


「ああ、殿下! 怖かったですわ! あのような真っ暗な中で、私は心細くて心細くて!」


 イザベラ様が、アレクセイ殿下の腕にガッチリとしがみついている。

 一番輝いて暴れ回っていたのはイザベラ様だ。今さらそんな嘘は通用しないだろう。


「は、離れろ、イザベラ! いつも以上に近いのだ!」

「離しませんわ! これは『吊り橋効果』ですのよ! 危ない目にあった男女は恋に落ちる……つまり、殿下はもう私にメロメロなはずですわ!」

「誰がメロメロだ! 俺はゲッソリしているのだ!」

「まあ! 照れ隠しがお上手ですこと! さあ、帝国の夜景をバックに、愛の誓いを立てましょう!」


 イザベラ様がタコのような口をして迫り、殿下がマストにしがみついて逃げ惑う。

 いつもの光景だ。


 私はやれやれと肩をすくめ、手帳を開く。

 今回の報酬は、金貨と、戦友との絆、そしてイザベラ様が買い漁った山のような帝国土産。

 そして、南の島へ行くはずだった私の有給休暇は、海風と共に消えたのだった。


「リリアナ! 何をボケっと突っ立っておるのだ! 早く助けろ!」

「申し訳ありません、殿下」


 私はすっと視線を逸らし、青い空を見上げた。

 帝国の空も綺麗だ。

 帰ったらペットショップにでも行って、仔猫を見に行こうかな。


 せっかくの有給休暇も、南の島へのチケットも消えてしまったけれど、懐にはたっぷりの特別ボーナスがある。

 私はニヤリと不敵に笑った。

こちらで第三章の締めとなり、次話から第四章に入ります。

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― 新着の感想 ―
なんだろう………ざっと見て、イザベラの方が主人公に見える……! 主人公はサポート、第三者としての視点を見回して面白くなっている。 それに………女の怒りはすごかった
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