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 裁定者(アービター)の体が崩れ落ち——光に包まれた。

 

 ホッとしたのもつかの間、空間が軋む。


「……っ、これは――!」


 ノワールの全身が総毛立つ。

 この感覚はただの魔法ではない。世界そのものが揺らぎ、存在の根底が覆るような圧力。


 ――何かが来る。


 黒い空間の裂け目が生まれた。そこから現れたのは、無機質な声。


『修正を開始する』


「……っ、また……!」

 

 裁定者を倒したのに、まだ終わらないというのか。

 神の干渉。世界の“運命”を定める絶対者。


『最も深刻なエラーを確認』

『優先処理を実行』


 裂け目の中心に浮かぶのは、レオン。

 ――いけない!


「あんた!」


 ノワールは駆け出した。

 

 レオンの身体が不自然に沈む。まるで重力が変化したかのように、動きが鈍る。


『対象の意識を再構成』


 光がレオンを包み込む。

 

「……ダメ……っ!」


 ノワールは手を伸ばした。

 神に干渉しようと、ありったけの闇の魔力を叩きつける。


 しかし、光は揺らぎすらしない。

 

 レオンの瞳が、ゆっくり閉じていく。

 

「起きてよ……あんた……!」


 彼の体が淡く揺らぎ、ゆっくりと沈んでいく。


「いや……ダメ……ダメよ!」


 掴めない。

 届かない。


「レオン!!」

「レオン様!!」


 ノワールの叫びに呼応するように、エリシアとヴェルゼリアの声も重なった。

 血相を変えて駆け寄ってくる2人。

 

「なによ! どうしたのよ!?」

「これは……眠っています。でも普通の眠りじゃない――」

  

 レオンは確かに生きている。

 だが、目を覚ますことはなかった。


 ◆


「レオン、起きないね……」


 エリシアが心配そうに呟く。


 レオンが眠りについてから、すでに三時間以上。

 呼吸はしているし、顔色も悪くない。だが、どれだけ揺すろうが、呼びかけようが、一切の反応を示さない。


 まるで、魂ごと囚われてしまったかのように――。


 ノワールは静かにレオンの寝顔を見つめながら、奥歯を噛みしめる。


 ――私がもっと早く、神の介入に気づいていれば。


「……あの時、あと少しでも早く動けていたら――」


 後悔が胸を焼く。

 裁定者を倒し、ほんの一瞬、気を緩めた。その隙を突かれたのだ。


 だが、確かに違和感はあった。

 裁定者が消える直前、まるで何かを報告するかのような、あの動き――。


 見過ごすべきじゃなかった。

 どんなに小さな異変でも、私は気づいていたはずなのに……。


「ノワール。貴方が気に病むことはありません」


 ヴェルゼリアがそっとノワールを見つめる。

 穏やかな声音。しかし、その瞳には確かな信頼が宿っていた。


「むしろ、誇るべきです。私たちの中で真っ先に動けたのは、ノワール、貴方だけでした」


「そ、そうよ……。私なんて……あの時、何もできなかった……」


 エリシアが悔しそうに拳を握る。


 ノワールは何も言わなかった。

 言えなかった。


 言葉で自分を誤魔化すことはできない。

 大切なのは、結果だ。


 レオンは、いまだに目を覚まさない。


「……それよりも、この状況をどうするか、ですね」


 ヴェルゼリアが話を戻し、エリシアも「そうよね……」と頷く。


「普通に眠っているわけじゃないのは、間違いないわ。強制的な睡眠……夢の中に囚われているんだと思う」

 ノワールが低く呟く。


「神の力ですから、普通の方法では目覚めないでしょう。レオン様が自力で夢を打ち破るか……あるいは――」


 ヴェルゼリアの静かな声が、部屋の空気を一層重くする。


「神に対抗できる、何かを見つけない限り……」


 ノワールは拳を握る。

 神に対抗できる何か。そんなものが本当にあるのか?


「このままでは……レオン様は永遠に目覚めることはないでしょう」

 ヴェルゼリアの黄金の瞳が揺れる。


「私たち……待つことしかできないの?」

 エリシアの声がかすかに震えた。小さな手がレオンの袖を握る。


 沈黙が落ちる。


 ノワールはゆっくりとレオンへと視線を向けた。

 穏やかな寝顔。しかし、まるで生気を感じない。

 このまま時間が経てば、衰弱し――やがて命を失うかもしれない。


 ――そんなことは、させない。させるものか。


 その時、ふとノワールの目に映るものがあった。


 レオンの腰にある、封印の短剣――。


 自分を封じていた、忌まわしき剣。

 だが、今は彼との繋がりの証。


 おそらくは――神の持ち物だったもの。

 集中すると、短剣から何かを感じる。


「これは……?」


 ノワールは短剣へと手を伸ばし、そっと触れる。

 指先に、冷たい金属の感触が伝わる。


 ――何かが、流れ込んでくるような感覚。


 彼との『絆』がそこにあるように感じた。


 もしかして――この短剣なら。


「どうしましたか?」


 ヴェルゼリアがノワールの様子を気にする。


 ノワールは静かに短剣を握りしめた。

 この剣は、封印の力を宿している。

 封印の力ではレオンを救うことはできない。


 だが、彼との絆をこの短剣を通じて感じることができる。

 ならやることは……。

 

 私は――『決まったこと』を壊すのが得意だ。


 シナリオの枠を超えて、この剣の力を書き換えればいい。

 レオンの助けになるように、短剣の能力を改変する……!!

