EPISODE18 〝存在〟
*登場人物
水守千景・・・ 高校2年生 / 無能力者
渡辺朱里・・・ 24歳 / 無能力者
佐藤菜摘(ノートの少女)・・・21歳 / 無能力者
森悠里愛(ベッド上の少女)・・・20歳 / 無能力者
千景「……朱里……?」
思わず立ち上がった瞬間
向かいに座っていた
菜摘と悠里愛が同時に顔を上げた。
菜摘「……どうしたの?」
悠里愛「だれと話してるの?」
千景は息を呑む。
確かに──朱里はそこに立っている。
けれど二人には見えていないらしい。
朱里は首をかしげ、にっこりと笑った。
朱里「千景。やっと会えたね」
千景(……やっぱり……私にしか……)
胸の奥がぎゅっと縮む。
昨日の試験で見た彼女の痛みと笑顔が蘇る。
朱里「昨日は、よく耐えたね。
でも……これからのほうが、ずっと大変だよ」
千景「……どういう……意味……?」
小さく呟くと、菜摘が眉をひそめる。
菜摘「千景、なに? 誰かいるの……?」
千景「……っ、なんでもない……」
慌てて首を振ると、朱里がそっと近づいてきた。
彼女の姿は千景のすぐ横にしゃがみ込み
耳元にだけ届く声で囁く。
朱里「ねぇ、信じて。
わたしは、ずっとあんたの味方だから」
千景は何も返せなかった。
ただ胸の奥の恐怖と安堵が入り混じったような感情に
心臓が強く打つだけだった。
朱里は膝を抱えて座る千景の横に
そっと腰を下ろした。
まるでそこに本当に体温があるような自然さで。
朱里「……千景。
昨日の試験で見えた“わたし”のこと、覚えてる?」
千景「……うん」
喉の奥がきゅっと詰まり
その一言を出すだけでも精一杯だった。
朱里「もう気づいてるよね。
わたしは……あんたにしか見えてない」
千景は息を呑む。
菜摘と悠里愛はまだ向かいで小声で話している。
朱里の声も彼女たちには届いていない。
千景「……どうして……?」
朱里は小さく首を横に振った。
その瞳には悲しみの影が宿っている。
朱里「わたしはもうここの“人間”じゃない。
でも……あんたを守りたくてここにいるの」
千景「……守る……?」
朱里「この場所は想像以上に残酷だから。
ただ試験を乗り越えるだけじゃ生き残れない。
心を……守らなきゃ」
千景は目を伏せた。
頭の中に浮かぶのは昨日の光景。
痛みに顔を歪めた朱里の姿。
あれが映像であろうと関係ない──
胸を刺す痛みは本物だった。
朱里「ねぇ、千景。
次の試験……誰かが必ず、壊される」
その言葉に心臓が跳ねる。
思わず顔を上げた瞬間
朱里の姿はふっと霧のように消えた。
菜摘「千景……?」
気がつけば、菜摘が覗き込んでいた。
菜摘「さっきからずっと黙って
……顔、真っ青だよ?」
悠里愛「なんか……怖い夢でも見てるみたい」
千景「……ううん、大丈夫……」
かすれた声で答えるしかなかった。
でも胸の奥では確かに朱里の言葉が響いていた。
──次の試験で誰かが壊される。
千景は自分の膝をぎゅっと抱きしめ
これから訪れるものに備えるように息を整えた。