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【連載版】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 上下サユウ
第一章

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10/40

【番外編】謹賀新年、それは愛と破壊とお金

 大陸暦2026年、1月1日。

 王宮の正月は静寂から始まる、はずがない。

 世間は新年の祝賀ムードに浮かれ、寝正月を決め込んでいる時間帯だが、王太子執務室は、いつも通りの稼働音に包まれていた。


「シュパッ、シュパッ、シュパパパパパッ」

「タンッ、タンッ、タンタタタタタタタッ」


 私が書類をめくる音と、アレクセイ殿下が決裁印を叩きつける音だけが、小気味よいリズムを刻む。


「リリアナ、東方諸国からの年賀の書状だ。返礼の草案は?」

「作成済みです、殿下。相手国のランクに合わせて、松・竹・梅の3パターン用意してあります。特に貿易摩擦が懸念されるガレリア国へは、皮肉を2割増量した『特製・梅』を送るのがよろしいかと」

「ふん、性格の悪い文面だ。採用」


 殿下はニヤリと笑い、私の作った草案にサインをする。

 私たちは視線も合わせず、阿吽の呼吸でタスクを消化していた。

 なぜ、元旦から働いているのか。

 答えはシンプル。

 ――『正月特別手当』。

 基本給の300%増し。さらに食事・おやつ付き。

 この甘美な響きが、私をコタツの魔力から引き剥がし、職場へと駆り立てたのである。

 今日の私は呼吸するだけで、チャリン、チャリンと小銭を稼ぐ集金マシーンだ。


「平和だな」


 殿下が窓の外の雪景色を見ながら呟く。


「はい、とても平和です(稼ぎ時です)」


 私は眼鏡を中指で押し上げ、口元だけニヤリと微笑んだ。

 このまま夕方まで静かに業務が進めば、私の懐も温まり、国の行政も滞りなく進む。

 まさにウィン・ウィンの関係、そのはずだった。


 平和協定(私の皮算用)を粉砕する甲高い絶叫と共に、執務室の重厚な扉が、「バンッ!」と蹴破られた。


「お待ちなさい!!」

「チッ、今年は大凶か」

「殿下、大凶ではなく『孔雀』です」


 砂煙の向こうから現れたのは、目も眩むようなド派手な振袖に身を包んだ、公爵令嬢イザベラ様だ。

 着物の柄まで、まさかの『孔雀』。

 金糸と銀糸で刺繍された孔雀が、彼女の動きに合わせてギラギラと光を反射している。

 帯留めには拳大ほどのルビー。

 髪には本物の孔雀の羽根に加え、隙間がないほど無数の金簪(きんかんざし)が突き刺さっている。

 歩くたびにそれらが触れ合い、カチャカチャと賑やかな音が鳴る。

 その姿は、福と富を過積載した『歩く宝船』だ。


「リリアナ! アレクセイ殿下! あけましておめでとうございますわ! って、なぜ新年の挨拶に来てくれませんの!?」

「仕事だ」

「稼ぎ時ですから」


 私と殿下が即答すると、イザベラ様は「キーッ!」と地団駄を踏んだ。


「いいこと!? 一年の計は元旦にあり! 今日くらいはパーッと遊ばないと、一年中シケた顔で過ごすことになりますわよ! つまり、新年会ですわ!」

「仕事の邪魔だ、帰れ」

「新年早々、殿下は初日の出より眩しく麗しいですが、帰りませんわ! 今日はとっておきの『軍団』を連れてきましたのよ! みんな、入りなさい!」


 イザベラ様がバチンと扇子を鳴らす。

 その合図と共に、廊下から地響きのような足音が近付いてきた。


「新春のお慶びを申し上げますわ!」(取り巻きB・C)

「お召し物が世界一似合っておりますわ!」(取り巻きD・E・F)

「重箱とお神酒をお持ちしました!」(取り巻きG・H・I)

「今年もよろしくお願いしますの!」(取り巻きJ・K)


