第三十二話 ローゼンバーグ商会・セカンドライン
「正義は我らにあるのです!!」と、ライラスの絶叫が広場に木霊すると、会場の流れが再び変わってしまった。
「搾取……?」
「泣きながらドレスを……」
観客たちの瞳に迷いが生じた。
イザベラ様の圧倒的な美学には憧れる。だが、その裏に弱者いじめがあるとなれば話は別だ。
大衆は劇的な物語を好むが、同時に『権力者が弱者を虐げる』という構図には敏感に反応し、正義の鉄槌を下したがるもの。
「や、やっぱり公爵令嬢は、私たちのことなんて考えてないのよ!」
「ミミさんがかわいそうだわ!」
同情票が再びミミへと流れ、会場の空気が反転していく。
やはり、パワハラ疑惑というカードは強すぎる。
このままでは押し切られる。
ライラスは勝利を確信し、下卑た笑みを浮かべて私とイザベラ様を見下ろした。
「どうだ、見たか!」と言わんばかりの顔だ。
だが、当のイザベラ様は扇子で口元を隠したまま、眉一つ動かさない。
弁明もしない。狼狽もしない。
ただ、「愚かね」と瞳だけで語っている。
しかし、沈黙は肯定と取られかねない。
このままでは、大衆の悪意に飲み込まれる――誰もがそう思った、その時だった。
「騒がしいぞ」
VIP席で不機嫌そうに座っていたアレクセイ殿下が、ゆっくりと立ち上がった。
低く、不機嫌そうに放たれたたった一言。
だが、その声はよく通り、波打つ群衆を一瞬で黙らせた。
殿下は私に目配せをする。「やれ」と。
私は頷き、バインダーを持って舞台に進み出る。
「異議あり。搾取と仰いましたか、ライラス殿。では、この書類について説明していただけますか?」
私は巨大スクリーン(魔道投影機)に、ライラスが隠し持っていた『メゾン・ミミ』の裏帳簿を映し出す。
「こ、これは……!?」
「『メゾン・ミミ』の売上内訳です。売上の92%がコンサルティング料として、貴殿の口座に送金されていますね。ミミさんに支払われたのは、わずか8%。材料費を引けば、彼女の手取りはほぼゼロです」
会場から悲鳴が上がる。
「ミミさんは、イザベラ様への復讐心を貴殿に利用され、タダ働きさせられていた。これこそが真の『搾取』ではありませんか?」
「こ、これは……そう、必要経費なのです……!」
「ミミさん、これが貴女の『代理人』の正体です。彼は貴女を勝たせる気などなかった。貴女とイザベラ様を共倒れさせ、ブランドを乗っ取るつもりだったのです!」
「……嘘ですよね? 私を助けてくれるって……」
ミミが縋るような目でライラスを見る。
追い詰められたライラスは、舌打ちをして本性を現す。
「ちっ、お前なんか使い捨てのコマに過ぎないのだ!」
「きゃあっ!」
ライラスがミミを突き飛ばし、群衆に紛れて逃げようと走り出す。
だが、その足はピタリと止まる。
ランウェイの周りを、いつの間にかきらびやかなドレスを着た10人の令嬢たちが取り囲んでいた。
「あら、往生際が悪くてよ」
イザベラ様が扇子を閉じる音を合図に、『取り巻き軍団』が一斉にさえずり始める。
「逃げるなんて卑怯ですわ!」(取り巻きB)
「最低ですわ!」(取り巻きC)
まずは『肯定班』が退路を塞ぎ、続いて『攻撃班』が畳み掛ける。
「女性に罪を擦り付けるなんて、紳士の風上にも置けませんわ!」(取り巻きD)
「そのスーツの光沢と同じくらい、薄っぺらいプライドですこと!」(取り巻きE)
「詐欺師がイザベラ様の前に立つなど、空気が汚れますわ!」(取り巻きF)
さらに『賛美班』が、ライラスを無視してイザベラ様を褒め称える。
「それに比べて、友人を守ろうとするイザベラ様の気高さ!」(取り巻きG)
「悪を裁くお姿も美しいですわ!」(取り巻きH)
「慈悲深い女神のようです!」(取り巻きI)
最後に『賑やかし班』が勢いだけで叫ぶ。
「ビバ、ローゼンバーグ!」(取り巻きJ)
「正義は我らにありですの!」(取り巻きK)
彼女たちの見事な連携による『口撃』の嵐に、ライラスはたじろぎ、後ずさる。
逃げ場はない。
追い詰められたライラスは、血走った目を、へたり込んでいるミミに向けた。
「くそっ! お前のせいだ! お前が余計なことを言わなければ……!」
ライラスが八つ当たりのように、再びミミに掴みかかろうと手を伸ばす。
だが、その汚い手がミミに届くことはなかった。
バチンッ!
扇子が一閃し、ライラスの手が弾かれる。
イザベラ様が、ミミを庇うように立っていた。
「薄汚い詐欺師が、私の友人に触らないでちょうだい」
完全に勝負あった。
VIP席から降りてきた殿下が、近衛兵に合図を送る。
「連れて行け」
近衛兵たちがライラスを取り押さえ、引きずっていく。
「は、離せ! これは何かの間違いだ! データでは私が勝っていたんだ! 重くて高いだけのゴミが、安くて便利な服に勝てるわけがない! なぜだ、なぜそんな非合理なものが評価されるんだぁぁぁ!!」
見当違いも甚だしい断末魔のような叫びは、誰の心にも響くことなく、虚しく遠ざかっていった。
舞台には、へたり込んだミミと、仁王立ちするイザベラ様だけが残された。
「私、馬鹿みたい……。貴女に勝ちたくて、利用されて、結局全部失って……」
「立ちなさい」
ミミが顔を上げると、イザベラ様が手を差し伸べていた。
「貴女のドレス、縫製は悪くなかったわ。デザインは私のコピーで退屈だったけれど、大衆に『夢』を見せる力は確かにあった」
「え……?」
「私が流行を作るのではないのよ。私が歩いた後に流行が生まれるのよ。ミミ、貴女のドレスは確かに人気はあるわ。でも、あれは私の『過去の抜け殻』を拾い集めただけのものよ?」
イザベラ様はニヤリと笑う。
「私のブランド『ローゼンバーグ』は孤高であり続ける。誰にも媚びない。だからこそ大衆向けの『通訳』が必要なのよ」
「通訳……?」
「雇ってあげるわ。ただし……今度は『使用人』ではないわよ」
イザベラ様は、ミミの手を強引に掴んで立たせると、まっすぐに彼女の目を見て告げる。
「私の対等な『友人』として。そして、ローゼンバーグ商会・セカンドライン『メゾン・ミミ』のチーフデザイナーとしてよ。ミミ・フォン・バロン」
「え……? は、はい! お嬢様!」
ミミは涙を流しながら、その手を握り返した。
会場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
殿下も「全く、世話の焼ける奴らだ」と言いつつ、満足げに拍手を送る。
それはファッションの勝利と、二人の奇妙な友情の始まりを祝福するものだった。
筆が進みましたので、21時も投稿します。




