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【連載版】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 上下サユウ
第二章

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第十二話 計算外の乱数

本日、17時も投稿します。

「お待ちなさい!!」

「……イザベラ、来たか」


 アレクセイ殿下が眉をひそめる。

 イザベラ様を呼んだのは私だ。

 論理が通じない相手には、論理の外から来る乱数をぶつけるに限る。

 ただ、ここまで豪快に踏み込んでくるとは想定外だったが。


「失礼いたしますわ! どうしても黙っていられなくて!」


 イザベラ様は警備兵を振り切り、ためらいなく皇帝の御前へ進み出た。

 ディミトリ皇帝が目を丸くする。

 シルヴィアが殺気立ち、席から立ち上がった。


「無礼者! 皇帝陛下の御前です! つまみ出しなさい!」


 衛兵たちが動こうとした、その瞬間だった。

 「待て」と一言。しかし低く、絶対的な威厳を含んだ声が響いた。

 アレクセイ殿下だ。

 殿下はグラスを置き、鋭い眼光で衛兵たちを制した。


「シルヴィア補佐官、ここは王国の王宮であり、私の会議室だ。誰を退室させ、誰の発言を許すかは、私が決める」

「で、ですが、殿下! この者はただの部外者です!」

「部外者などではない。彼女は我が国を代表する公爵令嬢であり、この国の文化の体現者だ。続けろ、イザベラ。その『黙っていられない理由』とやら、私が聞いてやる」

「さすが殿下、話が早くて助かりますわ! ふふん。私のことを国の誇りと分かっていらっしゃるのね! それなら遠慮なく、黙っていられない理由を申し上げますわ!」


 イザベラ様が殿下に優雅にウィンクを飛ばすと、扇子でシルヴィアを指差した。


「そこのガリ勉片眼鏡!」


 片眼鏡の奥で、シルヴィアの瞳が冷たく光る。

 ガリ勉片眼鏡。帝国の頭脳に対し、なんという暴言。

 だが、イザベラ様の立ち振る舞いは、なんとも頼もしく見える。


「貴女たち! 本当にあの森を切り倒すつもりなの!?」

「こ、これは経済合理性に基づく決定よ」


 シルヴィアが、イザベラ様の圧で一瞬戸惑う。


「合理性ですって? 馬鹿を言わないで! あの森にはね。世界で唯一の『黄金蚕(おうごんかいこ)』が生息しているのよ!」


 イザベラ様が叫んだ。

 ――黄金蚕。王国の繊維商なら誰もが知るが、外交資料には載らない類いだ。


(イザベラ様の独自ルートかな?)


「私のこのドレスを見なさい! この美しい光沢! これこそが、黄金蚕の糸で織られた我が国の最高級シルクよ! あの森が無くなれば、このドレスも作れなくなってしまうわ!」


 イザベラ様は、その場でくるりとターンすると、生地が光を受け、黄金にきらめいた。

 確かにそのドレスは無駄に派手だが、生地の質は極上だ。


「それが何だと言うの? そのような衣服は、ただの贅沢品でしょう。道路の利益には及ばないわ」

「ただの贅沢と名付ければ消していいと? 片眼鏡は随分と便利な言葉をお持ちですこと!」


 イザベラ様の纏う空気が変わった。

 単なるワガママ令嬢ではない。自らの美意識に絶対の自信を持つ、誇り高き貴族の覇気がそこにある。


「いいこと、片眼鏡。貴女の言う『合理性』とやらで世界を埋め尽くしたとして、何が残りますの? 効率的な道路、安い食料、無機質な街並み……それで国民は『心』まで満たされると思って?」

「それは……」

「愚かな人ね。人はね、パンだけで生きるにあらずよ。美しいもの、心震えるもの、あるいは私のように『無駄に煌びやかなもの』を見て、初めて『生きていてよかった』と思うのよ! その『豊かさ』を切り捨てて、何が国家経営ですの!」


