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エリシアをオレに惚れさせる作戦は、もうやめようと思う。
そもそも、オレは女慣れしていない。
そんなヤツが、意図的に女子のハートを掴もうなんて……無謀すぎた。
それよりも――彼女を、この世界の運命から解放したい。
決められた未来なんて、そんなものに囚われる必要はないんだ。
◆
月明かりに照らされた静寂の村。
人気のない道を、オレは足音を忍ばせながら歩いていた。
昨夜と同じく、教会の裏手に回り、小さな窓から中へと忍び込む。
祭壇の奥に設置された鉄格子の扉――鍵はやはり、かかっていなかった。
「……ノワールの仕業か」
昨日も思ったが、2日続けて司祭が鍵をかけ忘れるなんてあり得ない。
彼女が意図的に開けているのは明らかだった。
オレは静かに扉を押し開き、地下へと続く石階段を降りる。
足音が冷たい石壁に反響し、ひんやりとした空気が肌を刺す。
やがてたどり着いた地下室――その光景に、オレは息を呑んだ。
「これは……」
昨日、戦闘の余波でズタボロになっていたはずの床や壁が、まるで最初から何もなかったかのように修復されている。
散乱していた書物も、すべて元の位置に戻っていた。
「お前、こんなこともできるのか……?」
驚きの声を漏らした瞬間、不意に艶やかな声が響いた。
「あら、主じゃないの」
――ゾクリ。
その声音は、まるで甘美な毒のように耳をくすぐる。
闇の中から現れたのは、漆黒のドレスを纏い、紅い瞳をした妙齢の女性。
彼女――ノワールは、妖艶な笑みを浮かべながらこちらに歩み寄る。
「その"主"って呼ぶの、やめてくれないか? むず痒いんだよ」
「ふふっ、いいじゃない。私が男を認めるなんて、そうそう無いのよ?」
「いや、そういうの慣れてないんだよ……勘弁してくれ」
「そう……じゃあ、『あんた』って呼ぶことにするわね」
「……嫁にでもなったつもりなのか?」
「ふふっ、ご想像にお任せするわ」
彼女はくすくすと笑いながら、腰を下ろす。
オレも、ノワールと向かい合うように座ると、単刀直入に問いかけた。
「で、お前は結局何者なんだ? 本当に……ただの"悪魔"なのか?」
ノワールは、少し意地悪そうな笑みを浮かべる。
「私は『悪魔』として封印されてた……ってことになってるけど、実は違うのよ」
「……どういう意味だ?」
「私は一応、人間よ」
「お前が……?」
「ふふっ、信じられないかしら?」
「いや……だって、お前の魔力は明らかに常識外れだったぞ」
あの戦闘のとき、オレは肌で感じた。
ノワールの力は、人間のそれを遥かに超えていた。
オレが自分の力に目覚めていなかったら……おそらく瞬殺されていただろう。
「まあ、確かに『普通の人間』ではないわね。 でもね、この世界に『普通』なんてものは存在しないのよ?」
彼女は細い指を顎に添えながら、意味深に微笑んだ。
「昨日も話したけど、この世界には"決まった未来"があるわよね?」
「ああ、覚えてる」
ノワールの話を聞いて、オレはこの世界の違和感の正体に気づいた。
だからこそ――この未来を変えると決めた。
「つまりね、私はその『決まった未来』を壊せる存在なのよ。 だから、封印されたってわけ」
「……未来を壊せる?」
「ええ。 この世界は『神』――いいえ、『プログラム』のようなものが管理してるの。勇者が魔王を倒し、世界は平和になる……そのシナリオは絶対なのよ。もちろん、それを崩す存在は……排除される」
「……じゃあ、お前は『そのシナリオを壊せる』から封印されたのか?」
「ご名答!」
ノワールは楽しげに微笑んだ。
だが、オレの脳裏には不安がよぎる。
この世界には"決められた未来"が存在し、それを管理する何者かがいる。
そして――その管理者は、予定調和を乱す存在を"排除"する力を持っている。
――もしかすると、オレ自身も、その『管理者』にとっては異分子なのでは?
だが、だからこそ。
「ノワール、オレに協力してくれ」
「……あら? ずいぶんと素直に頼るのね」
「オレは、決まった未来なんてクソくらえだと思ってる。だから、この世界の『シナリオ』をぶっ壊す」
オレはノワールの紅い瞳を真っ直ぐに見つめた。
彼女はしばらくオレを見つめた後、ゆっくりと口角を上げる。
「……ふふっ、やっぱり面白いねぇ」
彼女の瞳に宿るのは、愉悦。
そして、何かを期待するような輝きだった。
「いい主と出会えて嬉しいわ」
ノワールは悪戯っぽく笑うと、ゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、あんたの『破壊』。ちょっと手伝ってあげようかしら?」
その瞬間――オレの中で、何かが確かに変わった気がした。
決められた未来なんて、知るか。
オレはオレの意志で、この世界を生きる。
そして、『この世界の運命』に縛られたヒロインを解き放つ――。
そのためなら、悪魔の力だって借りてやる。
◆
それから数日後――。
「レオン、大変だ!」
村の見張り役が血相を変えて駆け込んできた。
「勇者様が……村に来る!!」
「……は?」
一瞬、何を言われたのかわからず、思わず固まる。
勇者ユリウス。
彼は原作の流れでは、数年後にこの村を訪れるはずだった。
しかし、今はまだゲーム開始時期にすらなっていない。
――勇者の到来が、明らかに早すぎる。
まさか、オレが動いたことで"世界の筋書き"が狂い始めたのか……?
もしそうなら、これはただの偶然ではない。
オレがノワールを解放し、エリシアを救おうと決めたことで"決まった未来"が揺らぎ始めたんだ。
これは――『決められた未来』との、本格的な戦いの幕開けだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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