第一六話 牛乳と卵と支配人
コルカ村はひっそりと静まり返っていた。
家々の煙突からは細々と煙が上がっているが、人の気配は薄い。若者は職を求めて王都へ出て行き、残っているのは老人ばかり。
すっかり過疎化した村だ。
だが、それがいい。
なぜなら、ここには『埋もれた資源』があったからだ。
私たちは村で一番大きな建物である、村長宅の扉を叩く。
「はいはい、どちら様かな……?」
出てきたのは、にこにこと穏やかに笑う老人だった。白い髭に腰の曲がった立ち姿。いかにも『好々爺』という雰囲気だ。
おそらく、この村の村長で間違いない。
彼は私たちを見るなり、あ然として口を開けた。
無理もない。こんな雪深い寒村に、見るからに高貴なオーラを纏った美男美女(と、眼鏡の事務員)が現れたのだから。
「え、あ、あの……?」
「突然の訪問、失礼いたします。私は王宮筆頭事務官のリリアナと申します」
私は事務的に一礼し、背後の二人を手で示す。
「そしてこちらにおられるのが、第一王子アレクセイ殿下と、イザベラ公爵令嬢です」
「は……?」
村長の目が、カッと見開かれた。
視線がアレクセイ殿下に釘付けになる。
殿下は腕を組み、不遜ながらも王者の風格を漂わせてニヤリと笑った。
「長旅でな。昨日この村で買った牛乳は美味かったぞ」
「で、で、で……殿下ぁぁぁぁッ!?」
村長は裏返った声を上げ、その場に平伏した。
額を床にこすりつけんばかりの勢いだ。
「も、申し訳ございません! 存じ上げず、なんたる非礼を! あわわ、お茶! いや、赤飯を炊かねば!」
「構わん。今日は忍びだ。楽にしろ」
殿下が悠然と頷き、私たちは村長宅に上がり込んだ。
◇
「恐縮しているところ申し訳ありませんが、本題に入らせていただきます」
縮こまった村長の前で、私は地図と計画書を卓上に広げた。指先で要点を押さえ、単刀直入に切り出す。
「実は昨日、私たちは山頂にある元療養所に宿泊しました。唯一の建物は荒れ果てていましたが、源泉は枯れておらず、素晴らしい湯でした。あれを、ただ垂れ流しておくのは国の損失と考えました」
「と、泊まったのですか!? あそこには幽霊が出ると……」
「出ませんよ。ただの蒸気音でした。というわけで、山上の温泉宿を再開します。ついては村全体でバックアップをお願いしたいのです」
「お、温泉を再開とな……? しかし、あそこはもう幽霊が出ると悪評判で……」
「幽霊の正体はただの蒸気です。それに村長。この村の『牛乳』、それに『卵』。味は最高なのに、全く商売になっていませんね?」
私が核心を突くと、村長は寂しげに眉を下げた。
「んだ。味には自信があるんだが、牛乳を王都へ運ぶには道が悪すぎてな。着く頃には腐っちまうか、バターになっちまう。卵だってそうだ。冬はこの寒さで鶏が産まなくなっちまうから、自分たちが食う分で精一杯だ」
「もったいない話です。ですが、もし私たちが『道』を整備して牛乳の販路を作り、さらに……」
私は言葉を区切り、人差し指を立てる。
「温泉の余った熱(蒸気)を鶏舎の床下に引いて、冬でも鶏が快適に過ごせる『常春の鶏舎』を作ったらどうなりますか? 一年中、新鮮な卵が採れるようになりますよ」
「なっ……!? 温泉で鶏を温めると……!?」
「はい。『白銀の朝採れ卵』と銘を打ち、宿の食事や名物プリンに使います。それら全てを私たちが買い取ると言っているのです」
村長の口がポカンと開いた。
道が良くなり、冬場の卵不足も解消され、さらに大口の顧客が期待できる。
「そりゃあ、夢のような話だが……」
私はドンと革袋をテーブルに置いた。
中身は金貨だ。
「これは手付金です。宿が稼働すれば、食材、リネン、燃料……すべてこの村から調達します。特に牛乳は『湯上がりの名物』として、卵は『白銀の朝採れ卵』として高値で買い取ります。村の収入は今の十倍になるでしょう」
「じゅ、十倍!?」
「ただし条件があります。私たちに代わって宿を完璧に管理できる、数字に強い優秀な『支配人』を一人、差し出していただきたいのです」
私は眼鏡をクイと押し上げ、村長を見据えた。
金と権力(殿下の威光)とメリットを提示する。これが王宮流の交渉術だ。
