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【連載版】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 上下サユウ


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第二話 完璧なプレゼンテーション

 王立学園の大講堂は、卒業を祝う祝祭の熱気に包まれていた。

 煌めくシャンデリア、色とりどりのドレス、給仕が運ぶ高級なワインの香り。

 だが、私にとってこの場所は、単なる最終プレゼンテーション会場に過ぎない。


「リリアナ、行くわよ。私の晴れ姿をしっかりと目に焼き付けなさい」


 控え室の扉の前で、イザベラ様が振り返る。

 彼女が身に纏っているのは、血のように鮮烈な真紅のドレス。私が懇意にしている仕立屋に発注し、主役以外には着こなせないように計算して作らせた一品だ。

 対する私は、壁紙と同化しそうなほど地味なモスグリーンのドレスである。


「はい、お嬢様。準備は万端です。段取り通りに」

「ええ、分かっているわ。……ふふ、あの女がどんな顔をして泣き叫ぶか、楽しみで仕方がないわ!」


 イザベラ様が扇子を広げ、高笑いと共に扉を開け放つその瞬間、私は背後の楽団長に目配せを送った。

 ――スタート。

 優雅なワルツが唐突に止まり、重厚かつドラマチックな曲調へと切り替わる。曲名は『断罪の序曲』。

 私が事前に楽譜を渡し、金貨一枚で演奏を依頼しておいたものだ。


 会場の空気が一変し、数百人の視線が一斉に入り口――すなわち、イザベラ様に集まる。


「あら、イザベラ公爵令嬢だわ」

「なんだか凄い迫力じゃないか?」


 ざわめきの中、イザベラ様は堂々とホールの中央へ進んでいく。その視線の先には、本日のターゲットたちがいる。

 第一王子アレクセイ殿下。そして、その腕にまとわりつくように身体を寄せている、聖女ソフィア。

 噂通り、殿下は彼女に心酔している……そう思っていた。

 だが、目の前の光景からは違和感しか映らない。

 あの冷徹な殿下が、公衆の面前でここまで隙を見せるだろうか?

