④時空を超える神社
「皆さん、この村には、約百人ほどの方が住まわれているそうです。あ、第一村人を発見しました! おじいちゃんが、稲刈りに精を出してますよ! いやぁ、お元気ですねえ!」
アナウンサーは、軽快に喋り続ける。
そんな調子で歩いていると、彼がピタリと足を止めた。
そこには、赤い小さな鳥居があった。
高さは二メートルほどだ。
その奥には、三メートル四方くらいの本堂もある。
なんと、せせこましい神社だろうか。
「皆さん、この神社は凄いんですよ。この村では〈時空を超える神社〉と、呼ばれているそうです」
アナウンサーの言葉に、芸人達は不意をつかれた。
神社なんて話、台本にはなかったからだ。
これは、アドリブ力を試されているのだろうか。
芸人同士が、それとなく顔を見合わせた。
「……ええっ! な、なんですか、それ? タイムスリップって事ですか?」
一人の芸人が、何とか食らいついた。
少々、わざとらしい言い方ではあったが。
「そうなんです! 今から28年前の、1995年の事です。未来から、タイムスリップしてきた男が、この神社の本堂から現れた。そういう伝説があるんですよ、この村に! 本当ですよ!」
「そんな馬鹿なぁ」と、大袈裟に笑い出す芸人達。
俺も同様に苦笑いを浮かべ、顔を左右に振る。
すると、俺の隣にいた坊主頭の芸人が、目立とうと一歩前に躍り出た。
「はいはいはい! それじゃあ僕、今から1995年に、タイムスリップしてきます!」
坊主頭は大胆にも、本堂の扉を開けて、中へと入って行く。
俺は、他の芸人達と一緒に「何やってるんだよ、罰当たりな奴!」と、歩調を合わせて、野次りまくった。
ほどなくして、坊主頭が飛び出してくる。
目を白黒させて「ここは……1995年?」
そう言うと、勢いよく拳を突き上げ「よーし、ポケベル持ったコギャルに会いに行くぞー!」と叫ぶ。
当然「いねーよ!」と皆で坊主頭を、どつきまわした。
バラエティ番組らしい、良い雰囲気だった。
だが、ここで予期せぬ展開になった。
大物芸人の一人が、俺を指差したのだ。
「君なら、タイムスリップ出来るんじゃないの? そんな顔してるよ」
俺は虚をつかれ、気が動転した。
思わず「えっ」と、声が出そうになったが、顔に不安の色を出さないよう務めた。
「いやあ……僕、どんな顔ですか! 出来るかなぁ?」と、頭をボリボリ掻いて、本堂の中へと入る。
いや、入らざるを得ないのだ。
目立つために今、この場所にいるのに「無理です」なんて、口が裂けても言えない。
……あぁ、しかし困った。
俺は、三畳ほどの狭い本堂の中で考えた。
腕組みをし、薄暗い天井を見つめる。
さっきの坊主頭は、ポケベルにコギャルと言っていた。
俺は何と言えば、いいのだろう。
95年と言えば、震災や地下鉄での事件が有名だが……それでは笑いに出来ない。
俺は車輪のように、頭をフル回転させた。
95年に、大ヒットした曲を歌いながら出る……。
そして、どつかれたら栗を出して「許してクリ!」これなんか、どうだろう?
マロンマロンのギャグも、アピール出来る。
もしかしたら、オンエアで使われるかも知れない。
考えが、まとまった。
一つ深い息を吐いて、出るタイミングをうかがった、その時——
ドォォォン!
鼓膜が破れそうなほどの激しい爆発音と共に、本堂が激しく揺れる。
視界は一瞬にして、真っ暗になった。
俺は身体のバランスを失い、柱に激突すると倒れ込んでしまった。
打ち付けた側頭部の痛みに、脳が痺れる。
遠くでキーンと、金属音のような耳鳴りも聴こえた。
しばらくは、まるで深海にいるような気分だった。
薄暗くて、息苦しい。
ああ……瞼が重い。
意識が……遠くなる……。
『翼……』
誰かが、俺の名を呼んでいる。
木漏れ日のような、温かい女性の声だ。
そして、その声には、なぜか懐かしい響きを感じた。
ふと女性の背後に、十字架の様な物が見えた。
あれは何だろう?
『翼……』
再度、俺を呼ぶ。
逆光により、影になった彼女の顔は、はっきりと確認出来ない。
だが、薄っすらと見えた口元には、笑みあった。
それは優しく、全てを包み込むような、慈愛に満ちた微笑みだった。
俺は、無意識に震える手を伸ばし、何かを呟いた。
「……母さん……」
つづく……




