EPISODE15 〝再会〟
*登場人物
水守千景・・・ 高校2年生 / 無能力者
渡辺朱里・・・ 24歳 / 無能力者
ノートの少女(名前不明)・・・21歳 / 無能力者
ベッド上の少女(名前不明)・・・20歳 / 無能力者
翌朝。
電子音で目を覚まし、簡素な朝食を黙々と食べる。
そのあと、壁のスピーカーから指示が流れた。
《A棟対象者。本日、自由時間を2時間付与する。
指定の時間は共有スペースで過ごすこと。》
千景は思わず、隣のベッドの子と目を合わせた。
千景「……共有スペース?」
ノートの少女が頷く。
「うん。監視されてるけど
少しだけ自由に動ける場所。
……本読んだり、話したりはできるよ。」
千景「……話……してもいいんだ……」
「うん。でも大声出したり変なことしたら終わり。」
そう言って少女は小さく笑った。
その笑顔はどこか儚く、けれど人間らしかった。
白い廊下を
監視カメラの赤いランプに見張られながら歩く。
靴底が床を打つ音だけが響くたび
心臓が早鐘を打った。
《共有スペース》
ドアに書かれた文字を読み上げる間もなく
自動扉が静かに開く。
──思ったより、広い。
四角い空間にテーブルが五つほど並び
壁際には本棚と小さなテレビ。
窓はないけれど今までの閉ざされた部屋と比べたら
ずっと息がしやすい。
十数人の被験者たちがそれぞれ本を読んだり
低い声で話していた。
千景は一歩踏み出してから、足を止める。
(……みんな……普通に、話してる……)
無言の生活に慣れきっていた身体が
急に軽くなったようで落ち着かない。
視線を落として部屋の隅を探すと
空いているテーブルを見つけそっと腰を下ろした。
すぐに向かいの席に、見知らぬ少年が座った。
年は自分と同じくらいか少し上くらい。
「見たことない顔だね?」
千景「……うん。今日が初めてなの」
「5日目でここに来れたんだって?? すごいな。」
小さく笑った顔は、どこか安堵したようにも見える。
「俺、最初の夜で叫んじまってさ。
……一回、別室送り。」
千景「……っ」
千景は思わず目を見開く。
少年は肩をすくめた。
「戻って来られたから、まだマシ。
戻れなかった奴も、いる。」
……何も言えなかった。
胸の奥に、鉛のような重みが沈んでいく。
「でもさ、ここならまだ、人間でいられる。」
ぽつりと落とされたその言葉に
千景は小さく頷いた。
⸻
自由時間の二時間は思った以上に早く過ぎた。
テーブルで静かに本を読む人。
壁際で足を抱えてうつむく人。
小さな声で話しながら
必死に“生きている”ことを確かめる人たち。
そんな中で
千景は心の奥に少しだけ灯がともるのを感じていた。
⸻
次の瞬間だった。
ふと、視界の端に──
懐かしい横顔が見えた。
千景「……朱里……?」
思わず呟きかけた声をぎりぎりで飲み込む。
隣の少年も他の誰もそちらを気にしていない。
朱里は共有スペースの
隅のソファに腰を下ろしていた。
静かに穏やかな目で千景を見ている。
心臓がうるさくて周囲の物音が遠のいた。
千景は誰にも気づかれないように小さく息を呑む。
(……朱里……?)
どうしてここにいるの。
どうしてまた会えたの。
思考が追いつく前に、唇が勝手に動いた──
千景「……朱里……?」
声はほんのささやきだった。
けれど朱里は確かにこちらを見てゆるく笑った。
その瞬間、隣の少年が首をかしげる。
「ん? 誰に話してんだ?」
千景「え……」
慌てて千景は口を押さえた。
周囲を見回す。誰も朱里の存在に気づいていない。
視線の先のソファには確かに朱里が座っているのに。
朱里は静かに首を振る。
──声に出しちゃだめ。
そんな風に言われた気がした。
胸がぎゅっと痛くなる。
(……なんで……みんな、見えてないの……?)
その疑問を飲み込む間もなく
部屋のスピーカーが低く鳴った。
「自由時間は終了です。各自、自室に戻りなさい。」
人々が無言で立ち上がり整列する。
千景も立ち上がり
朱里の方を最後にもう一度だけ振り返った。
ソファは空っぽだった。