16
エリシアとオレは、2人と合流した。
先ほどまでのやり取りが嘘のように、今は真剣な作戦会議の空気が流れている。
「まずは、神の存在を探る必要があるな」
オレがそう切り出すと、ノワールが退屈そうに唇を歪めた。
「あら、神様を探すなんて、まるで狂信者みたいじゃない?」
くすりと艶やかに笑いながら、彼女は長い黒髪を指先で弄ぶ。その仕草には余裕すら漂っていた。
「そもそも、見たこともない神様を……どうやって探すつもりなのかしら?」
「そ、それは……!」
エリシアが口ごもる。だがすぐに気を取り直し、強い口調で言った。
「でも、神の影響は確実にあるんだからっ! 勇者のこととか、運命の力とか……!」
「だけど、探すとなるとな……」
オレがため息をつくと、ヴェルゼリアは静かに微笑んだ。
「心配には及びません。神の影響はすでに顕著に表れ始めています」
「えっ?」
エリシアが驚いたように目を瞬かせる。
「どういうことだ?」
オレが問い返すと、ヴェルゼリアは優雅に瞳を細め、穏やかな声で言う。
「定められた運命が狂い始めた以上、神は次の一手を打つはずです」
その言葉に、ノワールがふふっと唇を吊り上げた。
「ふぅん……つまり、私たちはじっと待っていればいい、ってこと?」
ヴェルゼリアは静かに頷く。
「えぇ……まさに——」
その瞬間——。
空が裂けた。
轟音とともに眩い光が天から降り注ぐ。
それは柱のように膨れ上がり、やがてオレたちの目の前に形を成した。
「誰か……いる!?」
エリシアが目を見開く。
そこに、『それ』が立っていた。
白銀の鎧をまとい、顔を仮面で覆った白翼の存在。
まるで機械のように整然とした動作で、オレたちを見下ろしている。
「来ましたね……裁定者」
ヴェルゼリアが冷静な口調で呟いた。
「裁定者?」
オレが眉をひそめた瞬間、その存在は静かに口を開いた。
「レオン・シュヴァルツ、ノワール・ルーンハイト、エリシア・ルミエール、魔王ヴェルゼリア——」
名前を呼ばれた瞬間、背筋に氷の刃を突きつけられたような感覚が走る。
「!!!」
「汝らは『定められた運命』に背いた。よって、神の名のもとに裁きを下す」
ノワールは妖艶な笑みを浮かべながら、オレに小声で囁いた。
「……ねぇ、レオン。私たち、とっても悪いことしちゃったみたいよ?」
「オレには、あいつのほうが悪役みたいに見えるけどな」
「やっぱりあんた……おもしろい」
彼女はクスクスと楽しそうに笑うが、その爪にはすでに闇の魔力が宿っている。
オレはヴェルゼリアからプレゼントされた剣を握りしめ、彼女に確認する。
「こいつがオレたちの敵……神なのか!?」
ヴェルゼリアの黄金の瞳が静かに細められる。
「いいえ……裁定者は神そのものではありません」
「じゃあ、こいつは一体何なのよ!?」
エリシアが眉を吊り上げ、警戒を露わにする。
「裁定者は『世界の異変』を修正するための存在。いわば、『神の代行者』……『シナリオの監視者』です」
オレは息を呑んだ。
「……つまり、オレたちは『世界の異常』として認識されたってことか!!」
裁定者の仮面の奥から、冷徹な声が響く。
「誤りは修正される。運命は……神の意志のままに」
裁定者は剣を抜き、静かに構える。
「運命に逆らう者に――死を」
次の瞬間、裁定者の剣が閃いた。
「っ……!」
オレは反射的に跳び退く。だが、その軌道は空間そのものを歪めるように広がり、背後の大地を大きく裂いた。
「な、何だこの攻撃……!?」
珍しくノワールが迎撃体勢をとり、艶やかに微笑みながら低く呟いた。
「……これは、単なる物理攻撃じゃないわね。攻撃そのものを『システム』に干渉させているみたいね」
「どういうことだ?」
「この世界のルールそのものを変えるような力……まるで“管理者権限”のような感じかしら」
「そんなのズルじゃない!?」
不満げなエリシアに、ヴェルゼリアが静かに説明する。
「裁定者は“世界のバグ”を修正する存在。私たちは神の目から見れば“異常”……ですから、強制的に削除しようとしているのです」
その言葉の通り、裁定者は機械的に言葉を紡いだ。
「汝らの存在は、定められた“運命”に不要。世界のバランスを守るため——抹消する」
次の瞬間、裁定者の剣が光を帯びた。
「来るぞっ……!」
「破滅の閃光」
剣から放たれた光が直線状に走る。
オレは剣を構え、ギリギリのところでその一撃を受け流した。しかし、その攻撃は尋常じゃない重さを持っている。
「ぐっ……!」
全身に巨大な岩を叩きつけられたような衝撃が走り、腕がしびれる。
――こいつ……攻撃の威力が異常だ……!