 イザベラ様の言葉が、会議室の空気を震わせる。

 私は息を呑んだ。『文化』という数値化できない価値。それを守れるのは理屈を超えた愛と執着を持つ人だけだ。

 そして、その価値を即座に理解し、武器に変えることができる男がここに一人いる。


「聞いたか、ディミトリ皇帝」


 アレクセイ殿下が静かに口を開いた。

 彼は椅子に深く座り直し、皇帝を真っ直ぐに見据える。


「彼女の言葉が感情論に聞こえるか? 私はそうは思わない。これこそが『統治』の本質だ」

「その通りですわ! よく聞きなさい、片眼鏡! 帝国の貴婦人たちが、なぜ夜会でマウントを取り合えると思っているの? このシルクや、希少な香木を使った香水があるからでしょう! それを生産しているのが、あの森なのよ! もし森を潰せば、帝国の貴族社交界から『新作ドレス』と『限定香水』が消えるわ!」


 イザベラ様は、皇帝までも睨みつける。


「陛下! 皇后陛下や宮廷のご婦人方から『なぜ、あの可愛いドレスが手に入らないの!?』と、ヒステリーを起こしたら、貴方はどう責任を取るおつもりです!? 毎晩、寝室が戦場になりますわよ! それでも平気ですの!?」

「……皇后がヒステリーを起こすのか?」

「ええ、間違いなく! 買い物の恨みは、国の予算より恐ろしいのですわ!」

「なっ……」


 皇帝の脳裏に、何か恐ろしい記憶が蘇ったらしい。

 あの冷徹な皇帝が額に冷や汗を浮かべる。

 その隙を、アレクセイ殿下は見逃さなかった。

 殿下は立ち上がり、ゆっくりと皇帝のテーブルに手をついた。


「ディミトリよ、これが『魅力の支配』だ。武力でも経済でもない。我が国の『美』と『文化』が、すでに帝国の深層心理……いや、貴族社会の基盤を侵食しているのだ。もし森を焼き払えば、貴国は『道路』を得る代わりに、国内の半数、すなわち女性たちを敵に回すことになる。物流コストの30%削減と、宮廷の安定。天秤にかけるまでもないのでは?」


 皇帝が息を呑んだ。

 イザベラ様のヒステリー予告を、殿下が冷徹な政治リスクへと翻訳したのだ。

 だが、皇帝の瞳に宿ったのは単なる恐れだけではなかった。


「文化支配か……」


 皇帝が独り言のように呟いた。


「武力でも経済でもない。他国の『美』が、我が国の深層心理に入り込んでいる……。それを絶てば我が国の社交界そのものが枯死し、内部から不満が噴出するか。……シルヴィア、我々は計算を間違えたかもしれん」

「陛下……?」

「計算し直せ。もしもだ。『帝国への嗜好品輸出』が停止した場合、国内の貴族院、特に婦人会からの支持率はどうなる?」


 シルヴィアが慌てて計算を始める。

 高速で電卓を叩く彼女の指は未だ乱れない。


「データ照合中……。帝国の輸入高級品の6割が、あの森の産物に依存しています。もし供給が止まれば、貴族院における婦人派閥の反発は極大……最悪の場合は宮廷クーデター。あるいは陛下の家庭内別居のリスクが80%を超えますわ」

「……家庭内別居は困る。非常に困る……」


 皇帝が深刻な顔で呟いた。

 どうやら皇帝は意外と愛妻家(あるいは恐妻家)らしい。

 私はその隙を逃さず畳み掛ける。


「さらに申し上げますと、その黄金蚕の糸は、魔導機器の絶縁体としても極めて優秀です。単なる贅沢品ではなく、軍事転用も可能な戦略物資。それを自らの手で潰すのは合理的とは言えませんが?」


