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EPISODE3 〝恩寵〟

*登場人物

水守千景・・・ 高校2年生 / 無能力者

神崎朔弥・・・ 24歳 / 封師殿・異邦尋問官 / 火能者


渡辺朱里・・・ 24歳 / 無能力者

薄暗い部屋の奥から

かすかに布が擦れる音がした。


??「……新入り?」


不意に声をかけられて私はびくりと肩を揺らした。

暗闇に目をこらすと

向かいのベッドに腰かけている女性が見えた。

長い髪を無造作に結び

少し笑ったような口元が妙に落ち着いて見えた。


??「名前、聞いていい?」


千景「……水守……千景です」


??「ふぅん、千景ちゃんか。」


女性はゆっくりとベッドから立ち上がり

こちらに歩み寄る。

背筋がすっと伸びていて

その目はこの暗さでも強さを帯びていた。


朱里「私は渡辺朱里

もうすぐここに来て二年になる」


千景「……よろしくお願いします……」


情けないほど小さな声になってしまい

思わず視線を落とした。

すると朱里は軽く笑った。


朱里「そんなに肩に力入れないでいいよ。

ここにいると最初は誰だってそうなる。」


私は言葉に詰まり

ただうなずくことしかできなかった。


朱里「怖いだろうけど、死ぬほどじゃない。

……いや、死ぬことだってあるか。

でもね、怖がってるとあいつらに足元見られる。

だから胸を張っときな。」


朱里の声は低く、けれどやわらかい。

その言葉が少しだけ胸に染みこんだ。


千景「……封師殿って……やっぱり噂通り…??」


聞いてはいけないと思いつつも

口からこぼれていた。

朱里はわずかに黙り、視線を窓のない壁に向けた。


朱里「噂ってのはたいてい、もっとマシな話。

ここは……あんたが想像してるより

もっとひどいところだよ」


その言葉に背筋が冷たくなる。

朱里は私の顔を見てすぐに続けた。


朱里「でもね、千景ちゃん。

あんたがここでどう生きるかはあんた次第。

泣きっぱなしでいたらすぐに潰される。

だからまずはちゃんと飯食って眠ること。

それだけでも全然違う」


千景「……はい」


朱里「…あんた、いい子だね」


彼女はそう言って、私の頭を軽く撫でた。


その温もりが

この場所に来てから初めて感じた優しさだった。


その夜、部屋の明かりはすぐに落とされた。

壁の向こうからは誰かのすすり泣き

遠くで響く金属のぶつかる音が

途切れ途切れに聞こえてくる。


私はベッドに横になったものの

眠れるはずがなかった。


千景「……ねぇ、朱里さん。」


朱里「ん?」


千景「……ここに入った人は、どうなるんですか。」


ほんとは聞きたくなかった。

でも知らないままのほうが、もっと怖かった。


朱里はしばらく黙っていた。

やがて、小さなため息をひとつ。


朱里「生きてる人もいる。壊れる人もいる。

……それが答え。」


千景「……壊れる?」


朱里「力がないからってだけでさ

人権なんかここにはないの。

何されても誰も助けちゃくれない。

そんなもん毎日見せられたら……

そりゃ壊れるやつもいるでしょ。」


心臓がぎゅっと縮む感覚がした。


朱里「……でも、あんたは大丈夫。」


千景「……どうして?」


朱里「目がまっすぐだから。」


朱里は暗闇の中でにやりと笑ったように見えた。


朱里「そんな目、簡単に折れるもんじゃない。」


私は返す言葉が見つからずただまぶたを閉じた。

耳を澄ませば遠くでまた誰かが叫んでいる。

そしてその声もすぐに闇に飲まれていった。


千景「……ねぇ、朱里さん。」


朱里「なに?」


千景「……ここから、出られることって……。」


朱里「ないよ。」


即答だった。

でも、その声は優しかった。


朱里「だからこそ、ここで生きるんだよ。

あんたも、私も。わかった?」


千景「……はい」


そのときどこかの扉が開く金属音がした。

廊下の足音が近づき部屋の前でぴたりと止まる。

心臓が跳ねた。


朔弥「……水守千景」


重く低い声がした。

その声を、私は昼間も聞いた。


──神崎朔弥。


ドアの向こうで彼の影が動く。


朔弥「……来い。」

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