EPISODE19 〝耐〟
*登場人物
水守千景・・・ 高校2年生 / 無能力者
神崎朔弥・・・ 24歳 / 封師殿・異邦尋問官 / 火能者
渡辺朱里・・・ 24歳 / 無能力者
佐藤洸・・・ 異邦尋問官 / 責任者 / 全能者
佐藤菜摘(ノートの少女)・・・21歳 / 無能力者
翌朝。
《対象部屋C-16、B-08、A-21。
更生プログラム室へ》
スピーカーから響く無機質な声に
千景の背筋が粟立つ。
廊下を歩く足音だけがやけに大きく響く。
朱里の言葉──
「誰かが壊される」が耳から離れない。
プログラム室に入ると昨日と同じ無機質な白い空間。
ただ中央には見慣れない
透明のカプセルが並んでいた。
人一人が横たわれるほどのサイズで
中には複雑な配線と脈動する
青い光が張り巡らされている。
佐藤尋問官が前に出る。
佐藤「今日行うのは“感情同調耐性テスト”だ。
二人一組になり互いの感覚を共有してもらう。
片方に与える痛みや恐怖は
もう片方にも同じように伝わる。
──片方が耐えられなくなれば両方が不合格だ」
ざわめきが走る。
千景は思わず菜摘の方を見た。
彼女も小さく頷くがその指先はわずかに震えていた。
装置に固定されると冷たい金属が皮膚に触れ
こめかみに何かが差し込まれるような感覚が走る。
朔弥は観察室からモニターを睨んでいた。
千景と菜摘の脳波と心拍数が
リアルタイムで映し出される。
《テスト開始》
千景の視界に突然真っ赤な光景が流れ込んだ。
崩れ落ちる壁耳を裂く悲鳴、
そして燃え盛る炎の中で泣き叫ぶ菜摘の幼い姿。
(これ……菜摘の記憶……!?)
熱と痛みが一気に千景の体を貫く。
皮膚が焼ける感覚と息ができない苦しさ。
自分のものではないはずの感覚が
現実のように襲ってくる。
菜摘の声が響いた。
菜摘「……っ……やめて……!」
千景は必死に彼女の手を握り返す。
千景「大丈夫……一緒に耐えよう……!」
だが菜摘の脳波が急激に乱れた。
グラフが危険域に突入し朔弥の眉が跳ね上がる。
朔弥(……やばい、このままだと──)
佐藤尋問官は微動だにせず
ただ冷たく数値を見つめていた。
朱里の声が千景の頭の奥で囁く。
──千景守れるのはあんただけだよ。
千景はその瞬間覚悟を決めた。
痛みを自分の中で引き受けるように
菜摘と完全に視線を合わせる。
すると数値がわずかに安定し始めた。
だが──
まだ試験は終わっていない。
菜摘の肩が小刻みに震える。
視線の奥にある恐怖が
痛みと一緒に千景の中へ押し寄せてくる。
(……大丈夫。これは私が受け止める……)
千景は奥歯を噛み感覚の“扉”を自分の中で開いた。
痛みも熱も菜摘から流れてくる恐怖も
全部自分の胸の奥に吸い込むように。
その瞬間菜摘の呼吸が少しだけ整う。
脳波の数値が安定し危険域から外れていった。
観察室で朔弥が小さく息をつく。
だが佐藤尋問官は横目でそれを見ながら
「……面白い」とだけ呟いた。
炎の幻覚はまだ続いていた。
焼け付く空気が肺を焦がし
全身にじりじりとした痛みが広がる。
(……朱里……わたし、できてる……?)
頭の奥で微かに声が返る。
──うん、千景は強い。
その声だけを頼りに
千景は最後の数秒を歯を食いしばって耐え切った。
《A-16、A-10 合格》
電子音が響くと同時に拘束具が外され
千景は膝から崩れ落ちそうになった。
菜摘「……千景……ありがとう……」
菜摘が泣きそうな顔で呟く。
千景は笑おうとしたが
喉の奥から出たのは掠れた息だけだった。
朔弥side
──観察室
薄暗いモニターの明かりが朔弥の横顔を照らす。
千景の小さな肩の揺れその唇の震え。
画面越しに見えるそれらは
どんな言葉よりも彼女の限界を物語っていた。
タブレットに映る心拍と脳波のグラフは
上下を繰り返していたが、決壊はしていない。
隣の席では佐藤尋問官が
無表情のままメモを取っていた。
佐藤「……次の試験、持つと思うか?」
千景の瞳の奥にまだ残っている
消えきらない光──
それが見える限り、彼は信じようと思った。
朔弥「…はい。彼女は絶対に耐えます。」