 いや、ありえない。おそらく殿下は、ソフィアの背後にいる者を炙り出すために、あえて『恋人ごっこ』を演じている。

 ならば、話は早い。今日の資料は『感情論』や『泣き落とし』が一切通用しない、冷酷な事実だけで構成しなければならない。


 ソフィアはピンク色のふわふわとしたドレスを着て、上目遣いで殿下に何かを囁いている。

 あざとい。実に計算高いポジショニングだ。

 だが、それもここまでである。


「お待ちなさい! アレクセイ殿下!」


 イザベラ様の声が、音楽の切れ目に合わせて響き渡った。

 さすが、お嬢様、無駄に声量が大きい。マイク要らずだ。


 殿下が不機嫌そうに眉をひそめ、こちらを向く。

 金髪碧眼、彫刻のような美貌。しかし、その瞳には冷徹なまでの冷たさが宿っている。


「イザベラか。何の用だ? 俺は今、ソフィアと愛を語らっているのだが」

「殿下、その女に騙されてはいけません! その女は聖女の仮面を被った、稀代の悪女なのですわ!」


 あ……イザベラ様は、私が教えた『悲劇のヒロインの表情』を完全に忘れている。

 扇子でビシッと指をさし、堂々たる『悪役令嬢』の顔だ。

 これでは、どちらが悪者か分からないが、まあいい。

 想定の範囲内だ。

 その時、おおおっと、会場がどよめく。


「っ……!? な、何を仰るのですか……? わ、私が悪女だなんて……ひどい、ひどすぎます、イザベラ様……!」


 ソフィアが両手で口元を覆い、瞬時に瞳を潤ませる。

 素晴らしい演技力だ。涙袋の震え方まで計算されている。もしこれが演劇の授業なら満点だが、残念ながらここは法廷(予定)だ。


 周囲の生徒たちから「またイザベラ様の嫉妬か」「可哀想なソフィア様」という、ヒソヒソ声が漏れ始める。

 ここまでは想定通り。完全にアウェーの空気を作らせてから、ひっくり返すのがカタルシスというものだ。


「証拠はおありなのですか、イザベラ嬢? 根拠のない誹謗中傷であれば、王族への不敬と見なしますよ」


 殿下の側近である騎士団長の息子が、剣呑な眼差しで割って入る。

 イザベラ様が怯んだように一瞬言葉を詰まらせ、チラリと後ろの私を見た。

 ――タスク(出番)発生。


 私は無言で一歩前に進み出ると、練習通りに15度の角度で、完璧なカーテシーを披露した。

 そして、小脇に抱えていた分厚いファイルを掲げる。


「証拠なら、ここにございます」


 私の声は決して大きくはないが、よく通る事務的なトーンだ。

 騒然としていた会場が、水を打ったように静まり返る。


「な、なんだ、それは……?」


 側近が眉を寄せる。


「こちらは、聖女ソフィア様が入学してから現在に至るまでの行動履歴、資金の流れ、及び、それに関連する不正の証拠をまとめた調査報告書です」


 私は書類を開き、あらかじめ貼っておいた付箋のページを広げる。


「まず資料3ページ目をご覧ください。5月12日、ソフィア様が隣国の密偵と接触し、学園の魔法結界に関する機密情報を渡した際の王都憲兵隊による監視記録の写しでございます。なお、こちらはローゼンバーグ公爵家の伝手で憲兵隊に閲覧申請を通し、正式に写しを取得しております。日時、場所、会話の内容まで全て記録されております」


 会場の空気が『哀れみ』から『疑念』へと変わり始める。

 具体的な日付と、公的機関の名前が出たからだ。


「う、嘘よ! そんなの捏造だわ!」


 ソフィアが叫ぶ。


「捏造ではありません。この監視記録には憲兵隊長の署名と捺印がございます。さらに裏付けとして、同時刻にソフィア様が寮を抜け出している様子を捉えた、魔道具による記録映像も保管しております」


 私は淡々とページをめくる。


「続いて、8ページ目。ソフィア様が複数の男子生徒に対し、『テストの答えを教えてくれたらデートしてあげる』と持ちかけ、実際には答えだけ受け取って約束を反故にした件。被害生徒12名の連名による告発状です。なお筆跡鑑定により、本人の署名であることは確認済みです」

「そ、そんな……」

「さらに15ページ目。学園の備品である魔石を転売。そこで得た資金で高級ドレスを購入していた件。質屋の買い取り台帳のコピーと、購入店の領収書を照合いたしました」


 パラパラとページをめくる音だけが響く。

 感情を込めず、事実のみを積み上げる。

 それはまるで、処刑台の階段を一段ずつ組み立てていく作業に似ていた。


 逃げ場がなくなったのを見計らい、イザベラ様が扇子をパチンと鳴らして宣言する。


「どう? お分かりいただけまして? これが動かぬ証拠ですわ!」


(……お嬢様、ドヤ顔ですが、全部説明したのは私です)


 私の心のツッコミをよそに、イザベラ様の後ろに控える取り巻きたちが、好機と見て声を張り上げる。


「流石ですわ、イザベラ様!」

「私、信じており――」


 だが、その声は最後まで皆に聞こえなかった。

 取り巻きたちの声を、ソフィアの金切り声が塗り潰したからだ。


「嘘……嘘よ! 殿下、信じてください! この人たちは、私を陥れようとしているんです! 私は何も知らない、ただの平民なんです……!」


 ソフィアは殿下の胸にすがりつき、大粒の涙を流している。

 通常であればここで殿下が激昂し、「黙れ! ソフィアをいじめるな!」と、書類を叩き落とす展開になるはずだ。

 私はそのための『予備のコピー』も懐に用意し、叩き落とされたら、すかさず二冊目を出す手はずになっている。

 だが――


「ほう……」


 アレクセイ殿下の反応は、私の、そして会場全員の予想を裏切るものだった。

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