③お笑い農村バトル
——当日が、やってくる。
某テレビ局の駐車場には、沢山の芸人、スタッフ達が集まっていた。
これから全員がロケバスに乗り、収録場所へと向かうのだ。
その中の一人である俺は、キョロキョロと、周りを見回した。
……なるほどな。
今回は俺のように、顔も名前も知らない無名の芸人が多い。
だが、脇を固めるためだろう。
大物芸人が、二人いた。
いつもテレビで見る彼らを目の当たりにして、俺は「スゲェ……」と、小声で唸った。
東京から目的地まで、約二時間半を要した。
その間、俺はイヤホンで音楽を聴いたり、今回の台本を読み返したりして、時間を埋めていた。
「皆さん、着きました!」
スタッフの声で、俺は上体を起こし、軽く伸びをする。
やれやれ、やっと着いたか。
広場に停めたバスから降りると、やたら身体が重い。
だが、そんな身体の不調も、次の瞬間には吹き飛んだ。
どこまでも続く広大な空と、田園風景に「うおっ」と、感嘆の声が出た。
金色に輝く稲穂が、眩しいほどに美しい。
まるで、世界の果てに来た気分だ。
息を吸い込むと、鼻の奥まで、澄んだ空気が駆け抜けた。
他の芸人達も、同様だった。
皆、この農村の景色に、心奪われているようだ。
だが、スタッフ達は違った。
彼らは目もくれず、機材を担いでは、慌ただしく動いている。
ご苦労な事だ、と思った。
「皆さん、こちらに並んで下さい!」
スタッフの一人が、声を上げた。
さっそく、俺を含めた十人ほどの芸人が、横一列に並べられた。
スケジュールの都合上、早々と収録が始まる事になったのだ。
カメラが回る。
「さあ皆さん、本番が始まりますよー!」
どこから現れたのか、この番組の司会進行役である男性アナウンサーが、快活な声を出した。
それは、やばいクスリでもやっているんじゃないかと疑う程、ハイテンションだった。
「第十八回、お笑い農村バトル! スタートォォォォォォ!」
それが合図のように、芸人達が一斉に手を叩いて盛り上げた。
俺も周りに合わせ、拍手をする。
「さあ、皆さん! ここは、どこでしょうか! ここは、◯△県の山奥に位置する、東岩佐村という農村です! 皆さんには、ここで二日間、壮絶なお笑いバトルを繰り広げてもらいます!」
「おおっ! やるぞっ!」
まるで出陣して、戦地に赴く武士のように意気込む芸人達。
本来ならば、俺もここで周りに合わせて張り切るはずだった。
だが〈東岩佐村〉という名前を聞いた瞬間、俺は大きく動揺してしまった。
それは、俺の生い立ちにあった。
俺は1995年の10月に、まさにここ、東岩佐村で生まれたのだ。
母親は俺を産んだ時、出血が酷くて亡くなってしまった。
母親には身寄りもなく、行きずりの恋で出来た子のため、父親も分からない。
結局、俺は隣町の児童養護施設で育てられる事になった。
ふいに、カメラマンが近づいてくる。
俺は何とか私情を押し殺し、場の雰囲気に合わせて、笑顔を作った。
東岩佐村なんて知らない、初めて来た場所だ。
俺は番組の出演者として、精一杯、頑張るだけ。
そう自分に言い聞かせた。
つづく…