 

 シナリオの外にあるものを壊すのは初めてだが――それでも。

 ……やるしかない。

 

 いや、やって見せる。彼を助けるために。


「2人とも、聞いて……。私はこれから、可能性に賭けてみる」


 ノワールは振り返り、力強く宣言する。


「うまくいくかはわからない。でも、やる価値はある」


 エリシアとヴェルゼリアが、真剣な表情でじっとノワールを見つめる。


「何を、するつもりよ?」


「神の力に介入する。しばらくは動けないかもしれない……あとは、お願い」


 彼女の決意に、2人が驚きの表情を浮かべる。

 だが、ノワールは迷わなかった。


 レオンを、想い人を必ず助け出す――。


 ◆


 けたたましいアラームで目を覚ます。

 AM六時半きっかりのタイマー。いつもの朝。


「ふぁあ……」


 見慣れた天井。

 シンプルな6畳のフローリング。

 変わり映えのない部屋。


 首元で、冷たい金属の感触。

 鎖を指でたぐると、そこには短剣のネックレスがあった。


 ……こんなの、持ってたか?


 一風変わった文様が刻まれた、鈍い光を放つ短剣のペンダント。

 ファッションとしては、あまり趣味がいいとは言えない。

 なのに、なぜか外す気になれない。


「これは……アイツとの絆、だから……」


 アイツ?

 誰のことを言っている?

 そもそも、このネックレス……どこで?


 喉元に違和感が残る。

 けれど、深く考える前に思考が霧散していく。


「それより、支度しないとな」


 窓のカーテンを開けると、都会の朝。

 手早く着替え、テレビをつける。


 朝食は取らない。

 ブラックのコーヒーを飲むだけ。


 ……久しぶりに飲んだ気がする。


 いや、違う。昨日も飲んだはずだ。

 毎日飲んでいるはずだ。


 まだ寝ぼけてるのか――。


「さて、会社に行くか」


 ◆


「水島くん、この資料、手直しお願い」


 水島くんとは……オレのことだ。

 

「了解です。すぐやります」


 職場の上司である黒川さんにすぐに答える。

 長い黒髪。

 仕事ができて、完璧な女性。


 ……さらりとした黒髪。

 妙に、惹かれる。


「さて、さっさと仕上げるか」


 黒川さんはオレが仕事をこなすと、微笑んでくれる。

 その顔が見たくて、オレは仕事に打ち込む。


 ◆


 会社帰り。

 街頭ビジョンのゲームCMに目が留まる。


 剣と魔法のRPG。

 ファンタジー世界で、魔王を倒し、勇者になる物語。


「へぇ、面白そうだな」


 剣を振るう男の姿に、なぜか指が疼く。


 オレは……剣技なら自信がある。

 自慢じゃないが、かなり練習してきた。


 ……ん? おかしい。

 剣道すら習ったことがないのに。練習?


「疲れてるのかもな」


 ◆


「瀬川絵里です! よろしくお願いします!」


 オレの部署に新人が入った。

 明るく、元気で、愛嬌のある女の子。


 ……どこかで見た気がする。

 思い出せない。


 女性の知り合いなんて、ほとんどいないのに。


 ◆


「先輩、これどうやるんですか?」


「ああ、これは……」


 オレは瀬川の指導係になり、話す機会が増えた。

 彼女はオレを尊敬するように、まっすぐな目で見つめる。


「すごいです! さすが先輩!」


 ――レ〇〇、すごくない!?

 まるで、剣を使い慣れてるみたいに見えるわ!


 ……誰の声だ?


 喉の奥に何かが引っかかる。


 オレの記憶なのか――。


 ◆


「先輩、今度の休み、買い物に付き合ってくれませんか?」


「えっ、オレ? 女の子の趣味とかわからないぞ?」


「いいんです、先輩と行きたいんです」


 休日の予定ができた。

 少し、楽しみになっている自分がいた。


 ――だけど、本当にこんなことをしていていいのか?


 何か、やらなきゃいけないことが……あったはずだ。


 思い出せない。

 霞がかかったように、記憶が遠ざかる。


「……ま、いっか」


 違和感はある。

 けれど、考える前に思考は霧のように消えていく。


 何も問題はない。


 ただ、オレの平凡な日常がここにあるだけだ。


 ◆


 夜飯を買った。

 カップラーメンとおにぎり2つ。

 それと、ロング缶のビール。


 コンビニを出たところで、誰かとぶつかる。


「……っ!」


「あっ、すみません」


 オレはよろめき、思わず尻餅をついてしまった。

 見上げると、女の人。


 褐色の肌に、白く脱色した髪。

 黒ギャル、ってやつか?


「余所見をしてしまったもので……お怪我はありませんでしたか?」


 丁寧な口調。

 立ち姿も、どこか優雅。


 ……黒ギャルって、こんな感じだったか?


「オレの方こそ、ごめん。キミは大丈夫か?」

「ええ、私の方は大丈夫ですわ」


 すごく……お淑やかだ。

 黒ギャルって、こんなに気品があるものなのか。

 知らなかった。

 

 さっき買ったビールの缶がへこんでいたのも、知らなかった。

前半はノワール視点です。

少し分かりにくかったでしょうか?

後半はレオンの夢の中です。


ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます!

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