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12.激怒




「おい、翼!」


 また、聞き覚えのある声がした。



 取り囲む人達の隙間から現れたのは、相方の友也だった。


「翼、良かったな! お前、一躍有名になったぞ! これ、昨日から動画サイトで、全国に生配信してるんだ。もちろん、今もだ! 凄いんだぞ、視聴者の数が!」



 まだ事態が飲み込めないでいる俺は、目を皿にして、友也を見つめた。


「分からないのかよ、翼! これ、全部ウソなんだって! 現実的に考えろよ! タイムスリップなんか、するわけないだろ!」



 すると次は、滝口社長が俺に言う。


「どうだった、栗岡? 俺が考えた生配信ドッキリ企画は? 題名は『許してクリ! 〜1995年・奇跡の出逢い〜』だ。自分で言うのも何だけど、我ながら面白い企画を考えたもんだよ。ほら、去年の忘年会で、お前が酔っぱらって、泣きながら死んだ母の話をしたじゃないか。そこで、今回のドッキリを思い付いたんだよ。お前、変な宗教にも入っていたしな。タイムスリップとかも、信じると思ってな」



 ぽかんと口を開けたまま、俺は滝口社長を見つめた。


「いやあ、大変だったんだぞ、栗岡。村の人達、全員に協力して貰ったり、スタッフや役者を集めたり、昔の家具や家電を揃えたりとな。あの神社だって、小さいとはいえ、造るのは大変だったんだぞ……。あぁ、そう言えばお前、隠しカメラを探してたな? 見つかるわけないだろ。今のカメラは、物凄く小さいんだぞ」



 さらに、滝口社長は続けた。


「野球の試合もな、事前に小栗に言ってあったんだよ。栗岡にタイムスリップ・ドッキリを仕掛ける事になったから、1995年の日本シリーズの特集を配信しろと。お前に、この試合の事を覚えて欲しくてよ。まあ、あとは次郎、コウタの役者さんの演技が、実に上手かったよなあ」



 そう言って、滝口社長は、次郎さん達を一瞥した。


 次郎さんを演じた役者と、コウタ君を演じた子役が、笑みを浮かべて「どうも」と、頭を下げた。




 代わって、今度は友也が言う。


「ところで翼、あの神社での爆発は、大丈夫だったか? あれ火薬の量を間違えたんだってさ。でも怪我もなく、撮影もストップしなくて良かったな。一応、雷が落ちてタイムスリップしたっていう、シナリオだったんだけど分かったか?」



 友也は俺の肩に手を置いて、話を続けた。


「でもさ翼、おかしいと思わなかったのか? 家の扉が、お前の頭に落ちてきたり、顔にクシャミされたり、寝ている時はオナラやイビキがうるさかったりしてさ……。だけどよ、あれ凄いウケたんだぞ。 生配信の時も、お前の苦しんでるシーンを、何度もリプレイしたんだぞ!」




 友也と滝口社長が、代わる代わるネタばらしをしてくるが、俺は呆然とするだけだった。



 そんな俺の背中を、ポンポンと叩いて、またもや滝口社長が一方的に喋ってきた。


「いやあ、それにしても、真由美が村にいる事を気付いてくれて良かったよ。いつまでも、お前が気付かないようなら、次郎に真由美の話をしてもらおうかと、思ってたんだよ。……あとな」



 滝口社長は顔を近づけ、小声になって付け加えた。


「実を言うと、危ない時もあったんだぞ。お前、音楽プレーヤー持ってたな。あれ、ラジオの機能も付いてるだろう? もしラジオを聴いていたら、タイムスリップしてない事がバレるからな。あの時は、スタッフ全員が慌てたぞ。ぶははっ」




 ……。




 俺はショックのあまり、思考が麻痺した。


 少しずつ、現実を受け入れていると、急に具合が悪くなった。



「おえっ……」


 吐き気がする。



「あっはっはっはっはっ!」


 そんな俺を見て、周りのスタッフ達が、腹を抱えて笑い出した。



「おえっ……おえっ!」


 涙目で苦しむ俺の顔を撮ろうと、何台ものカメラが近づいてきた。


 近づきすぎて、ゴツンと、俺の頭にレンズがぶつかる。


「いたっ!」と俺が言うと、また爆笑が巻き起こった。



 きっと今、現場だけではなく全国の人達も、この生配信を見ながら、腹を抱えて笑っている事だろう。




「うぷっ……!」


 ついに、胃液が出そうになる。



 熱く沸騰した、炭酸ジュースのようなものが込み上げた。


 俺は、部屋の奥にある窓へと向かった。



 素早く窓ガラスを開けると「おえぇぇ!」と吐いた。


 そんな時も、スタッフ達の笑い声が、背後から聴こえてくる。





 ああ……。


 めまいがする。



 苦しい。


 息が出来ない。



 まるで、ビニール袋で顔を包まれたように、呼吸困難になった。


 俺は気を失いそうになって、窓枠に両肘をついた。



 床が、グニャグニャしている。


 平衡感覚が保てない。


 少し、オシッコが漏れた。



 だが、気絶するわけにはいかない。


 俺は外の空気を、深く吸い込んでは、吐いた。


「スー……ハー……スー……ハー……」



 何度か繰り返していると、やっと呼吸が楽になった。


 吐き気も収まった。




 すると今度は、無性に悔しい気持ちになった。


 どうしようもない、ドス黒い感情が湧き上がってくる。



 それは、たちまち増大して、身体中に広がった。


 まるで毛穴という毛穴から、煙が出ている様な感覚だ。


 こんな身体の異変は、初めてだ。





 ああ……母に会えた奇跡の瞬間が、最低最悪、地獄に変わってしまった。



 これはもう、バラエティでは無い。


 イタズラでは、済まないのだ。



 許せない。


 許せない。


 とてもじゃないが、許せない。



 ふと部屋の隅に、畳用のホウキが置かれているのに気付いた。




 俺はフラフラと歩いて、竹で作られた1メートルほどのホウキを掴んで、持ち上げた。


 そんな時も、相変わらず滝口社長の陽気な声がした。



「どうした栗岡、掃除してくれるのか? お前のせいで部屋中、粉まみれだからなぁ」


 図に乗った滝口社長が嘲笑う。


 つられて、友也やスタッフ達も「あっはっはっ」と笑った。




 ……いい加減にしろよ。




 ガシャーン!


 俺は持っていたホウキで、窓ガラスを叩き割った。


 ガラスの破片が、部屋の中に飛び散る。



 一瞬にして、場の空気が凍りついた。


 あんなに笑っていた滝口社長や友也、出演者、スタッフ達が、しんと静まり返った。



 さらに俺は、絶句する人達に向かって、ホウキを振り上げて突進した。


「ふっざけんなぁぁ! くぉらぁぁぁぁ!!」




 スタッフ達が「うわぁ!」と悲鳴を上げ、一斉に逃げ出した。


 直後に、次郎さんを演じていた役者が、人に押されて「ひゃあ!」と、落とし穴に落ちた。


 俺が見下ろすと、彼は身体中を粉まみれして、咳き込んでいる。




 ざまあみろ。


 だが、こんなもんじゃ済まさないぞ……!






つづく……


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