第十八話 華麗なる完全犯罪
「新しい取り巻きL〜U!?」
「そうよ。あら? そう言えば言ってなかったわね。彼女たちは、私の新しいお友達よ。一軍が忙しい時に動く、便利な『控え』……二軍といったところかしら」
私は開いた口が塞がらなかった。
学園時代、私が取り巻きAとして管理していたのは、B〜Kまでだ。まさか私の知らぬ間に、その外枠に『二軍』なる有象無象のファンクラブが形成され、組織化されていたとは。
恐るべき増殖能力……いや、イザベラ様の求心力。
「イザベラ、その『二軍』とやら、すぐに動かせるのか?」
先頭を歩いていた殿下が足を止め、振り返る。
「宿の運営にはマンパワーが必要だ。接客係の確保と教育。お前に一任していいな?」
「喜んでお引き受けしますわ! ……と言いますか、もう手配済みでしてよ!」
「え? いつのまに……?」
私の驚きをよそに、イザベラ様は不敵に微笑み、扇子で口元を隠した。
「ふふん、実は村長宅を出る前に、村長に頼んで『招待状』を早馬で出してもらいましたの!」
「もう出していたのですか?」
「ええ。昨夜、美容パックしながら書いておいたの。山には出す手段がなかったから、村に着くまで温めておいたのよ」
「昨夜? なぜです?」
「だって、お肌のケアをしていたら急に寂しくなったの。誰も私を『美しい』と褒めないし、髪も梳かしてくれない……だから緊急招集して、私のお世話をさせようと思って!」
……ただの寂しがり屋のワガママ娘だ。
経営的判断など微塵もない。ただ、承認欲求を満たすためだけに動いていただけだった。
「文面もバッチリですわ! 『公爵令嬢であるこの私と共に、王家主催の特別マナー研修合宿を行える権利を与える。これは未来の王妃候補としての花嫁修業の一環である』とね!」
私は頭を押さえた。
タダ働きを「権利」、労働を「花嫁修業」と言い換える詐欺の手口。
だが、それ以上に根本的なミスがある。
「あの、イザベラ様。私たち、明日には王都へ帰るんですよ?」
「ええ、そうね」
「それなら帰ってから声をかければ済みますよね? 切手代の無駄です」
「あ……」
イザベラ様の動きがピタリと止まった。
忘れていたのだ。自分が明日帰るというスケジュールも、合理的な思考も。
ただ、寂しかったから手紙を書いた。
それだけなのだ。
「忘れてましたわぁぁぁ!」
頭を抱えて絶叫する公爵令嬢。
さらに、私はハッとした。
「待ってください。もし王都で直接彼女たちに声をかけたら、どうなりますか?」
「ふふん、それはね。『村へ行って働きなさい』と命令することになるわね」
「イザベラ様が同行しなくとも、彼女たちは従うのですか?」
「さすがにそれは難しいわ。私のいない雪山なんて、あの子たちにとっては、ただの『流刑地』ね。絶対に行かないわ」
イザベラ様はキッパリと言い放った。
そう、彼女たちは『イザベラ信者』。主がいない僻地へなど、自ら赴くはずがない。だが、今回出した手紙は、『私と共に研修合宿を行う』だ。
つまり「イザベラ様が現地にいる(から来い)」と誤認させて呼び出し、自分は入れ違いで王都へ逃げ帰る。
そこに気付いたのか、「あ……」とイザベラ様の顔から血の気が引いていく。
このままでは彼女たちが到着した瞬間、主の不在が露見し、嘘つき呼ばわりされ、信用失墜にもなりかねない。
イザベラ様は助けを求めるように視線を彷徨わせると、クルトさんと目が合った。
「そこで、クルトよ!」
イザベラ様は何事もなかったかのように、クルトさんをビシッと指差す。
「貴方を私の『名代』に任命します! 彼女たちが到着して、『イザベラ様がいないわ!』と騒ぎ出したら、こう言いなさい! 『これは試練だ。イザベラ様が戻られるまでに、この館をピカピカの新築同様にしておけ』とね!」
「はあ!? 僕が!?」
「マニュアル(美学メモと軍団取扱説明書)は置いていくわ。その通りにしごきなさい。以上よ!」
クルトさんが絶望的な顔で天を仰いだが、殿下は「まあいいだろう」と頷いている。
「色々と、大変そうだね……」
成り行きを見守っていたマーサさんが、同情たっぷりにボソリと呟き、クルトさんの肩をポンと叩いた。
最後に残っていた問題も、イザベラ様の天然(詐欺)と、クルトさんの犠牲によって解決したのだった。
◇
その日の夜。
私たちは再び宿に戻り、クルトさんとマーサさん、そして村の有力者たちを招いて決起集会を開いた。
テーブルには、マーサさんが腕を振るった『猪肉の赤ワイン煮込み』が並んでいる。
村の食材と、マーサさんが自宅から持ってきたワインで作ったものだが。
「……美味い」
一口食べた殿下が、目を見開いた。
肉はスプーンで切れるほど柔らかく、ソースは濃厚で奥深い。ただの煮込み料理が、王宮のメインディッシュ並みの完成度になっている。
「驚いた。これなら王都の美食家たちも黙らせられるな」
「素材が良いだけさね。それに、この村の野菜は味が濃いんだ」
マーサさんは謙遜してぶっきらぼうに答えたが、その口元は少し緩んでいた。
腕前は文句なしの超一流だ。
「よし、温泉玉子とデザートのプリンは、次に来た時の楽しみに取っておこうか」
「はい。養鶏場と蒸し場が完成すれば、この宿の名物『白銀の宝石』が作れるはずです」
私はクルトさんに分厚い契約書と運営マニュアルのファイルを渡した。
「クルトさん、これが今後三ヶ月の工程表です。家具の発注リスト、掃除のチェックシート、予約管理台帳のフォーマット、トラブル対応マニュアル……全て入っています」
「……あんた、いつのまにこんなものを?」
「昨日の夜、入浴後に徹夜で作りました」
「あんたも化け物か……」
クルトさんは青ざめながらも、そのファイルを宝物のように抱きしめた。
大丈夫、彼ならやれる。
私と同じ苦労人の匂いがするからだ。
「任せといてよ。絶対に損はさせないよ」
「期待してます、クルトさん」
宴は深夜まで続いた。
星空の下、廃屋同然だった温泉宿に、村の人たちの笑い声と、温かい灯りが戻っていた。
それは、これから始まる『白銀の宝石箱』の、輝かしい未来を予感させる光景だった。
私のささやかな休暇は、労働で始まり、労働で終わった。
けれど不思議と悪い気分ではなかった。
眠りにつく時、私は確かに充実感を感じていた……はずだった。
「今夜こそ、殿下の本物の背中をお流しするわよ!」
鼻息荒く男湯へ突撃しようとするイザベラ様。
私は残った体力を振り絞り、彼女の襟首を掴んだ。
「離して、リリアナ! そこに神秘(背中)があるのよ!」
「ありません。明日も早いんです、さあ、女湯はこっちです。お風呂に入ったらすぐに寝ますよ」
「嫌ぁぁぁ! 殿下ぁぁぁ!」
廊下に響く、公爵令嬢の断末魔。
どうやら私の『苦労』(と筋肉痛)だけは、王都に帰っても続きそうだ。