 雪崩れ込んできたのは、色とりどりの着物を着た総勢10名のイザベラ親衛隊こと、取り巻き軍団。

 彼女たちは瞬く間に執務室の来客用ソファとローテーブルを占拠し、手際よくテーブルクロスを敷き、巨大な重箱を積み上げた。


「リリアナ、警備は何をしている?」

「顔パスです。彼女たちの実家は、食品卸、繊維業、土木建築など、王都の流通を牛耳る商家の娘たち。下手に追い返せば、明日の王宮の食堂からメニューが消えます」

「厄介な連中だ」


 殿下が眉間を押さえた、その一瞬の隙を狙い、イザベラ様が、私の手からペンをひったくった。


「仕事は終わりですわ! まずは腹ごしらえよ! リリアナ、どうせ貴女は朝からカフェインしか摂ってないのでしょう?」

「うっ……図星です」

「ほら、座りなさい! 殿下もですわ! 次期国王が空腹で倒れるなんて、国益を損ねます!」

「国益……?」

「ええ。ですから、仕方なくお休みなさいませ。『ローゼンバーグ家特製・開運おせち』を振る舞って差し上げますわ!」


 イザベラ様が、ドヤ顔で重箱の蓋を開ける。

 そこには、私の想像を超える光景が広がっていた。


 一の重:伊勢海老(殻が銀箔でコーティングされ、見た目ダイヤモンド)

 二の重:黒豆(一粒一粒に『寿』の文字が金粉で書かれている)

 三の重:のし鶏(孔雀の形に整形されている)

 四の重:栗きんとん(栗は普通だが、金箔厚塗りで、ほぼ金。食べると口の中が財務省)


「……色々とツッコミどころが満載ですが、食材は超一級品ですね」

「当然よ! そして極めつけは、五の重!」


 イザベラ様がうっとりとした顔で、最後の段を開けた。


 五の重:アレクセイ殿下への『婚姻届』(記入済み・ホワイトチョコ製)

