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 夜の闇に包まれた森を、2つの影が静かに進んでいく。


 ユリウスは前を歩くフードの人物を見据えながら、問いを投げかけた。


「……夢の中でレオンを倒すといったな。具体的にはどういうことだ?」


 フードの人物は振り返ることなく、落ち着いた声で答える。


「貴方が眠りにつけば、意識は神の力に導かれ、レオンの夢へと入り込みます。そこで彼を討って頂きます」


 ユリウスは無言で前を向いた。森の奥に、石造りの小さな祠が見えてきた。


「レオンはどんな夢を見ている?」


「彼にとって、最も安らげる夢です」


 フードの人物の声には確信があった。


「彼の心が求めるままの世界……争いのない日々、彼を慕う者たちに囲まれ、苦しみも迷いもない幸福な時間。目覚めようなどとは考えもしない、心地よい眠りの中にいるのです」


 ユリウスは眉を寄せた。レオンが望む世界……?


「そんな夢を見せられているのなら、なぜわざわざ討つ必要がある。レオンは目覚めないのだろう?」


「彼を確実に排除するためです」


 フードの人物は静かに言った。


「異物である彼にとって、神の力もまた異物。永遠に目覚めないとは言い切れません。ですが……甘い夢を見ている今ならば、確実に討てるでしょう」


 ユリウスは祠の入り口で足を止めた。


「……本当に、それでいいのか?」


「何か迷いが?」


「夢の中とはいえ……奇襲の真似事の様ではないか。正々堂々と戦うのが、勇者の役目ではないのか?」


「ええ、そうですね。ですが、今回は特別です」


 フードの人物は淡々と応じる。


「これは戦いではなく調律なのです。世界を歪める異分子を排除し、正しい未来へと導くための……」


 ユリウスは拳を握りしめた。どこか、釈然としないものを感じる。だが、それを言葉にすることはできなかった。

  


「レオンを夢の中で討てば、彼は二度と目覚めることありません」


「二度と……?」


「ええ。夢の中で死ぬこと、それは精神の死を意味します。精神の死んだ肉体は、動かぬ容れ物と同じ。さすれば神の力も完全な力を発揮するでしょう」


「……」


「世界を救うため、ユリウス様の力が必要なのです。勇者さま……どうか」


 フードの人物は懇願するように、ユリウスを見上げた。

 それはまるで、彼女の緑色の眼が、ユリウスの思考を上書きしようとするかのようだった。

 

「……わかった。では、どうすればいい?」


 フードの人物は微笑んだ気配を見せる。そして、祠の奥を指し示す。


「この奥に、神の力が宿る石があります。それに触れれば、ユリウス様の意識はレオンの夢へと繋がります」


 ユリウスは深く息を吸い込み、ゆっくりと祠の中へと足を踏み入れた。


 もう、そこに迷いは無かった。


 ◆

 

 オレは黒川さんから逃げるようにして走った。

 息が切れ、心臓が激しく脈を打つ。


「こないだのお兄さんじゃないですか?」


「き、君は……コンビニの黒ギャルちゃん?」


 道端で息を切らすオレに声をかけたのは、以前コンビニでぶつかった黒ギャルだった。


「私はそんな名前じゃありませんが……まあいいでしょう。ところで……どうしたんですか? とても急いでいるようですが」

 

 彼女の口調には優しさが滲んでいて、どこか安心感があった。


「ああ、色々あって大変で……。ところで、黒ギャルちゃんは、なんでこんなところに?」


「確か……私みたいな女性は夜遊びが激しいのでしたよね? なら、私がラブホテルの近くを歩いていても、おかしくないと思いますが……」


「まあ、そうなんだろうけど……」


 彼女の見た目は派手だが、清楚な雰囲気とどうにも噛み合わない。

 夜遊びするような人には思えなかった。

 

「お兄さんみたいな男性は私のタイプですし、一緒に休憩でもしましょうか?」


「……えっ?」


「悩みがあるなら膝枕して差し上げても良いんですよ? 私の膝の上で……心の内を打ち明けては如何です?」


 そう言って黒ギャルちゃんは、自分の太ももを指でなぞる。

 ほどよく肉付きの良い太ももに思わず目が釘付けになる。


「私の膝枕……気持ちいいと思いますよ?」

 

 細すぎず、適度に肉付きのいい……柔らかそうな――。

 ……だめだ!

