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11.奇跡の出逢い



 ふいに次郎さんが、気安く俺の肩に手を乗せてきた。


「このにぃちゃんが、真由美ちゃんに会いたがってるんだよ。知り合いかもしれないとか言ってさ」


 次郎さんがそう言うと、辰子さんが俺の顔を凝視しはじめた。


 眉間のシワが、より一層深くなった。



「見た事ない顔だねえ。まあ、会ってみなさいな」


 辰子さんがシミの多い手で、手招きをする。


 俺は導かれるまま、家の中へと入った。



 靴を脱ぎ、ミシミシと音のする廊下を歩いていると、畳の匂いと線香の香りがした。


 辰子さんは、狭い階段を登り出した。


 どうやら、母は二階にいるようだ。


 辰子さんに続いて登る俺の膝が、ガクガクと震え始める。




 もうすぐ母に会える……。


 これは奇跡だ。


 奇跡の出逢いとしか言いようがない……。




 ——思い返せば、俺は長年、母の事を憎んできた。


 父親も分からない、身寄りもいない。


 産んだ自分もいなくなり、俺を一人きりにした無責任な母だと。



 しかし憎悪を膨らます一方で、母に対して申し訳ない気持ちもあった。


 俺が生まれた事で、母は亡くなった。



 自分の命と引き換えに、俺は産まれたのだ。


 そのやり切れない気持ちに、苦しんだ時期もあった。


 救いを求めて、怪しげな信仰宗教に入った事もある。


 しかし結局は開運グッズと称した、汚い石や壺を買わされるだけだった。



 そして、二十歳を過ぎた頃、俺に心境の変化が訪れた。


 それは母に対して、感謝の念を抱くようになったのだ。



 母が産んでくれたから、今こうして大好きなお笑いをやっている。


 気の合う相方、友也とステージで漫才が出来る。



 それは、感謝しなければならない。


 これからは母の分も生きて、俺は幸せになるんだ。



 いや、ならなければならない。


 それが、せめてもの親孝行、恩返しだと思った。



 ああ……。


 一度でいい。


 ほんの一瞬でいい。



 母に会って「ごめんね」と「ありがとう」を伝えたい。


 どうしても、伝えたい。



 ふと手の甲に、何かが落ちた。


 確かめると、それは自分の涙だった。


 俺は気付かないうちに、ボロボロと涙を流していたのだ。



 階段を登りきると、左右に襖があった。


 辰子さんは右の襖へと、身体を向ける。


「真由美、入るぞい」


 辰子さんが、ガラッと襖を開けた。



 ……ドクン、ドクン、ドクン。


 鼓動が急激に加速する。



 唾を飲み込もうとしたが、喉がカラカラだった。


 仕方なく、何度も唇を舐めた。



 やがて、その唇を真一文字に結んで、俺は意を決した。


 母がいるであろう、薄暗い部屋の中へ、足を踏み入れる。




 そこは、布団が敷いてあるだけの部屋だった。


 布団には、人一人分の膨らみがあった。



 それはモソモソと動き出し、やがて長い黒髪の女性がゆっくりと半身を起こした。


 だが、顔はよく見えない。


 というのも、彼女の真後ろには小窓があり、朝の光が射し込んでいるからだ。




 後光に照らされた、神々しいシルエット。


 俺は目を細め近づいた。


 おぼろげだった彼女の顔の輪郭が、徐々に見え始めた。



 長くツヤのある黒髪が、目元を隠している。


 うつむき加減の彼女は、少し微笑んでいるようにも見えた。




 ここで俺は、彼女の大きなお腹に目が行った。


 今、このお腹の中にいるのは……俺だ。


 ああ……言葉が、出てこない。



 代わりに、涙が出てくる。


 唇の震えが、おさまらない。


 前歯で噛んで止めようとしても、一向に止まらない。



 今、時を越えた、奇跡の出逢いが実現したのだ。


 膝をつき、そっと震える手を伸ばした。



 母の肩に、少しだけ指が触れた……。


 その時だった。


 白くて大きな物が、視界を覆った。





 パーーーーン!!



 


 目が覚めるような、大きな音。


 それと同時に、脳天に電気が走った。



 ……?



 何が起きたんだ?


 俺は頭を押さえながら、母を見た。



 なんと、母が巨大ハリセンを持っている。


 これで俺の頭を、ぶっ叩いたのか? 



 なぜ?


 どうして? 



 俺は母を見つめ、固まった。


 すると、身の毛もよだつほどの恐怖が、身体を襲った。



 突然、俺の体重を支えていた床が抜けたのだ。


「うわあぁぁぁぁっ!」


 俺は情けない悲鳴を上げて、一階へと落下した。



 ドスン!



 ……?


 視界が真っ白だ。


 ん? 自分の身体も真っ白だ。


 これは粉? 大量の白い粉だ。


 なんだこれ、小麦粉か?



 どういう状況なんだ?


 わけが分からない……。



「あっはっはっはっはっはっ!」


 一斉に、笑い声がした。


 見上げると、次郎さんや辰子さん、そして学校に行っているはずのコウタ君までが、顔を出して笑っているではないか。



 カメラを持った男も、何人か見えた。


 ……どういう事だ?


 訳が分からず固まっていると、上からハシゴが用意された。



 すぐに、体格の良い男が降りてくる。


 どこかで見た顔だ。


 そうだ、確か機材を運んでいたスタッフのうちの一人だ。



 彼は俺の腕を掴むと、力任せに引っ張り上げた。


 その時、俺はある結論に達した。




 ……落とし穴だ。


 これは、落とし穴なんだ。


 だから粉が用意されていたんだ。




 ハシゴの上まで、グイグイお引っ張り上げられると、四つん這いになって周りを見回した。


 沢山の人達が、粉まみれの俺を取り囲み、手を叩いて笑っている。



 その中の一人、母である真由美が俺に近づいてきた。


 彼女は自分のお腹から、風船を取り出した。


 なんと、あの大きなお腹は偽物だったのだ。



「はい、ざんねーん! あんたの母ではありませーん! 許してクリ! ってか! ぶははははっ!」



 聞き覚えのある、しゃがれた大きな声。


 カツラを取った彼女の正体は、なんと滝口社長だった。


 今回の企画を電話で知らせてくれた、あの滝口太郎だったのだ。



 愕然とする俺の顔に、これでもかと、何台ものカメラが近づいてくる。


 何一つ言葉が出せないでいると、それがまた面白かったのだろう。


 次郎さんやコウタ君、最初にいた芸人達、皆が俺を指差して笑っている。






つづく……


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