 後付けの理屈だが、イザベラ様の『感情論』に『実利』をトッピングすれば、最強の論理となる。

 シルヴィアが呆然と立ち尽くした。

 彼女の完璧な計算式には、『女性の買い物欲』という名の『文化への渇望』という変数が抜け落ちている。


「……認めるわ。森の伐採案は撤回します。でも代案を出すわ。迂回ルートの拡張工事、その費用と工期の負担割合を今ここで決めましょう。帝国は『遅延』を嫌うの」


 伐採は止まり、こちらの土俵に引きずり出した。

 アレクセイ殿下が口元だけで笑い、私に小さく頷いた。

 そしてイザベラ様は「当然よ!」と高笑いしながら、皇帝に向かって言い放つ。


「分かればよろしいのよ! ついでに、その古臭いマントも新調なさいな! 私の馴染みの店を紹介してあげてもよくてよ!」


 ……なんて恐ろしい人(孔雀)だ。

 皇帝相手に服のダメ出しまでするとは。

 この人こそが、国一番の最終兵器かもしれない。

 だが、そんな彼女の背中が、少しだけ眩しく見えた。


 ◇


 会談は我が国に有利な条件で妥結した。

 帝国の使節団が帰る際、シルヴィアが私の元へやってきた。


「……リリアナ」

「はい、シルヴィア様」

「貴女の勝ちよ。まさか、あのような『非論理的な爆弾』を隠し持っているとは思いませんでした」


 彼女は馬車の中から、イザベラ様(まだ皇帝にファッション指導をしている)を忌々しそうに見つめた。

 しかし、その瞳には、かつてのような冷たい軽蔑の色はなかった。


「ですが勉強になりましたわ。論理だけでは測れない価値がある。効率だけを突き詰めた先にあるのは、きっと色のない世界なのでしょうね」


 シルヴィアは自嘲気味に笑った。

 その笑顔は鉄女の仮面が剥がれた、一人の疲れた女性のものだった。


「猫との昼寝と言ったかしら?」

「はい」

「悪くない夢ね。私も少しだけ考えてみることにするわ。皇帝陛下の脳漬け計画は、私の『非合理的なワガママ』で拒否させてもらうわ」


 シルヴィアは初めて柔らかい笑みを見せた。

 そして私に小さな紙片を差し出してきた。


「これは私のプライベートの連絡先よ。……計算に疲れたら、愚痴くらいは聞いてあげるわ」

「ありがとうございます。こちらこそ、家庭内別居の危機回避策が必要なら、いつでもご相談を」

「ふふ、その時があれば、そうさせてもらうわ」


 馬車が走り去る。

 私は馬車を見送りながら、ポケットの中の『温泉地権利書』を握りしめた。

 この権利書もただの紙切れではない。私が家族と過ごす未来の温かい時間の結晶だ。

 そう思えば、ボロボロになるまで働いた日々も、決して無駄ではなかったと思える。


「リリアナ、よくやった」


 背後からアレクセイ殿下が声をかけてきた。

 彼は満足げに頷き、私の肩をポンと叩いた。


「イザベラという劇薬を使いこなし、帝国の論理を内側から崩壊させるとはな。お前を私の補佐官に選んだ目利きに、我ながら惚れ惚れする」

「殿下、それは私を褒めているのですか? ご自身を褒めているのですか?」

「両方だ。だが礼を言う。お前のおかげで、私も『王の器』というものを一つ学んだ気がする」


 珍しく素直な言葉に、私が驚いて目を丸くすると、殿下は照れ隠しのように顔を背けた。


「イザベラを投入するタイミング、完璧だったぞ。おかげでディミトリの弱点(恐妻家)まで知ることができた」

「はい。ですが、一つ問題が」

「まだ何かあるのか?」

「はい。イザベラ様が今回の報酬として、『私も一緒に温泉に行きますわ!』と言い張っているのですが」


 殿下は顔を引きつらせた。


「それは……」

「殿下も道連れですよ? 『殿下の背中を流す特権』を要求していましたから」


 殿下の顔色が皇帝と同じぐらい蒼白になった。

 そして、私の安息の日々はまだ遠いらしい。

 でも、まあいい。

 騒がしい公爵令嬢と、俺様王子、そして有能な私。

 『効率』も『論理』も通用しない、奇妙なトリオでの温泉旅行も案外悪くないかもしれない。


 私は眼鏡を外し、青い空を見上げた。

 さあ、まずは溜まった代休の消化からだ!

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― 新着の感想 ―
温泉回で皇太子殿下のポロリもあるよ(ぇ
いやほんと、イザベラ様しか王妃務まらんよな・・・
結局、最強で最凶は今回もイザベラ様だったと…
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