 

「えっ、と……黒ギャルちゃん?」

 

「冗談です……」


 くすっと微笑んだ彼女は、ビニール袋から何を取り出す。


「はい、コーヒーです。そういう時は家でゆっくりして、頭を整理しするのが1番ですよ」


 黒ギャルちゃんの優しさに、オレは瀬川を忘れてしまいそうになった。 


 ◆

 

 家に帰ったオレは、テーブルに突っ伏していた。


「……一体何が起こってるんだ」


 かわいい瀬川が彼女になった。

 憧れの黒川さんに関係を持ちかけられた。

 黒ギャルちゃんの優しさに、心を持っていかれそうになった。


「一気に色々ありすぎだろ……」


 まるで『ギャルゲーの主人公』みたいな状況。

 今まで女っ気なんて皆無だったのに、突然モテ期が到来か?

 いや、さすがに不自然すぎる。


「……明日、黒川さんに会うのも怖いな」


 オレは頭を振り、黒ギャルちゃんから貰ったコーヒーをひと口。ほろ苦い風味が、少しだけ現実味を取り戻させる。


 ふと、テーブルの上に置かれたフィギュアに目が行った。


 躍動感あふれる元気な女の子。

 艶やかな色気を放つサキュバス。

 清楚で可憐なドレス姿のお姫様。


 1万円以上するフィギュアを三体も大人買い。

 ……けど、これ、なんのキャラだ?

 

 ていうか、そもそもフィギュアなんて買う趣味あったか?


「最近のオレ……なんか変だぞ」


 突如として襲う頭痛。走馬灯のように脳裏をよぎる、見知らぬ記憶。

 このフィギュアが欲しくなった理由も、妙に心を締めつける『アイツ』の存在も――全部、ぼんやりしている。


「はあ……本当に、1回病院行ったほうがいいかもしれないな」


 その時だった。


 ――ピカァッ……!


 首にかけたネックレスが、淡く光を放つ。


「な、なんだ……?」


 同時に、テーブルの上のフィギュアが――ぐにゃり、と形を変えていった。


 金髪ツインテールに、大きな緑色の瞳の少女。

 黒衣を纏い、紅い瞳を揺らす妖艶な女性。

 純白のドレスを優雅にまとい、金色の瞳が静かに輝く淑やかな美女。


 どこかで見たことがある……いや、違う。


 知っている。

 何よりも大切な、オレの――。


 「エリシア、ノワール……ヴェルゼリア!?」


 なんで忘れていた?

 なんで思い出せなかった?


 混乱する間もなく、オレの体が眩い光に包まれた。

 視界が揺れ、感覚が変わっていく――。


 水島としての体が、レオンへと戻っていく。

 そして、失われていた記憶も……!


 気がつくと、光は収まっていた。

 そうか……このネックレスについている短剣って――。

  

 すべてを思い出したオレは、拳を握る。


「オレは裁定者(アービター)を倒した後、何かに襲われて眠くなった……つまり、ここは夢の中か?」


 周囲を見渡す。


 この部屋は、レオンに転生する前――水島として生きていた頃に住んでいたアパートだ。


 つまり、この夢はオレの記憶を元に作られている……?


「早く、ここから抜け出せないと……」


 だが、その時――。


 ――ドォォン!!


