第二十七話 オークション開幕
翌日から、私たちは街へ繰り出した。
イザベラ様は「市場調査よ!」と叫びながら、殿下の腕をガッチリと掴んで離さない。
強制連行という名のデートである。
「殿下、見てくださいまし! あのブローチ。殿下の瞳の色と同じサファイアですわ!」
「いらん。俺は装飾品などつけないからな」
「あら、殿下がつけるのではありませんわ。私がつけて『ああ……私の胸元に殿下の瞳があるわ……』と、悦に浸るためのものですの!」
「怖いことを言うな……」
殿下は引いているが、イザベラ様が楽しそうに笑うと、まんざらでもない顔で「勝手にしろ」と呟いた。
私はその後ろで必死に電卓を叩きながら、それらの品の『流通ルート』と『売主』を記録していく。
すると奇妙な共通点が見えてきた。
高額で取引されている美術品のほとんどが、ある特定の工房――『レオンハルト王立工房』を経由していた。
「やはり、黒幕は大公ですね」
私は確信する。
このオークションは単なる競売ではない。
大公による国家ぐるみの『錬金術』の現場だ。
「リリアナ、見なさい! この絵画、とても不気味で素敵だわ!」
イザベラ様が路地裏の露店で見つけた一枚の絵を指さした。
それはキャンバスに黒と赤の塗料を無造作にぶちまけただけのような、どう見ても子供の落書き、あるいは事故現場にしか見えない奇妙な抽象画だ。
「あの、イザベラ様。それは流石に……」
「いいえ、感じるわ! この絵からは作者の『魂の叫び』が聞こえるもの! ご主人、これ、いくらですの?」
露店の主人が面倒くさそうに顔を上げる。
「ああん? ああ、それなら近所の酔っ払いが飲み代の代わりに置いてったゴミだ。金貨1枚でいいぜ」
「買ったわ!」
イザベラ様は即金で支払うと、殿下が呆れてため息をついた。
「おい、イザベラ。いくらなんでもそれはドブ金だぞ」
「あら殿下、芸術とは『理解されるのを待つ』ものではなく、『発見される』ものですの。この絵には……そうですわね、『混沌の中の産声』を感じますの!」
イザベラ様は、嬉しそうに絵を抱きしめた。
「いい買い物をしたわ! これは化けるわよ!」
◇
約束の三日後。
エストリア公国が誇る『大歌劇場』は、今夜、欲望渦巻くオークション会場へと姿を変えていた。
円形劇場のボックス席には、各国の富豪、貴族、そして怪しげな仲介人たちが陣取る。
私たちはレオンハルト大公の招待により、ステージを見下ろす貴賓席に案内された。
「やあ、北の友人たち。楽しんでくれているかな?」
隣の席で、レオンハルト大公が優雅にグラスを掲げている。
「今夜は素晴らしい品々が出品される。君たちの『審美眼』とやらが、どの程度のものか見せてもらうよ」
「ええ、期待していてください。私の目に節穴はありませんから」
アレクセイ殿下が不敵に笑う。
その横で、私は眼下の会場を冷徹に観察していた。
手元のメモ帳には、座席配置図と、事前調査で特定した『サクラ(大公の息のかかった買い手)』の位置を書き込んでいる。
「リリアナ、あそこの太った商人と、向こうの痩せた貴族が目配せをしているな」
「はい、殿下。彼らはグルで価格吊り上げ役といったところです」
カーン!
早速、鐘の音が響き、オークションが開始される。
「さあ、それでは最初の品です! レオンハルト王立工房が誇る、巨匠による『春の女神像』! 開始価格は金貨500枚から!」
司会者の声と共に、白大理石の彫像が運ばれてくる。
確かに美しいが、どう見ても量産品の域を出ない。せいぜい金貨50枚が妥当なところだ。
「500枚!」
「600枚!」
「1000枚!」
会場のあちこちから手が挙がる。
異常だ。開始数分で価格が倍になった。
私は冷静に記録を取る。声を上げているのは、全てリストアップしたサクラたちだ。
「1500枚! 他はいませんか!? ……落札!」
会場が拍手に包まれると、大公が満足げに頷く。
「素晴らしい。やはり美の価値が分かる者たちが集うと、相場も活況を呈するな」
「活況というより循環ですね」
私は小声で呟いた。
これは競売ではない。大公が左ポケットから右ポケットへ金を移し、その過程で美術品の価格という既成事実を作っているだけだ。
そして吊り上がった価格を『相場』と信じ込んだ外部の富豪が、次の品でカモにされる。
オークションは進む。
壺、絵画、宝飾品。どれもが大公の工房で作られた品であり、どれもが法外な高値で取引されていく。
「ふあぁ……」
隣で大きなあくびをしたイザベラ様は、退屈そうに頬杖をつき、ステージを見下ろしている。
「つまらないわね。どれもこれも『魂』がないわ」
「魂ですか……?」
「ええ、綺麗にまとまっているけど、ただそれだけ。作者の『こうすれば売れるんでしょ?』っていう下心が透けて見えるのよ。あんなの私のドレスの端切れにも劣るわ」
イザベラ様の声は、あえて周囲に聞こえるような大きさだった。
大公の眉がピクリと跳ねる。
「ほう、イザベラ嬢には、この洗練された美が理解できないと見える」
大公が冷ややかな視線を向けるが、イザベラ様は動じない。
むしろ隣に座る殿下の肩に頭を預けながら言い返す。
「洗練? いいえ、これは『媚び』よ。大公様、貴方の国の芸術家は、パトロンの顔色ばかり窺って筆を動かしているのではなくて?」
会場がざわめく。
公国の権威である大公に対し、ここまで直球の批判をする人はいない。
「そうだ。イザベラの言う通りだ」
ここで、アレクセイ殿下が口を開いた。
殿下はイザベラ様の肩を抱き寄せ(イザベラ様が『ひゃっ』と小さい悲鳴を上げた)、大公を睨み据える。
「貴様のコレクションには、挑戦も、革新もない。あるのは『高値がつくだろう』という浅ましい計算だけだ。そんなものは芸術とは言わん。ただの商品だ」
二人の連携攻撃に、大公の目が冷酷に光る。
「無礼な……。ならば問うが、君たちにはこれ以上の品を用意できるのかね?」
大公が立ち上がり、私たちを見下ろす。
「口先だけで批判するのは簡単だが、このオークションは『価値』を競う場。君たちが持ち込んだ品が、私のコレクションより高値で売れるなら、その言葉も認めよう。だが、もし売れ残れば……君たちの国の『審美眼』をゼロと見なし、金利は予定通り、2倍……いや、懲罰として3倍に引き上げさせてもらう」
来た。売り言葉に買い言葉。これが大公の狙いだ。田舎者の私たちに恥をかかせ、外交的優位に立つつもりだ。
私は眼鏡を押し上げ、イザベラ様に目配せする。
『行けますか?』
イザベラ様はニヤリと笑い、扇子を閉じた。
そして殿下の手をギュッと握りしめて立ち上がる。
「上等よ! 本物の『衝撃』を見せてあげるわ! 殿下、私の勝利の女神になってくださいますわよね?」
「俺は女神ではないが、勝利の証人にはなってやる。行け、イザベラ」
殿下の力強い言葉を受け、イザベラ様は不敵に微笑んだ。




