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「で、今日は何するんだ?」
オレはエリシアの後を追いながら尋ねた。
村の朝は早い。
周囲ではすでに農作業が始まり、空気は土と朝露の匂いで満ちている。
朝の静けさの中に、農具が土を掘る音、牛の鳴き声が響き渡る。
それがこの村の風景だ。
《エルデン村》は、森と湖に囲まれた小さな集落で、人口は100人ほど。
村の大部分は農作業を主としており、のんびりとした日常が流れている。
ただ、そののどかな村の中心には、どっしりとそびえる巨大な教会が存在し、まるでその存在が村全体を見守っているかのような不思議な雰囲気を醸し出していた。
「もちろん決まってるでしょ! 剣の訓練よ!」
エリシアは木剣を構え、意気揚々と答えた。
エリシアはこの村の中でも武術に長けた少女として名が通っている。
彼女は村の教会で学び、門番を務める父親から剣を教わっているのだ。
時折、父親からもっと褒められたくて、暇さえあれば自主的に訓練をしている。
その訓練にオレも付き合わされているというわけだ。
「……そうだったな。よし、やるか」
「まったく、どうしたのよ。まだ寝ぼけてるの?」
オレは木剣を受け取り、ブンっと少し振ってみる。
すると、何とも言えない馴染んだ感覚がする。
これは、一体何だろうか……。
そうか、この体の記憶か……。
転生したとはいえ、この体にはすでにいくつかの記憶が刻まれている。
そして、こうして毎朝エリシアと訓練を積み重ねてきた。
モブキャラの村人Aに過ぎないオレだが、毎日少しずつ訓練を続けていると、少なくとも振りかたくらいは身についていくのだろう。
「今日は五十本素振りから始めるわよ!」
「お、おう……」
エリシアから言われるままに素振りを始める。
「いち、に、さん……」
気のせいか、いつもより剣の振りが様になっているような気がする。
音にも力がこもっている。
まるで、ずっと剣を使ってきたかのような、そんな感覚。
まさか、こんなにすんなりと……できるものなのか?
その異変に気づいたのは、もちろんエリシアだった。
彼女が少し驚いた様子で声を上げる。
「ちょっと、レオン。今日はすごいじゃない。いきなりどうしたっていうの?」
「いや、いつも通りやってるはずなんだけど……」
オレは自分でも驚くほど、スムーズに剣を振り続けていた。
これはいったいどうしたというのか。
どこかで見た動きだ……。
まるで、ゲームをプレイしている時のような、自然で無理のない動き。
――そうだ、あのゲームだ。
『ブレイブ・オブ・グランディア』のキャラクターが使っていた動きとそっくりだ。
あのゲームでは、キャラクターが剣を使う際に『システムによるアシスト』が入る。
それを上手く活用することで、現実で剣の経験がなくても爽快な戦闘をすることが可能だった。
だが、オレのようにゲームをやり込んだ人間はそのアシストを超えることができる。
それは一部のプレイヤーのみが使える絶技と言われていた。
オレはシステムの枠を超える剣技を自在に使いこなすことができたのだ。
今、まさにその感覚で剣を操っている。
振った瞬間、剣へと力が乗り、オレの身体全体が反応する。
この感覚……まるでゲームのキャラクターになったようだ。
その一振り、一振りが、まるで自分の体に吸い込まれていくような感覚。
どんどんと、動きが滑らかになっていく。
試しに技を繋げていく。
縦斬り技の『穿つ刃』から、横斬り技である『鬼哭斬』へ。
最後は強烈な2連斬りである『旋風裂斬』へ連携させる。
――出来る。
ただの村人であるオレでも……。
エリシアの驚きの声が、すぐ横から響いた。
「レオン、すごくない!? まるで、剣を使い慣れてるみたいに見えるわ!」
その声に、オレは一瞬たじろいだものの、すぐに冷静を装いながら答えた。
「なにかきっかけを掴んだんじゃないかな? でも、こんなにできるとは思わなかったけど」
内心では、ゲームで培った経験がこの世界で活かせるという事実に驚き、どこか不思議な気持ちが湧き上がってきていた。
まるで、ゲームのキャラクターを操っているような感覚で、自分の体が動いている。
「本当にゲームみたいな世界だな……」
「えっ、なにか言った?」
「いや、なんでもない」
つい、思ったことを口にしてしまったことを少し後悔したが、この世界の人々は『ゲーム』なんてものを知らないだろう。
変なことを言うと、怪しまれるかもしれない。
これには気をつけなければいけない。
――もしかして、この世界には『ステータス』や『スキル』も存在しているのかもしれない。
オレはその可能性を考えてみたが、現時点でそれを確かめる方法はない。
