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EPISODE5 〝罰〟

*登場人物

水守千景・・・ 高校2年生 / 無能力者

神崎朔弥・・・ 24歳 / 封師殿・異邦尋問官 / 火能者


佐藤洸・・・ 異邦尋問官 / 責任者 / 全能者

朔弥「……立て」


彼の声はいつも低い。

さっきまでのやりとりの余韻が

まだ胸に重くのしかかっている。

私はぎこちなく立ち上がった。

足元がふらつくが、すぐに肩をつかまれる。


朔弥「……こっちだ」


白い廊下に再び足音が響く。

さっきと違うのは

歩く速度が少しゆっくりになったこと。

けれど彼の横顔からは何も読み取れなかった。


曲がり角をいくつも抜け

薄暗い階段を下りていく。

空気が冷たいだけじゃなく湿り気を帯びてくる。


重い扉の前で彼は立ち止まり

ポケットから

小さなカードを取り出して読み込ませた。

機械の電子音が一度だけ鳴り鉄のロックが外れる。


朔弥「……」


扉の向こうは想像以上に狭い部屋だった。

壁は黒く窓もない。

床には薄いマットが敷かれているだけで

椅子すらない。


朔弥「ここで48時間だ」


千景「……」


朔弥「食事は与えられる。水もだ。でも――」


一瞬、彼の言葉が途切れた。

その横顔は影に隠れて見えない。


朔弥「声を出すな。壁を叩くな。

監視がある。規則を破れば……罰がある。」


千景「……罰?」


朔弥 「訊くな」


私は息をのみ、わずかに肩を震わせた。

彼は私を見て

ほんの少しだけ目を細めたように見えた。


朔弥「……わかったら入れ」


部屋に足を踏み入れると

すぐに背後で扉が閉まった。

鉄の音が全身を貫く。


狭い空間に一人きり。

耳を澄ますと遠くでまた誰かの泣き声がした。

次の瞬間それがぴたりと止む。


──人間としての動きを禁じる。


その言葉が頭の中でこだまを繰り返す。

時間の感覚がすぐに狂いそうになる。


私は膝を抱えゆっくりと目を閉じた。

暗闇の向こうにあの家の光景がにじむ。

母の鼻歌、父の削る木の音、兄の笑顔――


胸が焼けるように痛い。

でももう、あの光景に触れることはできない。


遠くで足音が近づく気配がした。

一瞬、胸が跳ねた。


けれどその足音は

私の前を通り過ぎていった。


……今は、耐えるしかない。


朔弥side


人はいつだって醜く、時に残酷な生き物だ。

ここに居るとそれを嫌というほど思い知らされる。


封師殿での勤務が始まって3年が経った。

この3年で何人の人生を断ってきただろうか。


真に怖いのは直接的に恐怖を与えることでは無い。

その恐怖を与えることに慣れてしまうことだ。


俺はここで泣き叫ぶ人達を何人も見てきた。

家族に縋りつこうとする者を

力ずくで引きはがしたこともある。

最初は胸が痛んだ。

けれど今は

……その痛みすらほとんど感じなくなっている。


「悪」だと決めつけられた人間を運ぶたびに

自分もまた同じ泥の上を

歩いている気がしてならない。


──だからこそ

余計な感情は持たないようにしていた。


……なのに

あの瞳を見たときほんの一瞬だけ心臓が跳ねた。


水守 千景。

たった16年しか生きていない少女の目が

俺の目をまっすぐ射抜いた。


あの瞬間、俺の中の何かが

小さくきしむ音を立てた気がした。


俺は深く息を吐き、額に手を当てる。


佐藤「……情けなんてものは全て捨てなさい」


佐藤の声が

さっきの囁きとともに頭の奥にこびりついている。

わかっている。わかっているのに。


──彼女の言葉が、脳裏から離れない。


千景『……悪い事しましたか?』


千景『……本当に……もう家には帰れないんですか。』


そのときの震える声が

耳の奥でまだ生きている。


朔弥「……っ」


俺は思わず、その場を離れた。

廊下を歩く足音がいつもより速くなる。


頭を振れ、神崎朔弥。

あれはただの仕事だ。

お前はこの世界で生きていくために

ここで必要とされている。


だが。


封師殿の夜はどこまでも静かでどこまでも長い。

胸の奥の小さなざわめきが

なかなか消えてくれなかった。


──それでも俺は、歩みを止めるわけにはいかない。


背後で、誰かのすすり泣く声がかすかに響く。

今日もまた、この場所で誰かが絶望していく。


けれどその中に

たったひとつだけ夜明けを知らない瞳が

どこかでまだかすかに光を持っている気がしていた。

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