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 裁定者(アービター)が呟いた瞬間——オレたちの動きが鈍くなる。まるで世界そのものが裁定者に味方しているかのような錯覚——否、これは錯覚じゃない。

 まさか……時間を操られているのか!?


「っ……なに、これ……!」


 エリシアが焦った声を上げる。彼女の長い金髪がゆっくりと揺れるのが、異常なまでにスローに感じる。


「面倒ねえ……そんな小細工、無意味よ」


 ノワールが艶然と微笑むと、指先を軽く弾いた。


「さあ、獲物よ。影豹の疾走(シャドウ・パンサー)……」


 瞬間、ノワールの影から黒豹が姿を現し、鋭く咆哮する。そのまま疾走しながら裁定者の周囲の空間を喰らい、歪められた時間を無理やり乱していく。


「さすがノワールです……私も加勢させて頂きましょう」


 ヴェルゼリアが優雅な足取りで前に出て、静かに指を弾いた。


魔王の威圧(ドミネイト)!」


 黒豹によってズタズタにされた空間が、ヴェルゼリアの魔法によって完全に弾け飛ぶ。


 これで奴の時間操作の影響は消えた——はずだった。


「……運命を歪める、か」


 裁定者の仮面の奥で、目が微かに光を帯びる。


「それは悪手よ」


 ノワールの指先が漆黒の魔力を帯び、妖しげに光る爪が伸びる。そのまま空間を裂くように飛び込み、裁定者の胸を抉った。


 裁定者の剣が即座にノワールを斬り返そうとするが——。


「させるかよっ!!!!」


 オレは迷わず剣を振り抜いた。


 裁定者の剣はおそらく魔力で構成されている。——ならば……オレの一撃でその核ごと断ち切る!


 『鬼哭斬!!』

 

 オレの選択した技は、水平方向へ剣を薙ぐ『鬼哭斬』。

 剣が空を切る音が、鬼の泣き声の様であることから名付けられた技。

 威力・スピード共に申し分ない剛剣技。


 ――ギャリィィン!


 ノワールを守るべく、オレの剣が裁定者の剣とぶつかる。

 

 だが、オレはそのもの剣を狙っているわけじゃない。

 その先の『核』を狙っている。

 

 お前の武器を……断ち切ってやる!

 あれが魔力で作られた剣なら、必ず斬れる。


「……っらあ!」


 次の瞬間、裁定者の剣が霧散する。

 だが、オレの剣も無事じゃない。

 かなりのダメージを受けている……。


「ふふっ、助かったわ。さすが主ね……」


 ノワールが妖艶に微笑み、奴からすかさず距離を取る。

 彼女の自慢である漆黒の爪にもヒビが入っていた。

 

 絶対防御が無くなったとしても、裁定者そのものが……とんでもなく硬い!!!


 このままじゃ、オレの剣は持たない。

 なにか打開策を考えないと。

 

「レオン!!」


 エリシアがオレの剣に聖なる光を込める。

 剣が光を帯び、次第に輝きを増していく!!

 

 ――エンチャント!?

 これならオレの剣も、まだ行ける!!


 だが、裁定者の体が揺らぎ、次の攻撃に移ろうとしている。

 

 ――まずい!

 

「まだか……エリシア!?」

「もう少し、待ってて!!」


 その時――。


「レオン様……私が時間を稼ぎます!」


 ヴェルゼリアが魔力を込めた拳を構えた。

 彼女の気迫がビリビリと伝わってくる。


「いきます……!! 魔王の一撃(デモンズ・インパクト)!!!」


 凄まじい衝撃。

 ヴェルゼリアの拳が裁定者の顔面を捉え、鈍い衝撃音と共に仮面がひび割れる。


「レオン、今っ!!!」


 エリシアがオレの肩を叩く。


「おう、待ってたぜ!」


 オレは全身の力を込め、地を蹴った。


 みんなのお膳立てを無駄にはしない!