ただひとつ分かっているのは、ゲームで培った知識や技術が、まるで実体験のように身体に染み込んでいることだ。
それが、今のオレにとっては大きな武器になりそうだと感じる。
これならば……勇者を超える強さを手に入れるのも夢じゃない。
◆
ゲームでのこの村は、「勇者がヒロインと出会う村」という設定だ。
悪役である村人A、つまりオレ以外は村の人々は温厚で平和そのものという感じの村。
だが——妙に違和感がある。
その違和感の正体は、やはり教会にある。
村の規模から考えると、異常とも言えるほどに立派なのだ。
いや、ゲームでもこの村の教会は大きかった。
でも、ここまで大きかっただろうか……。
ゲームと実物の違いはあるものの、それにしても異常な気がする。
この教会は、何かを隠すためにわざと大きく作られたのではないかと疑わざるを得ない。
まるで、何かを隠しているか、守っているかのような……。
その違和感を確かめるべく、オレは教会へと足を運んだ。
大きな木製の扉を開けて、中に入る。
まず目に飛び込んできたのは、奥に鎮座する女神をかたどった巨大な石像だ。
この世界では、女神が信仰の対象となっており、村人たちの守護神とされている。
女神像は、想像を超えるほど大きく、人間の倍以上の高さがある。
背中からは大きな翼が生えており、その意匠や圧倒的な大きさには、ゲームとまったく同じものを感じた。
しかし……。
周りを見渡してみると、ちょっとした違和感があった。
天井が非常に高く、広々とした室内には、礼拝者のための長椅子がきちんと並べられている。
壁際には多くのロウソクが灯され、静かな厳かな雰囲気が漂っている。
見た目には問題ない。
オレの気のせいだろうか。
一度、帰ろう。そう思ったが……。
その瞬間、背後から声がかかった。
「レオンじゃないですか。どうしましたか? そんなにキョロキョロして」
声の主は、村の司祭だった。
彼は白いローブに身を包み、優雅に近づいてきた。
その笑顔は温かいが、どこか不自然な気がする。
「……あ、司祭。ちょっと、教会が気になって」
オレはなんとなく言葉を濁す。
「気になる? 何か気づいたことが?」
司祭は少し首をかしげながら、オレを見つめる。
オレはその視線を少し避けるようにして、冷静を装いながら答えた。
「いや、まあ、教会が大きすぎるなって思っただけです。村にしては異常に立派だし、ちょっと違和感があったので……」
本当はもっと違和感を感じていたが、あまり話しすぎるのはまずい気がして、言葉を慎んだ。
司祭は少し驚いた顔をした後、しばらく黙って考えているようだった。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「それも無理はありませんね。実は、この教会には古くからの伝説が関係しているんです」
「伝説ですか?」
オレは興味を引かれた。
ゲームでは、この教会のことは特に深く掘り下げられていなかったからだ。
「はい。実は、この教会はただの信仰の場ではないのです。私たちが守っているのは、悪魔の封印の地でもあるのです」
「悪魔の封印……ですか?」
オレの心が一瞬、引っかかる。
ゲームでは、この村にそんな情報は一切出てこなかった。
『勇者がヒロインと出会う村』という設定だけだったはずだ。
悪魔の封印という話など……初めて聞く。
ネットでの情報はおろか『ブレイブ・オブ・グランディア』をやり込んだオレですら聞いたことがない。
それなのになぜ……この司祭はこんな話を知っているんだ。
「はい。実は、何世代にもわたって、この教会は悪魔の封印を守り続けてきた場所なんです。そして、その力は今も私たちの手の中にあります」
司祭は低く、慎重に語り続けた。
「ですが……時折その封印が弱まるタイミングがあるのです。その度に私たちが立ち上がり、守り続けなければならないのです」
オレはその話を聞いて、ますます違和感を覚えると同時に、この世界の予想外の深さに少し驚いた。
悪魔の封印。
そんな重要な情報が……どうしてこの村に存在するのだろうか。
こんな辺境の村に。
オレの感情などお構いなしに、司祭の話は続く。
「……これからも、その力を維持していくために、私たちは日々、祈りと修行を続けているのです」
「なるほど、そういうことでしたか」
オレは思わず答えるが、心の中では色々な疑問が渦巻いていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
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楽しめるように書いていきますので、よろしくお願いします。
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