第一七話 裏山スカウト
「ここが裏山です。マーサさんはこの奥にいるはずですが……気を付けてください。冬眠し損ねた熊が出ることもあるんで」
案内役として、殿下が強制連行したクルトが、怯えた様子で辺りを見回す。
早くも、その警告がフラグになったのか、足を踏み入れた瞬間、目の前の茂みが大きく揺れた。
「グルルルッ……!」
「ひぃぃ!? で、出たぁぁぁ!」
現れた巨大熊に、クルトが悲鳴を上げて腰を抜かした。
殺気立った目で、私たちを睨みつける巨大熊。
私は咄嗟に後退りする。
だが、次の瞬間、熊の鼻がヒクヒクと動き、視線が私の隣――純白のドレスに身を包み、雪山でも無駄に輝きを放つ、イザベラ様に釘付けになる。
「あら? 可愛いクマさんですこと。私の美貌にひれ伏しに来たのかしら? オーホッホッ!」
イザベラ様が扇子をバッと広げ、『ローズ・オブ・パッション』の香りを撒き散らしながら高らかに笑った。
すると熊は、「ヒィッ!?」とでも言いたげに顔を引きつらせ、脱兎のごとく逃げ出した。
その背中から、未知の生物への恐怖を感じたのだろう。
「だから言っただろう。熊避けぐらいにはなると」
私は立ち尽くしながら思う。
この二人、やっぱり色々すごい、と。
殿下はニヤリと口角を上げると、先を促す。
「行くぞ。こいつがいるなら、他の獣も恐れをなして逃げ出すはずだ」
「殿下! レディを『歩く魔除けグッズ』扱いにしないでくださいまし!」
イザベラ様が言い終える前に先を行く殿下。
キィーッと怒りながら殿下を追いかけるイザベラ様。
そして呆然と立ち尽くす私。
熊と遭遇した直後とは思えない、あまりに日常的な光景。
クルトはゆっくりと立ち上がり、小さく呟く。
「なんなんだ、あの人たちは……」
クルトは理解不能といった表情で、私たちについてくる。
その矢先のことだ。
――ズドンッ!
奥から銃声が轟いた。
殿下はすぐさま音のした方へと駆け出す。
◇
銃声のした方へ駆けると、視界が開けた場所にたどり着いた。
そこで、私たちは思わず足を止める。
その先では巨大な猪が暴れ狂い、尻餅をついた大柄な女性が地面を後退っていた。
「あ、あれ! あの人がマーサさんだよっ!」
クルトが悲鳴交じりに指差す。
視線の先には粗末な皮鎧をまとった大柄な女性。
手にした猟銃から硝煙が立ち上っているが、どうやら急所を外したらしい。
猪の殺気は衰えるどころか、激昂して膨れ上がっている。
「しまっ……!」
再装填は間に合いそうにない。
猪の鋭い牙が、尻餅をついた彼女の喉元に迫る。
「危ない!」と私が叫ぶより早く、アレクセイ殿下が動いていた。
殿下は身に纏っていた貴族のコートをバサリと翻すと、滑るように猪と彼女の間に割って入った。
そして、あろうことか突進してくる猪の鼻先で、布地をひらりと優雅にたなびかせる。
まさに、闘牛士そのものの動き。
「こっちだ」
視界を遮る布と、不敵な挑発。
猪はそれだけで強引に方向転換する。
彼女から逸れた猪は、怒り狂い、新たな標的――その延長線上に立っていたイザベラ様へと、一直線に突き進んだ。
「あら! なんて情熱的な突進ですこと! 熊さんに続いて、あなたも私の虜になりに来たのかしら!?」
イザベラ様がバッと扇子を広げ、恍惚とした表情で叫んだ瞬間だ。
目前まで迫っていた巨大猪が、急ブレーキをかけたかのようにピタリと動きを止めた。
ブヒ……?
猪の目に困惑の色が浮かぶ。
眼前に広がる、雪山の白孔雀。
そして鼻を直撃する『ローズ・オブ・パッション』の香り。
視覚と嗅覚を同時にやられた猪は、未知の恐怖にフリーズしてしまったのだ。
「今だ!」と、その隙を彼女は見逃さず、腰のナイフを抜き放って猪の心臓を貫く。
ドサリ、と巨体が雪原に沈む。
「ふぅ。助かったよ」
彼女は荒い息を吐いて、私たちを見た。
「あんたたち、何者だい? 特にそこの兄ちゃん、猪の軌道を逸らすなんて命知らずにも程があるよ。それから……そっちの白いの」
マーサさんの視線がイザベラ様に向く。
「あの猪は、あんたを見てすくみ上がっちまった。……あんた、本当に人間かい?」
「失礼ね! 正真正銘、高貴な人間ですわ! ただ美しすぎて、猪さえも見惚れてしまっただけですわ!」
イザベラ様が甲高い声を張り上げ、胸を張る。
殿下は「作戦通りだ」と言わんばかりに、ニヤリと笑っていた。
「さて、獲物は新鮮なうちに血抜きをした方が美味い
」
殿下は倒れた猪に近付き、刺さったナイフを引き抜くと、解体を始めた。
「はん、お偉い様に解体できるもんかよ」
彼女が鼻で笑う。
しかし、すぐに驚愕することになる。
殿下がシャツの袖をまくり上げ、ナイフ一本で見事な手際で猪を解体し終えたからだ。
「すげぇ……あんた、どこの部隊の出身だい? この関節の外し方も、ただもんじゃないね」
「王宮の……まあ、特殊部隊のようなものだ。肉の繊維を傷つけずにバラすには、ここを切るのが効率的だ」
「なるほどね! あたしは力任せにやってたけど、その方が綺麗だね!」
彼女の瞳が輝く。
殿下もまた、職人のような真剣な眼差しでナイフを動かす。
「気に入った! あたしはマーサだ。あんた、名前は?」
「アレクセイだ」
血まみれの手で、ガッチリと握手を交わす二人。
その背後には、言葉はいらないプロ同士の友情という名のオーラが見える気がした。
(この王太子。解体までできたんだ……)
本当に何者なのかと呆然としていると、隣で見ていたイザベラ様が、再び頬を染めた。
「キャー! 野蛮! でも逞しいわ! あのほとばしる雄度が最高ですの! 私の香水とのコラボレーションね!」
イザベラ様は意味不明なことを言いつつも、料理人のスカウトは、(物理的に)無事に完了した。
計算高い支配人と豪腕の料理人。
ハード面とソフト面。
最低限の準備が整い、私たちは村へと引き返した。
◇
「リリアナ、何かが足りなくない?」
帰り道、イザベラ様が不満げに口を尖らせた。
「華よ、華! むさ苦しい眼鏡男と無口な女傭兵だけじゃ、高級感が足りないわ! お客様をおもてなしする、洗練された従業員が必要よ!」
「確かに。ですが、この村には若い女性はいませんし、王都からプロを呼ぶ予算はまだ……」
「あら、予算なんていらないわよ?」
イザベラ様は扇子を開き、オーホッホッと高笑いした。
「私には『イザベラ親衛隊』、いえ、可愛いお友達がたくさんいますわよ!」
親衛隊……つまり取り巻き軍団。
常にイザベラ様の後ろに控えている、取り巻きのご令嬢たち(B〜K)のことか。
「まさか彼女たちを使うつもりですか? 深窓のご令嬢ですよ? 掃除洗濯などさせた日には、実家からクレームの嵐が来ます」
「ノンノン、リリアナ。あのB〜Kの子たちではなく、L〜U……じゃなくて、新しいご令嬢たちよ」
「新しい取り巻きL〜U!?」
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