 玄関の方から、ものすごい音が響いた。


「な……なんだ急に」


 オレは音のする方を振り返る。

 今の音は外からじゃない。完全に、この部屋で鳴ったものだ。


 何かを踏み砕くような音が続く。

 間違いなく、人が来る。


 それも、ただ者ではない。

 邪魔なものを退けるような音。いや、これは鎧の発する金属音か?

 

 誰かが来る。

 黒い靴が、コツリ、と床を踏んだ。


 現れたのは、闇の騎士――漆黒の鎧に、黒光りする剣を携えた男。

 

 この現代日本風の夢世界には、まるで馴染んでいない。

 明らかに浮いている。


 だが、男の顔を見た瞬間、オレは息を呑んだ。


「お前は……ユリウス?」


 見間違えるはずがない。

 金髪碧眼の勇者ユリウス――ただし、今までの勇者の面影は薄い。


 あの神々しさは微塵もない。

 氷のように冷たい眼差しと、深淵の闇を纏ったかのような雰囲気の別人だった。


 ユリウスは、オレを睨みつけ、忌々しげに吐き捨てる。


「フン……貴様、甘い罠にハマっていると聞いたが……まだ正気を保っているようだな」


「罠だって?」


「当たり前だ。お前は神に導かれ、永遠の夢に囚われるはずだった……だが、それすらも拒絶するか、レオン」


「お前こそ、だいぶ雰囲気が変わったんじゃないか。いつもの白銀の鎧と聖剣はどうした? その見た目、まるで闇の騎士だな」


「私は神から新たな力を授かったのだ。以前よりも……遥かに強力な力をな。聖剣はその力に呼応し、姿を変えて共にある」


 ユリウスは口角をつりあげて、嘲笑するかのように黒光りする剣の柄を撫でる。

 ……あの黒剣が聖剣だって?

 

「まるで闇落ちだな。精神も神に操作されてるんじゃないか?」


 最後に見た時のユリウスは、目に見えて落ち込んでいた。会話もままならないほどに。

 だが、今はどうだ。その表情は自信に満ち溢れ、狂気すら孕んでいる。


「神を愚弄するか……異物め。今、排除してやろう」


 ユリウスが剣を抜く。


 刀身が黒い……。

 

 黄金の輝きを纏っていた聖剣は、今や漆黒の刃と化し、今にも闇の奔流を噴き出しそうなほど、禍々しい黒を湛えている。

 

 同時に、ゾワリと背筋が凍りつく。


 ただの抜刀だけで、空気が歪んだように感じた。

 この夢世界でも現実でもユリウスの強さは変わらない……いや、むしろ研ぎ澄まされ、増しているとすら感じる。


 ――刹那。


 ユリウスの剣が唸る。


「っ!」


 オレは直感で飛び退き、紙一重で斬撃を躱す。


 次の瞬間――。


 ――ズバァァァン!!!


 振り下ろされた剣が、床ごとテーブルを両断する。

 缶コーヒーが宙を舞い、黒い液体が飛び散った。


「おいおい……部屋がめちゃくちゃだぞ」


 苦笑いしながら、オレはじりじりと後退する。

 ……ヤバい。戦うにしても、武器がない。


 ガタリ……!


 背中が窓枠にぶつかる。


 ……一旦、逃げるしかないな。


 ユリウスが次の一撃を放とうとした、その瞬間――。


「――っと!」


 オレは思い切り後ろへ飛び、窓ガラスを蹴り破った。


 ――ガシャァァン!!!


 夜の街の冷たい空気が、肌を切る。


「貴様……逃げるか!」


 ユリウスの怒声が響いた。

 だが、オレは地面を転がるように着地し、そのまま駆け出す。


 夜の街を息を切らしながら走りだす。


 しかし――。


「異物め……逃がすものか」


 その声とともに、背後から猛烈な殺気が迫る。


 振り返ると、ユリウスが躊躇なく窓を突き破り、こちらに向かって落下していた。


 ユリウスは……本気でオレを殺すつもりだ。

ユリウスさん登場です。

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