⑦ご馳走
湿っぽい土間で靴を脱ぐと、左側にある居間へと案内される。
そこで俺は、強烈な違和感を覚えた。
古いブラウン管テレビに、ビデオデッキ、ラジオカセット。
座卓やタンスも、デザインが古すぎる。
田舎の山奥は、今もこんな感じなのだろうか?
首を捻っていると、次郎さんの声がした。
「大したもてなしは出来んが、良かったら食ってくれよ」
次郎さんが、台所があるであろう部屋から、ホカホカのご飯を持って来てくれた。
「これ、サツマイモを入れた、炊き込みご飯だ。朝に採った新鮮な芋だから、美味いぞ」
家にお邪魔したばかりなのに、もう夕食を用意してくれるとは。
俺は「ありがとうございます」と、頭を下げ、料理の置かれた座卓に腰を下ろした。
熱々の湯気と甘い香りに、食欲が掻き立てられたる。
少し焦げているのが、また美味そうだ。
「いやあ、美味しそうですね」
「そうだろ? ほら、ビールも飲みな。枝豆もあるぞ」
俺は思わぬご馳走に、舌鼓を打った。
しかし食事を始めて、すぐに異変が起こる。
炊き込みご飯を口に入れた次郎さんが、フガッと唸った後、奇妙な顔のまま固まってしまったのだ。
もしかして、喉に詰まらせたのか?
または、何かの発作か?
「次郎さん、どうしたんですか?」
まるでムンクの叫びのように、口を開いた顔のまま、微動だにしない。
呼吸をしているのか? と心配になった俺は、次郎さんの顔に近づいた。
その瞬間!
「ぶあっくしぉぉぉい!」
とてつもない、大きなクシャミを炸裂させた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁあ!」
次郎さんの口の中に入っていたご飯粒が、俺の顔面へ激しく飛び散った!
「目が! 目がぁ!」
ご飯粒が目に入ったのだろうか、とても痛い!
なんて事をするんだ、このクソジジイ!
俺は顔面を押さえて、のたうち回った。
「すまん、すまん。くしゃみが出そうで出なくて……でも、やっぱり出たんだよ」
「うう……」
俺は、やり場のない怒りを必死で堪えた。
見ず知らずの俺を、家に招いてくれて、美味しい夕飯までご馳走までしてくれるのだ。
確かに面倒臭い人だが、ここで怒ってはいけない。
俺は平静を装い、次郎さんに訊いた。
「あの……ちょっと洗面台、借りれますか?」
「ああ、こっちだよ。タオルも置いてあるから、遠慮なく使ってくれよ」
次郎さんが、申し訳なさそうな声で、俺を洗面所に案内してくれた。
「どうも……」
俺は時間をかけて、何度も何度も、顔を洗った。
そして、借りたタオルで顔を拭くと、一つ深呼吸をした。
鏡の前で目を確認したが、大丈夫そうだ。
落ち着きを取り戻した俺は、次郎さんがいる居間へと戻った。
そこで胡座をかく次郎さんと目が合うと、彼はまた申し訳なさそうに、掌を合わせて謝ってくる。
「本当に、すまん」
「いえ、大丈夫ですよ。いきなりで、ちょっとビックリしただけです」
俺が微笑むと、次郎さんも安心したようだ。
電気を付けたように、パッと明るさを取り戻した彼は、俺のコップにビールを注いできた。
「まあ飲みなよ! ほら、パアーっと行こう!」
俺は「どうも」と会釈をして、泡立つ黄金水をグビリと、喉に流し込んだ。
その刹那。
パァーーーン!
俺の真後ろで銃声のような、けたたましい破裂音がした。
俺は思わず、ビールを吹き出した。
「おい、コウタ! うるさいぞ! 襖は静かに開けろって言っただろう!」
次郎さんが、誰かを怒っている。
俺は、ゴホゴホと咳き込みながら、振り向いた。
そこには、十歳くらいの活発そうな男の子が立っていた。
さっきの破裂音は、この男の子か。
襖を勢いよく開いたため、柱に強く当たったのだろう。
それにしても、本当にビックリした。
心臓が止まるかと思った。
「父ちゃん、この人だれ?」
男の子は目を大きく開け、不思議そうな顔で俺を指差す。
「ああ、仕事でこの村に来たんだとさ。でも仲間とはぐれて、迷い子になっとるから、一晩泊めてやろうと思ってな」
「えぇぇ! 馬鹿だね、この人!」
ムッとしたが、相手は次郎さんの子供だ。
ここも我慢と、無理に笑顔を作った。
「この子が、次郎さんのお子さんですね」と、次郎さんに訊いてみる。
「ああ。そいつ、コウタって言うんだ」
俺は、男の子に笑いかけた。
「コウタ君、こんばんは」
だが、コウタ君は返事をせず、父親に話しかけた。
「父ちゃん! そんな事より、野球が始まるよっ!」
「おおっ、もうそんな時間か!」
つづく……