これが……システムに干渉させた力!?
自分の剣を見ると、少し刃こぼれしている。
ヴェルゼリアにもらった剣じゃなきゃ……今ので折れていたかもしれない。
まともに受け続ければ、この剣もいずれ折られる。
そんなオレの横を、ふわりと黒い影が通り過ぎた。
「随分と荒っぽいじゃない。こんなことされたら、私の美しい肌に傷がついちゃうわ」
ノワールが艶然と微笑みながら前に出た。
「少しは優しくしてもらえるかしら?」
彼女が手をかざすと、闇の中から無数の黒い蝶が舞い上がる。
「闇蝶の舞」
蝶たちは魔力を帯び、裁定者の周囲を包み込んでいく。そのまま裁定者の身体に触れ……一気に爆ぜた。
だが——。
「無意味」
裁定者はまるで爆発すら存在しなかったかのように、剣を一閃する。
蝶たちの巻き起こした煙は一瞬で霧散した。
ノワールの攻撃は、奴にあっさりと無効化されたのだ。
「ちょっと……手強いわね」
ノワールは笑みを浮かべたままひらりと後退する。
——その瞬間。
「隙あり!!」
エリシアが一直線に駆け出した。
「聖撃の槍!!」
空間に展開された魔法陣から眩い光の槍が放たれた。それは鋭く伸び、裁定者の胸を貫かんとする——が。
「無駄」
裁定者はまったく動じることなく、剣をわずかに振っただけで光の槍を粉砕して見せた。
「なによ、あれっ……!?」
エリシアの瞳が見開かれる。
「汝らの力は、運命の理には届かぬ」
裁定者が剣を構え直し、エリシアへと刃を向ける。
「やばっ——」
だが、そのとき。
「魔王の盾!!」
赤黒い魔力が瞬時に展開し、裁定者の剣を阻んだ。
ヴェルゼリアの魔法が、エリシアを守る。
「エリシア、無茶をしないでください」
「ありがとう……ヴェルゼリア」
ヴェルゼリアは静かにエリシアの前に立つ。
「裁定者は、あらゆる干渉を拒絶する“神の代行者”。単純な攻撃では傷すらつかない……ですが——」
彼女は黄金の瞳を細める。
「世界の“法則”に干渉するなら、同じ領域に手を伸ばせばいいのです」
その言葉と同時に、ヴェルゼリアの周囲に黒い魔法陣が幾重にも展開された。
「……私が、何も対策を考えていなかったと思いますか?」
ヴェルゼリアの魔力が――爆発的に膨れ上がっていく!!!
「へえ、ヴェルゼリア……やるわね」
ノワールが感心したように息をのむ。
「魔王の領域!!」
赤黒いの波動が大地を覆い、裁定者を飲み込んだ。
「……この力は……?」
この戦闘で初めて、裁定者がわずかに動きを止めた。
「すごい……!!!」
エリシアが驚きの声を上げる。
「ヴェルゼリア、何をしたんだ!?」
オレが叫ぶと、ヴェルゼリアは静かに答えた。
「神が作り出した法則を、一時的に無効化しました」
「なんだって……?」
「この空間では、神の加護による無敵性は失われます。これで……届くはずです」
「……すげえ。これで、あいつを普通に斬れるってことか……!」
期待に震える腕で剣を握り直すオレの前で、裁定者は静かに顔を上げる。
「ならば、神は……これを許さぬ」
次の瞬間——。
裁定者の体が揺らぎ、仮面が黄金に輝く。
同時に、周囲の空気が歪んだ——。
「運命の逆転……」
裁定者の機械的な声が不気味に響いた。