 裁定者の懐へ一気に踏み込み、渾身の一撃をお見舞いする。

 刹那……雷が爆ぜる。


「——『雷光覇斬』!!!!」


 一撃の威力に特化した剣技だ。オレの持ち技の中では、もっと単発の火力が高い技。


 雷を纏った刃がバチバチと音を立てながら、裁定者の胴に食い込む!

 ジリジリと体を切り裂いていく。


 ――が。

 裁定者……やっぱり硬い!


「うぉぉぉぉ!」

 

 エリシアのエンチャントがあってもなお、この硬さ。


 足と腰の捻りを加えて、さらに技の威力を上げる。剣技システムのその先へ。技を昇華させろ!!


「いぃぃけぇぇぇ!!」

  

 勢いを増したオレの剣技が、裁定者を真っ2つに断ち切った。


「レオン!! すごい!」

「ふふ、やるじゃない……」

「レオン様さすがです……」


 裁定者の体が崩れ落ち——光に包まれていく。


「なんとか、斬れた……」


 裁定者を包む光りはどんどん増えていく。

 それは浄化のようにも、消滅のようにも見えた。


 「——判断完了」


 下半身を失った裁定者が呟くように言う。


「汝らは……修正不能……と……判……断…………」


 その言葉を最後に、裁定者の姿は光とともに掻き消えた。

 今まで感じていた"世界の圧力"が、わずかに薄らいだ気がした。


 しかし、それと同時に——不穏な予感が胸をよぎる。

 奴が消える直前の言葉……聞き取れなかったが、あれはオレたちに言ったのだろうか。


 ◆

 

 一方、その頃――。


 勇者ユリウスは神殿の奥深く、冷たい石の床に膝をついていた。

 薄暗い神殿の内部は、まるでユリウスの心を映したかのように静寂と絶望に満ちている。


 勇者の証である聖剣は、その黄金の輝きを放ち続けているものの、もはや本来の役目を果たすことは出来ない。かつて世界を救うと誓った剣が、今はただの鉄の塊に成り下がっている。


「……どうして、こんなことに……?」


 かつては揺るぎなかった信念が、今は脆く崩れかけていた。

 勇者としての力を失った今、彼は何者なのか?

 何のために戦うのか?


 いや、もう戦うことすら出来ない。

 答えの見えない迷宮に囚われ、もがき続けるしかないのか。


 そのとき――。


『ユリウスよ』


 神の声が響いた。

 低く、荘厳でありながらも、どこか冷たさを感じさせる声。


「はい……」


 ユリウスは反射的に頭を垂れた。

 彼が最も信じ、従うべき存在――神が語りかけているのだ。


『汝の使命は、世界を救うこと』


 その言葉に、ユリウスの指がわずかに震えた。

 使命――かつて誇りを持っていた言葉。

 今の彼には、その言葉が重くのしかかる。


「……しかし、私には……もう」


 かすれた声で応える。


『それは、お前のせいではない』


「……!!」


『異物によるものだ』


「……異物、ですか?」


『レオン・シュヴァルツ――汝の"役割"を奪いし者』


「……レオン、あの村の少年が?」


 ユリウスの脳裏に、レオンの姿が浮かぶ。


 巫女であるエリシアを自分に渡すまいと必死だった男。

 なぜか魔族からの信頼を得て、和平交渉の中心にいた。

 

 和平交渉か……。

 途中から話について行けず、成り行きを見守るしか無かった歯がゆさが蘇る。


 巫女であるエリシア、魔王ヴェルゼリア、そして生意気にも私に楯突いた……紅い目の妖艶な女。

 全員が彼に惹かれていた。

 勇者である自分を差し置いて……だ。


 勇者を支える役目の巫女が、自分以外の存在になびくなどあってはならない。

 だいたいエリシアは私に惚れていたはず……。

 

 ――否、違う。


 ユリウスは静かに息を呑んだ。

 本当に、気にしていたのはエリシアだけだったのか?