 真っ白な食べられる紙に、イザベラ様の名前と拇印が、チョコペンとストロベリーチョコペンで鮮烈に記されていた。

 殿下の署名欄だけが空欄になっている。


「……五段目が一番重い(物理的にも精神的にも)ですね」

「あら、食べてしまえば契約完了ですわよ? 殿下の胃袋から法的に外堀を埋める作戦ですの!」

「まずは毒見役を呼べ」


 殿下は引き攣った顔をしているが、イザベラ様はお構いなしに箸を渡した。

 私も隣に座り、婚姻届以外の料理に箸を伸ばす。

 ……美味しい。

 悔しいが味は絶品だ。これだけの料理を王都の料亭で頼めば、金貨10枚は下らないだろう。それがタダ(福利厚生?)で食べられる。

 やはり、イザベラ様は最高の元上司だ。


「美味しいです、イザベラ様」

「当然よ! さあ、殿下も! これを食べれば、今年一年、私の愛に包まれて過ごせますわよ!」

「呪いのような効能を言うな」


 殿下は渋々といった様子で、銀箔まみれの伊勢海老を手に取った。


「……美味い。余計な装飾はさておき、『縁起担ぎ』としては『悪くない』。手間をかけたな、イザベラ」

「縁起担ぎとしては悪くない……縁担ぎ……縁……」


 イザベラ様が、ぱちりと瞬きをした。

 そして次の瞬間、頬がみるみる薔薇色に染まっていく。


「き、聞いた、リリアナ! 今の……今の殿下のお言葉を!!」

「はい、美味いと。それから『縁起担ぎ』としては悪くない、ですね」

「殿下、今……縁を結ぶと仰いましたわね!? しかも私のために手間をかけたと! これはもう、実質――」

「違う。落ち着け」

「照れ隠しですわ!!」

「翻訳精度が今年も壊れておられます」


 その後、口では悪態をつきながらも、私と殿下の皿に、次々と料理を盛るイザベラ様。

 根が世話焼きなのだ、この人は。

 取り巻きたちが、「イザベラ様の慈悲深さは海より深いですわ!」と(はや)し立てる中、私たちは束の間の宴を楽しんだ。


 だが、嵐は食後にやってきた。


「では、お腹も膨れたところで、メインイベントですわ!」


 イザベラ様が立ち上がり、着物の袖をまくり上げた。

 その手には禍々しい装飾が施された、巨大な羽子板が握られている。


「イザベラ、それは何だ?」

「羽根つきですわ、殿下! 王宮の新年と言えば、古式ゆかしい羽根つきバトル! 負けた者の顔に墨を塗りたくる、血と屈辱のデスマッチですの!」

「俺は忙しい」

「あら? 逃げるんですの? 『氷の貴公子』と恐れられるアレクセイ殿下も、私と遊ぶのが怖いと?」


 イザベラ様が挑発的な笑みを浮かべる。

 だが、その瞳の奥には「もっと構ってほしい」という駄犬(駄鳥)のような期待が見え隠れしていた。

 殿下の眉がピクリと跳ねる。


「ほう……誰に向かって口を利いている」

「自信がないなら結構ですわ。私が『不戦勝』ということで王都中に言いふらしておきますから。『殿下はイザベラに恐れをなして尻尾を巻いて逃げた』、と」


 上手い。そこまでして、殿下と羽根つきがしたいとは。いや、彼女なりの愛の育み方か。


「面白い……」


 殿下が立ち上がった。

 その背後から、凍てつくような魔力オーラが立ち昇る。


「その減らず口、墨で塗り潰してやる。リリアナ、羽子板を用意しろ」

「はい(業務命令ですので)」


 私は予備の羽子板(来客用の普通のもの)を殿下に手渡した。

 執務室の中央、高級絨毯が敷かれたスペースが、即席の闘技場へと変わる。


「ルールは簡単ですわ! 羽根を落とした方が負け! 先に3本取った方の勝利ですの!」

「いいだろう、始めろ」


 対峙する二人。

 片や、愛ゆえに暴走する孔雀令嬢。

 片や、売られた喧嘩は買う次期国王。

 審判は私。観客は、扇子とおひねりを構えた取り巻き軍団。


「では、一本目……始め!」


 私の合図と共に、イザベラ様がサーブを放つ。

 ドンッ!! 

 羽子板とは思えない重低音が響いた。

 ふわりと山なりに飛ぶはずの羽根が、空気を切り裂く音を立て、直線的に殿下の顔面へ迫る。


「くッ……!」


 殿下は最小限の動きで首を傾け、それを回避しつつバックハンドで打ち返す。

 ガギィッ!!

 金属音がした。

 殿下の打ち返した羽根は、目にも留まらぬ速さでイザベラ様の足元へ突き刺さる……はずだった。


「甘いですわ! 殿下への愛があれば、軌道くらい簡単に読めますの!」


 イザベラ様が着物の裾を翻し、回転レシーブをしたのだ。

 無駄に洗練された動き。

 ドレス捌きで鍛えた体幹が、こんなところで活きるとは。

 だが、これは羽根突きではない。

 ラケットの代わりに木の板を使った、愛の殺人テニスだ。


「イザベラ様、素敵ですわ!」(取り巻きB・C)

「愛の力です!」(取り巻きD・E・F)

「殿下も見惚れて手元が狂いましたわ!」(取り巻き(G・H・I)

「これぞ愛の共同作業ですの!」(取り巻きJ・K)


