第二十六話 美を盾にした金融国家
公国の中枢『白亜宮』。
通された謁見の間は、壁一面が名画で埋め尽くされ、天井には巨大な水晶のシャンデリアが吊るされていた。
その中央、ビロードの玉座に優雅に足を組んで座る男がいる。
エストリア公国元首、レオンハルト大公。
『美貌の大公』の異名を持つ彼は、長い銀髪をリボンで束ねた、陶磁器のように白い肌の美丈夫だった。
だが、その瞳にはアレクセイ殿下とは違う、神経質で冷酷な「計算」の光が宿っている。
「よく来たね、北の国の野蛮な……もとい、質実剛健な友人たちよ」
レオンハルト大公は、手元のワイングラスを揺らしながら言った。
「歓迎しよう。もっとも君たちの国にはこれほど芳醇なワインも、魂を震わせる絵画もないだろうがね」
「挨拶は結構だ、レオンハルト」
アレクセイ殿下が単刀直入に切り出す。
「金利の引き上げ通告について説明してもらおうか。我が国と貴国の間には『友好金利協定』があるはずだ。一方的な変更は契約違反だぞ」
「契約? ああ、あの紙切れか」
大公はふっと笑った。
「アレクセイ、君は勘違いしている。金利とは単なる数字ではない。『信用』と『品格』のバロメーターなのだよ」
「品格だと?」
「そうだ。我が国は美しいものを愛し、文化を育む国にこそ低金利で融資を行う。だが、最近の君の国はどうだ? 温泉宿? 労働基準監督局? ……実に泥臭く、そこに美のかけらもない。そのような文化レベルの低い国に、我が国の神聖な資金を貸し続けることは美の神への冒涜なのだよ。よって、金利を引き上げる。嫌なら……そうだな、即時一括返済してもらおうか」
即時一括返済。それは国家破産を意味する。
大公の言葉に、アレクセイ殿下のこめかみに青筋が浮かび、拳が震えている。
その横で、イザベラ様も扇子をへし折らんばかりに握りしめていた。
私は、すかさず一歩前に進み出る。
「大公閣下、お言葉ですが、我が国の文化レベルが低いというご指摘には異議があります」
「ほう? 事務官風情が、私に口答えか?」
「はい。我が国は現在、温泉文化と服飾産業において独自の発展を遂げています。つきましては、一度『品定め』の機会をいただきたく存じます」
私は大公の目を真っ直ぐに見つめる。
「三日後に行われる貴国主催の『大オークション』。そこで我が国の『審美眼』と『資金力』をお見せしましょう。もし我々が貴国のお眼鏡にかなう品を落札し、その価値を証明できたなら……金利の据え置きをお願いできますか?」
「審美眼勝負か……。面白い」
大公は興味深そうに目を細め、視線をアレクセイ殿下とイザベラ様に移した。
「田舎者の君たちが、我が国の至宝を理解できるとは思えないが……よかろう。その挑戦受けて立とう。ただし、もし醜態を晒せば金利は3倍にさせてもらうぞ」
「上等だ」
殿下がニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。
「受けて立とう。我が国の『美』の象徴が、貴様の美学など粉砕してやる」
「えっ、殿下!? 今、私のことを『美の象徴』と仰いました!?」
すかさず、イザベラ様が色めき立った。
殿下は褒め言葉というより、最終兵器扱いで言葉にしたのだろう。
ともあれ、戦いの火蓋は切って落とされた。
舞台は『大オークション』。
私たちは美意識という名の武器で、この国と殴り合うことになる。
◇
謁見後。
私たちは宿に戻り、作戦会議を開いていた。
「リリアナ、勝算はあるのか? 俺は芸術のことはいまいち理解できんぞ。俺にとって価値ある壺とは、割れにくい壺だからな」
「私もです、殿下。私の専門は数字ですので、割れた壺の減価償却費しか計算できません」
「なら、どうする気だ?」
「芸術は分からなくとも、『相場』の歪みは分かります」
私は街で手に入れた過去のオークションの目録と、美術品取引の帳簿(裏ルートで入手)を机に広げる。
「この国の美術品市場は異常です。無名の画家の絵が、一夜にして金貨数千枚で取引されています。明らかに人為的な価格操作が行われているかと」
私は一つの仮説を立てていた。
この国は『芸術』を隠れ蓑にし、不正な資金洗浄や資産隠しを行っているのではないか、と。
大公が言う『美』とは感性のことではない。
『金のなる木』のことだ。
「三日後のオークション。そこで大公は自身のコレクションを高値で吊り上げ、市場価値を操作しようとするはずです。私たちはその『カラクリ』を見抜き、彼の面目を潰す必要があります」
「なるほど。詐欺師の化けの皮を剥ぐわけか。……だが、どれが本物でどれが偽物か、見抜く目が必要だぞ」
殿下の指摘はもっともだ。
私には金貨100枚の価値がある壺と、銅貨10枚の壺の違いが分からない。
「ですので、専門家を用意しました」
私が視線を向けた先。
ソファの上には、街で買い込んだ大量のドレスや宝石、骨董品に埋もれているイザベラ様がいる。
「ふふん。この壺ちょっと欠けてるけど、そこがいいのよね」
イザベラ様は恍惚とした表情で、ボロボロの壺を撫でている。
「……先ほどは勢いで『美の象徴』と大見得を切ったが、改めて見ると不安になるな。どう見てもゴミを愛でる不審者にしか見えんぞ」
「大丈夫です、殿下。その『一般人にはゴミに見えるもの』に価値を見出す感性こそが、大公の作った偽りの相場をぶち壊す鍵になります」
イザベラ様は直感で『良い物』を見抜く天才だ。
彼女の感性と私の分析力、そして殿下の交渉力(威圧)
この三つが揃えば、大公の『美学』など、恐るるに足らない。
明日も12時&17時投稿です。




