②青天の霹靂
②青天の霹靂
今日のイベントが終了した。
会場を後にした俺と友也は、帰宅するため、駅へと向かった。
途中、屋台がズラリと並ぶ場所があった。
温かいオレンジ色の提灯、鼻をつくラーメンの匂いと湯気、客達の笑い声。
その光景に、俺は足を止める。
昔はイベントが終わると、必ず友也と二人で、屋台のラーメンをすすったものだ。
そして、今日の漫才はどうだったか。
客の反応は、どんなだったか。
客席に可愛い子はいたか。
そんな話を、飽きるまで語り合ったものだ。
今にして思えば、コンビを組んだばかりのあの頃が、一番楽しかったように思う。
もちろん漫才は下手くそだったが、勢いや元気があった。
ひたすら、未来を信じていたからだ。
俺達は面白い、必ず売れる。
テレビのバラエティ番組にも、引っ張りだこになる。
いつも、そう思っていた。
若い頃にありがちな、根拠のない自信というやつだろう。
しかし、何年経っても一向に売れない現実が続き、俺達は焦り始めた。
もしかして、売れないのは相方のせいではないだろうか?
そんな事さえ考え始めた。
きっと友也も、同じ気持ちだったに違いない。
漫才をやっていれば、そういったものは、嫌でも伝わってくるのだ。
その頃からだ。
俺達は、目を合わさなくなっていた。
話しかける事も少なく、プライベートで会う事など皆無。
最近では、二人でいる事に、苦痛さえ感じてしまう。
騒がしい屋台通りを抜けると、途端に辺りが静まり返った。
二人の足音だけが響く中、俺は呟くように、友也の大きな背中に話しかけた。
「なあ、もう俺達……」
「えっ?」
振り返る友也の顔を見ると、次の言葉が出てこなくなった。
彼との九年間に及ぶ、沢山の思い出が、胸を締め付けるからだ。
「何だよ、翼」
俺は視線を落とした。
……もう俺達、コンビやめようぜ。
その一言が言えない。
どうしても言えない。
「……いや、何でもない」
まるで、別れ話を切り出せない恋人みたいだと、変な気持ちになった。
思わず苦笑いをすると、友也は怪訝な顔をした。
その時だ。
ポケットに入れていた俺のスマートフォンが、ブルブルッと暴れ出した。
着信だ。
こんな夜遅くに、一体誰からだろう?
画面には〈滝口社長〉の文字。
俺は慌てて電話に出た。
「はい、もしもし」
『おお、栗岡。お疲れさん!』
しゃがれた、大きな声。
それは、俺と友也が所属する事務所の社長、滝口太郎からの電話だった。
滝口社長は四十年間、舞台などで活躍した、お笑い芸人だ。
一線を退いた今は、タレント事務所の社長をしている。
「お疲れ様です」
『今、どこだ?』
「今ですか? 今日のイベントが終わって、友也と二人で帰っているところです」
通話をしながら、チラリと友也を見る。
いつの間にか彼は、ガードレールに腰を下ろしていた。
敬語で話す俺を見て、滝口社長からの電話だと察したのだろう。
さりげなく、聴き耳を立てているようだ。
そんな友也の視線を感じながら、通話を続けた。
「あの……何か、あったんですか?」
『いや実はな、お前に朗報があるんだよ』
「朗報?」
『栗岡、お前、お笑い農村バトルに出場できるぞ』
一瞬、聞き間違いかと思った。
その次は、冗談を言っているのかと思った。
『知っているだろ? お笑い農村バトルだよ』
お笑い農村バトルとは、人気芸人達が農村に集まり、鬼ごっこやクイズ、ネタ披露などをする人気バラエティ番組だ。
年に数回、スペシャル番組として、ゴールデンタイムに放送されている。
無名の芸人にとっては、一気に名前を売る絶好のチャンスだ。
「……ほ、本当ですか、社長!」
思わず、大きな声が出た。
何やら様子のおかしい俺を見て、友也が眉をひそめる。
『本当だよ、栗岡。今回の農村バトルはな、無名の芸人・応援企画なんだってさ。お前みたいに、いまいち売れない芸人の枠を、八つも用意したんだとよ。そこで、俺の事務所からも一人出す事になって、お前を選んだってわけさ』
何という事だ……。
まさに急転直下、青天の霹靂だ。
俺は目を閉じて、痙攣した。
やっとだ……。
やっとだよ……。
やっと、陽の目を見るチャンスがやってきた。
正直言って、もうマロンマロンを解散して、定職につこうとさえ考えていたところだった。
「うっうっ……」
まぶたの裏に、熱いものが込み上げた。
『おい栗岡、泣くなよ。これからが大変なんだぞ。収録は二週間後だからな。色んなギャグを考えておけよ』
「は……はい……。社長、ありがとうございます……」
『分かった、分かった。詳細については、また連絡するからな。相方の小栗にも、伝えておいてくれよ。じゃあな』
通話が終わると、魂が抜けたように、歩道に両膝をついた。
「おい、どうしたんだよ?」
友也が心配そうに、俺の顔を覗き込む。
俺は、涙と鼻水でグシャグシャになった顔で叫んだ。
「やったぞ! やったぞ、友也! 俺、やっとテレビに出れるぞ!」
「は?」
きょとんとした、友也の顔。
「お笑い農村バトルだよ! あれに出るんだよ!」
「は? 嘘だろ?」
俺は、いつの間にか友也の両肩を、力いっぱい掴んでいた。
「俺……マロンマロンの名前を、全国に売るからな! 絶対に……絶対に、やってやるからな!」
異常なほど興奮する俺とは対照的に、友也は唖然としたままだ。
だが後に、この出場が事実と知ると、彼もまた歓喜するのだった。
つづく……




