To Be Captivated
ーブォォォォ…ブオン……………ガチャ…
昼間は煌々と輝く太陽もその姿を山裾に隠し、真っ暗な湖畔に降り立った2人の男がいた。1人は少し小洒落た格好で。もう1人は今まさに現場仕事を終えたと言わんばかりの職人風な様相であった。
周りにはろくに明かりも無く、微かに街灯の明かりが差し込むだけの何も無い場所。
彼らは生まれも育ちも違う。なのに何故か妙にウマが合い、他愛も無い話を繰り返していた。
「今日はここにしよか。」
「ええんちゃう?周りに人もおらんし静かでええやろ。」
そんなことを話しながら車のトランクから暖を取るための薪と焚き火台、それにアウトドア用のコンロや腰を下ろすための椅子などを取り出していく。
「ほんまに一気に寒くなったなぁ。」
「ほんまな。ちょっとコーヒー飲んだくらいじゃ暖まらんで。でもこういうとこで食うカップ麺が美味いんよ。」
準備した薪をいくつか斧で細く割り、セットした焚き火台へ積み重ねていく。そのうちのいくつかはナイフでフェザースティックを拵え、組んだ薪の隙間に差し込んだ。
「とりあえずはよ火ぃつけようや。寒くてかなわんて。」
「まぁ、待ちぃや。焚き火はここが1番楽しいんやん。このちょっとづつ火が燃え移るのが1番の醍醐味やで?」
そう言った男はマッチを擦り、中に仕込んでおいた丸めた新聞紙に火を付けた。
火はいとも簡単に新聞紙に燃え移り、やがてパチパチと細かな音を立てて細い薪、中くらいの薪、そして太い薪へとその熱を伝えていく。
「ふぅ。やっとちょっと暖かなったわ。でも珍しいな。普段やったらうちの店にきて呑んでいくやん?それをわざわざ休みの日に呼び出して焚き火しようなんて。」
「まぁ、たまにはええやん?普段昼間は寝とるし、夜は夜で店入ってんねんから外でコーヒーってのも洒落とるやろ。」
「まぁなぁ。」
「それに今の時期に外で吸うタバコは堪らんで?寒いから煙の温度が下がって匂いが飛びにくいからな。」
そう言って職人風の男は用意した椅子に腰掛け、胸ポケットからタバコを取り出しマッチを擦った。
タバコを咥えてゆっくりと息を吸うと火が燃え移ったタバコは微かにチリチリと音を音を立てながら先端を赤く照らす。
ふぅー。
そして深く吸い込んだ息と共に肺にたまった青白い煙が男の口から吐き出された。
「吸うやろ?」
「貰うわ。」
差し出されたタバコを受け取り、もう1人の男もタバコへと火を点ける。パチパチと音を立てて燃える薪を見ながら暫くその火を眺めていた。
「あー。たまにはこういうのもええなぁ。癒やされるわ。」
「そやろ。」
「で、今日はどないしたんや?」
「ん?まぁまぁ、そない焦らんでもええやん。とりあえず小腹空かんか?カップ麺でも食おうや。どっちがええ?」
道中のコンビニで買ったカップ麺を2つ取り出して尋ねる。
「シーフードと醤油か…醤油貰うわ。」
「OK。ほなちょっと湯沸かすからもうちょいタバコでも吸うてのんびりしといて。」
そう言って手早くコンロにガスボンベをセットし、鍋になみなみと水を注ぎ火にかけた。
「それにしてもええもん持っとるな。めっちゃ便利やん。」
「そうやろ?これがあれば真冬に釣りする時に自販機なくても温かいもん飲めるからな。重宝しとるわ。」
暫くすると鍋からコポコポと湯が沸いた音が響く。
そして半分ほどフタを開けたカップ麺の容器にお湯を注いだ。閉じた蓋の隙間から漏れた湯気と共に辺りに良い匂いが立ち込める。
ーーー
「ぼちぼちええかな?」
蓋を剥がし箸を差し込む。少し固めだがあまり気にならない程度だ。
麺を掴み、少し息を吹きかけて冷ました麺を啜る。
口から喉を通り胃に落ちると寒空の下にいたおかげで冷えた体の芯から温まるような気がした。
ーーー
その後も無言で麺をすすり、スープまで飲み干してお互いに一息ついて再びタバコに火を点けた。
「ふぅ。人心地ついたわ。で、どないしたんや?」
「ん?まぁ、そない大事な話があった訳ちゃうんやけどな。たまには俺の趣味にでも付き合ってもらおうかと思って。」
「なんやそら。」
「まぁまぁ。普段冷暖房効いとるとこにばっかおるよりはええやろ。それにカップ麺、美味かったやろ?」
「まぁ、美味かったけども。それにしても夜中のコンビニでたむろしてたの思い出したわ。」
「あー。あるあるやな。俺もやってたわ。外で食うカップ麺、なんであんなに美味いんやろな?」
「さぁなぁ。わからん。」
そんな他愛も無い話をしながら火の勢いが落ちてきた焚き火に新たに薪を足す。そうするとまた勢いを取り戻し、冷えた体に熱を与えていく。
「コーヒーあるけど飲む?」
「おー。ええやん。貰うわ。」
先ほどの鍋に水を足し、またコンロに火を点ける。
今度はシェラカップ2杯程度の為、先ほどよりも早く沸いた湯をインスタントコーヒーを入れたカップに注いだ。
「ほい。熱いから気ぃつけや。」
「おー。サンキュー。」
職人風の男からカップを受け取り口をつける。
安物でろくに香りも無い。ただただ苦いだけであったがそれもこの寒空の下ではこの上ないほどだった。
「ちょいと引っ越すことになったわ。」
「はぁ?いつ?何処へや?」
職人風の男はこともなさげに告げた。
「海外や。明後日やな。」
「すぐやんけ。なんで黙っとったんや?」
「まだ確定してなかったからな。まぁ、それで一回くらいは俺の趣味に付き合ってもらおうかと思ってな。最後になるかもしれんし。」
「最後とは大げさやな。でも急にどうしたんや?」
「向こうの社長が俺を気に入ってくれてな。で、世話になることにしたんや。」
「そうか。でもすぐ帰ってくるんやろ?」
「さぁ、どうやろなぁ。1年かもしれんし、10年かもしれん。ま、帰って来る時にはビッグになって帰ってくるわ。」
「儲かったらラーメンでも奢ってくれや。」
「おいおい。ケチ臭いこと言うなや。回らん寿司でもええんやで?」
そう職人風の男は虚勢を張って笑った。
「ま、あんま期待せんと待っとくわ。それまで店は続けといたるから帰ってきたら顔出せや。」
小洒落た男も憎まれ口を返す。
パチパチと音を立てて煌々と燃える火はその明かりを湖に反射しながら2人の男を照らし続けた。
いつまでも。いつまでも。燃え尽きて灰になるまで…