 いや――違う。


 私が本当に欲していたのは……あの黒フードの女、ノワール。

 

 彼女の紅い瞳は、闇の中でも際立つほどの妖艶な光を放っていた。

 冷たい態度、気まぐれな微笑み、それでいて、レオンには甘く蕩けるような視線を向ける。


 本来ならば……私にあの視線を向けるべきではなかったのか。


 ユリウスは拳を握りしめた。

 

 エリシアが巫女であるがゆえに、自分に仕える存在だと信じていた。

 だが、エリシアだけではない。

 

 ヴェルゼリアも、そして……ノワールさえも、レオンに惹かれている。

 あの2人も自分に仕えるべき存在では?


 なぜだ……?

 

 あの女の微笑みを見たとき、心の奥に何かが疼いた。

 ノワール……お前がレオンの隣にいるのは、間違っている。

 本来なら、私の役割のはずだ……。

 

 『汝は、役割を奪われた』

 

 ――あいつに……レオンに奪われた?


 自分の役割を奪ったと言われれば納得できる。

 なぜ今まで気づかなかったのか。


 『レオン、奴は世界の敵。すなわち異物』

 

 ユリウスは唇を噛む。

 レオンが"世界の敵"だというのなら――彼女たちは、なぜ彼を慕うのだ?

 

 ヴェルゼリアは、確かに強大な力を持つ存在だが、彼女は聡明で……魔族のくせに、決して無意味に人を傷つけるような者ではなかった。

 その彼女もレオンに心を奪われた。

 

 エリシアも、純粋に人々を救おうとする心を持っていたはずだ。

 巫女である彼女ですら、自分のもとを離れてレオンの側を選んだ。


 そしてなにより、あの紅い瞳の女――ノワール。

 彼女はレオンにだけ微笑む。

 本来なら、私に微笑むべきなのに――。


 ……だが、全てはレオンが持っていった――私から奪ったのだ。

 

 まるで……あの村で、異物だったのは――。


『ユリウス……迷うな』


 神の声が鋭く響く。


『汝は"勇者"である。世界を正しき形に導くのだ』


「……正しき形……」


 それは、神の意志による世界の秩序。

 神が定めた絶対のシナリオを不変とした、勇者が魔王を倒す物語。

 その絶対の法則では、勇者は世界を導く存在。


 ならば、レオンは……異物である彼は?


 神の意思に従えば、彼の存在はこの世界にとって――。

 

『ユリウスよ』


 再び、神の声が響く。


「はい……」


『汝の使命を全うせよ。レオンを――討て』


 その瞬間――。


 ユリウスの胸の奥に、黒い光が灯った。


 それは静かに広がり、彼の身体を蝕むように絡みつく。

 黒い炎のようなものが、指先から腕へと広がっていくのを感じた。

 さらに腕から肩へと、黒炎の侵食はとどまる様子がなく広がっていく。

 

 だが、不思議と熱くも痛くもない。

 むしろ……。


「……これは?」


『力だ』


 神は囁く。


『汝が使命を全うするために、我が力を与えたのだ』


 それは、かつて身に宿していたの神の加護とは明らかに異質なものだった。

 以前の加護が……聖なる力、光の代行者だとしたら――。

 新たに宿るのは――禍々しく、冷たく、それでいて抗いがたいほどの力。

 

 この暗く、黒い力に……我が身を委ねてもいいのか?

 

 こんこんと湧き上がる、恐ろしいほどの力。

 だが、これは勇者が手にして良い力なのか?


 本当に神の力なのか……。


 ――誰か、教えてくれ。

 

 ユリウスは頼みの綱である聖剣を握りしめた。

 だが、指から伸びた黒い炎は、黄金の光を放つ聖剣をも闇で覆い尽くしていく。


『汝が使命を果たせ』

 

 ……聖剣が黒く染まっていく。

 

 ――私は……レオンを倒……異物を……。

 …………あの女……ノワールを……この手に――。


 迷いの色を宿した瞳さえ、黒く染まりかけていた――。


勇者闇落ち!?


読んでいただき、ありがとうございます。

楽しく読んでもらえたでしょうか?

楽しめるように書いていきますので、よろしくお願いします。

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