村長は冷や汗を拭いながら、おどおどと奥の部屋へ声をかけた。
「……クルト! クルトはおるか!」
のっそりと現れたのは、分厚い眼鏡をかけた神経質そうな痩せた青年。
手には分厚い帳簿を持っている。
「なんだい爺ちゃん? 僕は今、冬の薪の備蓄計算で忙しいんだけど。1本たりとも無駄にはできないんだ」
「バ、バカ者! 口を慎め! この方々は……その、とてつもなく身分が高い……あわわ、偉いお方たちで温泉宿を再建すると……!」
村長は「殿下」と言いかけて飲み込み、必死に言葉を濁した。
お忍びの命令を守ろうとする忠誠心と、孫が不敬罪で斬られないかという恐怖で、顔色が青や赤に変わっている。
だが、そんな祖父の気苦労も知らず、青年クルトは胡散臭そうに私たちを見た。
特に、白孔雀ドレス姿で安椅子にふんぞり返るイザベラ様を見て、「な、なんだ、この派手な珍獣は……?」という顔をしている。
「あら、熱烈な視線ね。私の美しさに言葉が出ないのかしら? サインなら後でしてあげるわよ」
「……頭も少し残念なようだね」
クルトはボソリと毒づくと、言い返そうとしたイザベラ様を無視して、呆れたように村長に向き直った。
「それで爺ちゃん、今なんて言った?」
村長が「だから、温泉宿の再建じゃよ!」と告げると、クルトは目を見開いて叫んだ。
「はあ!? 温泉だって!? 無理だね。あそこへの道は雪で閉ざされやすいし、配管もボロボロ。投資回収に何年かける気だい? どうせ貴族の道楽だろ? 巻き込まれるのは御免だね」
――素晴らしい。
初対面の、しかも明らかに身分が高い相手に対してこの物言い。
媚びない姿勢、リスクへの敏感さ。
まさに私が探していた『番頭』の器だ。
私はチラリと殿下を見た。殿下は不敬な態度を怒るどころか、面白そうに口角を上げている。
「構わん。どうせこいつも、こちら側に引き込むのだ。身内になるなら名乗ってもいいだろう」
お許しが出た。
ならば、こちらも手札を切って誠意(権力)を見せるべきだろう。
「配管は昨日、こちらの『アレクセイ殿下』が直しました。道は『王家の工兵隊』が整備します」
「アレクセイ殿下……? 王家……?」
「ひぃぃぃ!」
クルトが動きを止め、横で村長が頭を抱えて悲鳴を上げた。
孫を守るための涙ぐましい隠蔽工作は、私の一言(殿下の許可)であっさり粉砕された。
「さらに、この宿のターゲットは富裕層です。回転率よりも客単価を極限まで上げます。試算では、初年度で黒字化が可能。貴方が気にしている牛乳の廃棄ロスもゼロにできます」
私が収支計画書を見せると、クルトの目の色が変わる。
彼は無言で書類をひったくり、パラパラとめくると、何やら呟き始めた。
「客単価設定が相場の5倍? 強気すぎる。だが、この『美肌効果』という付加価値ならいけるか……? いや、人件費はどうする? 冬場の暖房費は……」
「熱源は温泉蒸気を利用した床暖房にします。燃料費はほぼタダです」
「なっ!? あの厄介者の蒸気を熱源に……!?」
クルトがバッと顔を上げ、私を見た。
その目には、計算高い光……いや、同類の匂いが宿っている。
すかさず、私は畳み掛ける。
「クルトさん、貴方をこの宿の『総支配人』に任命します。給料は今の3倍。さらに利益に応じた歩合制です。この村の経済を貴方の手で回してみませんか?」
「……やる。いや、やらせてください!」
クルトが私の手をガッチリと握った。
交渉成立だ。
神経質で、金に細かく、計算高い最高の管理人を確保した。
「支配人は決まりだな」
黙って見ていた殿下が、満足げに頷いた。
「次は料理人だ。客を呼ぶには美味い飯が必須だ」
「それなら一人、心当たりがあるよ」
クルトが窓の外を指差した。
「マーサさんだ。元傭兵で今は猟師をやってる。彼女の作るジビエ料理は絶品だよ。ただ……」
「ただ?」
「気性が荒い人なんだ。今は裏山で猪を追ってるはずだけど、下手に近付くと撃たれるかも……」
「面白い。挨拶に行こうではないか」
殿下はニヤリと笑い、席を立った。
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