 黄色い大歓声が上がる中、鉛仕込みの羽根が、凶器となって殿下を襲う。だが殿下は涼しい顔でそれを打ち返した。

 鋭い金属音が響き、高速のラリーが……続くことはなかった。

 殿下が打ち返した羽根が、イザベラ様の頭飾り(孔雀の羽)を掠め、その背後にあった『第三代国王ゆかりの壷』に直撃したからだ。

 ガシャンッと、盛大な破砕音が新年の執務室に響き渡り、殿下とイザベラ様の動きが止まった。

 私は電卓を弾き、無慈悲に告げる。


「試合終了です。国宝級の器物破損により、両者失格。損害額は、金貨500枚です」

「……給料から引いておけ」

「パパに請求しておいて!」


 結果、喧嘩両成敗ということで、二人の顔にはたっぷりと墨が塗られた。

 殿下のお顔には太い髭が、イザベラ様のお顔には猫の髭が描かれる。


「ふふん、殿下とお揃いですわ!」

「最悪だな……」


 顔中墨だらけになっても、イザベラ様は幸せそうに笑っていた。

 そして、ふと思い出したように窓の外を指差す。


「そうですわ、殿下! 厄払いに行きましょう、初詣です!」

「この顔でか?」

「墨は魔除けになりますのよ! さあ、リリアナも行くわよ!」

「え、私もですか? 残業代は……?」

「出しますわ! パパがね」

「喜んでお供いたします」


 ◇


 私たちは王都の中央にある大神殿へと向かった。

 取り巻き軍団は、「壷の破片を片付けておきますわ!」「お二人の邪魔はしません!」と、気を利かせて留守番をしてくれたため、珍しく三人だけの外出だ。

 外は一面の銀世界。

 吐く息は白いが、参道は多くの参拝客で賑わっていた。

 屋台の香ばしい匂いと、楽しげな喧騒。

 殿下とイザベラ様は目立たないよう、フードを深く被っているが、その端正な顔立ちと煌びやかな着物(と顔の墨)で、すれ違う人々が二度見していく。


「殿下、焼きトウモロコシですわ!」

「はしゃぐな。転ぶぞ」

「キャッ!」


 言った側から、イザベラ様が雪に足を取られた。

 だが、倒れる寸前で殿下の腕が、彼女の腰を支えた。


「だから言っただろう」

「あ、ありがとう、ございますわ……」

「これだから、お前は……」


 イザベラ様が真っ赤になってうつむく。

 殿下は「全く、お前という奴は」と悪態をつきながらも、その手を離そうとはしなかった――と、イザベラ様にはこのように脳内変換されて見えていただろうが、実際は違う。


「はしゃぐな。転ぶぞ」


 倒れる寸前で殿下はイザベラ様の襟首を、まるで猫を摘み上げるように掴んで引き止めた。


「ぐえっ」

「足元のおぼつかない孔雀だ」


 殿下はイザベラ様を強引に支えただけであった。


 神殿の本堂に着くと、私たちは賽銭箱の前で手を合わせる。


(殿下が逃げませんように! そして今年こそ結婚できますように! あと殿下の健康と、私の美容と、それから……)


 イザベラ様の心の声が漏れている。

 欲張りすぎだ。

 殿下は静かに目を閉じ、何かを祈っている。おそらく国家の安寧あたりだろう。

 そして私は――


(家内安全、無病息災。そして何より、金利の低下と特別ボーナスの支給を!)


 カランカラン、と鈴を鳴らし、切実に頭を下げた。


 参拝を終えた帰り道。

 空からは、ちらちらと雪が舞い始めていた。


「楽しかったですわ。また来年も三人で来ましょう」


 イザベラ様が、少しはにかんで言った。

 殿下は、フンと鼻を鳴らす。


「まあ、悪くはない」

「本当ですの!? 約束ですわよ!」


 嬉しそうに殿下の腕に抱きつくイザベラ様。

 騒がしくて、手がかかって、どうしようもない元主君だが、その笑顔は雪の中でも温かかった。


「リリアナ」


 不意に、殿下が私を呼んだ。

 投げ渡されたのは厚みのある封筒だった。


「取っておけ。OTOSHIDAMA(慰謝料及び口止め料込み)だ」

「ありがとうございます!」


 私は封の中身をこっそり確認する。


(一、十、百、千……)


 カシャン、カシャン、チーン!

 私の脳内にある巨大なレジスターが、新年最初のファンファーレを鳴らす。

 これなら実家の風呂の修理どころか、弟たちへの仕送りも倍増できる。

 割れた壷? 顔の墨?

 そんなものは、この金額を見れば些細なエンターテインメントに過ぎない。

 王宮の正月は、騒がしくて、破壊的で、そして何より、実入りが良い。


 今年も忙しい一年になりそうだが、悪くないスタートだ。

 私は小切手をしっかりと懐にしまい、この日一番の『営業スマイル』で言った。


「殿下、本年もよろしくお願いいたします!(今年も稼がせていただきます!)」

私から読者さまへ、ささやかなお年玉。

話を少し修正&エピソード位置を変更しました。

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― 新着の感想 ―
正月休みをMANKITU回。 そして理不尽に請求されたパパ涙目www
外付け体調管理王妃イザベラ様しか勝たん
孔雀様 ひとり七福神かと思ったら、軍団もひきつれていたのですね。 もう。ヒロインはイザベラ様でいいのでは? 殿下、くっついちゃいなよ。
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