第二十九話 忘れ去られた取り巻き
エストリア公国との金融戦争を制し、私たちは久々に王国の土を踏んだ。
アレクセイ殿下は公務へ戻り、私は溜まった書類の山と格闘し、ようやく迎えた週末。
私はイザベラ様に呼び出され、王都のメインストリートを歩いていたのだが……。
「ねえ、リリアナ。私の目が衰えたのかしら? それとも世界が狂ったの?」
イザベラ様が、わなわなと震える手で大通りを指した。
そこには休日を楽しむ女性たちが歩いているのだが、その光景は異様だった。
極彩色の羽根をつけた女性。
真っ赤なガラス玉をジャラジャラさせた女性。
ピンク色のペラペラなフリルを過剰につけた女性。
「……皆様、イザベラ様の『歴代ドレス』を真似ていらっしゃいますね」
私は冷静に分析した。
あれは間違いなく、イザベラ様が過去に着用して話題をさらったドレスのコピーだ。
しかし、何かが決定的に違う。
『極彩色の孔雀ドレス』は、ただの派手な鶏のような色合い。
『情熱の不死鳥ドレス』は、赤いビーズを縫い付けただけの集合体。
『愛の不死鳥』に至っては、化学繊維で作られたフラミンゴ・モドキだ。
「何よ、あれ! 私のドレスの『劣化コピー』じゃない!」
イザベラ様が「ムキーッ!」と悲鳴を上げた。
「あんな安っぽい布切れで私の真似をするなんて、ブランドイメージが崩壊するわ! 『あら、ローゼンバーグ様と同じ服が金貨1枚で叩き売りされてましたわよ』、なんて言われたら末代までの恥だわ!」
確かに、遠目にはイザベラ様(悪役令嬢スタイル)に見えなくもない。
いわば『量産型・悪役令嬢』が王都を埋め尽くしている状態だ。
すると、通りがかりの女性たちの会話が聞こえてくる。
「ねえ、見て! これ『メゾン・ミミ』の新作よ!」
「まあ可愛い! あの公爵令嬢様が着てたドレスにそっくりね! お値段たったの『金貨1枚』よ!?」
「とってもお得よね。これで私も『高慢ちきな令嬢気分』が味わえるわ!」
「……メゾン・ミミ?」
私が小さく呟くと、イザベラ様がピクリと眉を動かす。
「ミミ? どこかで聞いたような、聞いてないような……?」
「お心当たりが?」
「う~ん……私の視界の『端っこ』、背景の書き割りのあたりに、いつも映り込んでいたような気がするけれど……思い出せないわね」
イザベラ様は首を傾げる。
悪気はない。だが、その「思い出せない」という事実こそが、最も残酷な罪なのだと、私は知ることになる。
◇
私たちは噂の店、『メゾン・ミミ』へと向かう。
路地裏にある店の前には、長蛇の列ができていた。
店内に入ると、そこは悪夢のような『イザベラ博覧会』だ。
壁一面に飾られたドレス、靴、アクセサリー。その全てが、イザベラ様の過去の栄光を安っぽく再現したものばかりが目に映る。
『孔雀風・極彩色ワンピース(ポリエステル製)金貨2枚』。
『情熱の不死鳥ドレス(ビー玉付き)金貨3枚』。
『愛のフラミンゴセット(造花付き)金貨1枚』。
『オーホッホッ扇子(プラスチック製)銀貨5枚』。
商品のネーミングセンスに悪意を感じる。
「いらっしゃいませ~! 本日は『婚約破棄イベント用・勝負服セット』がお買い得ですよ~! これを着れば、いつ断罪されても怖くないです〜!」
レジの奥で声を張り上げているのは、小柄な女性。
栗色の髪を三つ編みにし、地味な丸眼鏡をかけ、そばかすが目立つ顔立ち。
どこにでもいそうな平凡な女性。だが、その手つきは手慣れており、次々と金貨を回収している。
イザベラ様が店内に踏み込み、高らかに叫ぶ。
「ちょっと貴女! 私のデザインを勝手に使って何してるんですの!?」
凛とした声が店内に響く。
本物の登場に客たちがざわめき、道を開ける。
女性はビクリと肩を震わせ、ゆっくりとこちらを向く。
そしてイザベラ様を見た瞬間、商売人の笑顔を凍りつかせ、代わりにどす黒い憎悪の炎を瞳に宿した。
「……あら、本家様のご来店ですか」
「貴女、誰ですの? 私の許可なくこんな真似をして、タダで済むと思っているのかしら?」
イザベラ様の問いに、女性は乾いた笑い声を上げた。
「ハハ……誰、ですか。そうですよね。覚えておいでではありませんよね…… 。貴女様にとって、私は背景の一部でしたから」
彼女はレジカウンターから出て、一歩前に出る。
照明を受けて眼鏡の奥の瞳がギラリと光った。
「私はミミ・フォン・バロン! かつて貴女様の背後に金魚のフンのようにくっついていた、『取り巻きJ』ですよ!!」
「……取り巻きJ? Jって、今、白銀館で花嫁修行中のあの子ではなくて?」
イザベラ様がキョトンとする。
「A、B、C、D、E……今の軍団……ではなく友人たちなら顔と名前が一致するけれど。Jが二人なんていたかしら?」
「いましたとも! 私は初代Jです! 今のJが来る前に、貴女様の買い物袋を両手に10個抱えさせられ、記念写真の時はいつも『画角の都合』で切り取られていた女です!」
ミミと名乗った元取り巻きJ(初代)は、積年の恨みを吐き出し始める。
「私は貧乏男爵家の娘! 公爵令嬢である貴女様とお近付きになれば、実家にコネができると思って必死についていきました! 貴女様の機嫌を取るために、借金をしてまでお揃いのドレスを買い、貴女様のお茶会に参加し続けました。……その総額、金貨800枚! 実家は破産寸前です!」
「あら、そんなにお金が無かったの? 言ってくれれば貸したのに」
「言えるわけないでしょう!」
ミミが絶叫した。
「『お金がないので帰ります』なんて言ったら、翌日からハブられます! 貴女様のグループから弾き出されたら、社交界での居場所がなくなるんです! ……これは無言の圧力による『カツアゲ』と同じなんですよ!」
イザベラ様が目を丸くする。
「カ、カツアゲなんて人聞きが悪いわ……。私は強制なんてしてないし、貴女たちが『お友達になりたい』って言うから、仲間に入れてあげただけじゃない」
「お友達……? よくもそんなことが言えますね」
ミミはギリッと歯を食いしばり、私の方を見る。
「リリアナ様、貴女なら覚えているはずです。……あの日、王都の高級カフェ『サロン・ド・リュヌ』での出来事を」
私は記憶の糸を手繰り寄せる。
あれは私が王太子付きの補佐官に引き抜かれた直後のこと。
イザベラ様を呼び出し、テラス席でフルーツタルトを食べていた時だ。
『それでね、リリアナ! 聞いてちょうだい! 新しい取り巻きJ……じゃなくて、新しい侍女のミミときたら、本当に気が利かないのよ!』
『私が『喉が渇いた』と言ったら、ぬるい水よ? 貴女なら、その時の私の顔色と気温を見て、最適な温度のアールグレイか、あるいは微炭酸のレモネードか、瞬時に判断したでしょう!?』
『それなのよ! ああ、もう! 本当にイライラするわ!』
「あ……」
私は息を呑んだ。
そうだ、確かに言っていた。
『取り巻きJ……じゃなくて、新しい侍女のミミ』と。




