11
「……ヴェルゼリア、お前は何を考えている?」
オレは慎重に問いかけた。
目の前に立つ魔王ヴェルゼリア――人類の敵としてもっとも恐れられた存在。
歴代最強の魔王と謳われる彼女は、圧倒的な魔力を放ちながらも、どこか穏やかで、優雅な佇まいを崩さない。
その姿はとても悪とは結びつかない。
まるで……清廉な淑女を相手にしているような感じすらある。
だが、決して油断はできない。
魔王に今のところ敵意は無い。
オレたちに和平と協力を求めてきているくらいだ。
とはいえ、オレの知らない情報を持っているのは確かだ……。
彼女の真意を探るべく、オレはじっとその黄金の瞳を見据えた。
ヴェルゼリアはゆっくりと微笑む。
「さきほどゼルヴァから聞いたと思いますが……私が求めているのは皆さんとの『共存』です」
彼女の言葉が響いた瞬間、静寂が広場を支配した。
誰もが息を呑み、ただ魔王ヴェルゼリアを見つめる。
てっきり、ゼルヴァ個人の意見かと思ったが、本当に魔王の意思だったとは。
魔族が人間と共存を望んでいる。
これをそのまま信じて良いのだろうか。
だが、本当ならば未来は確実に変わる。
村人たちの間に広がるざわめきが、冷たい風に乗って耳を打つ。
誰もが信じられないという顔をしていた。
恐怖、疑念、そしてわずかな希望が入り混じった声が、低く響いていた。
「……どういうことだ?」
オレが問い返すと、ヴェルゼリアはゆっくりとした動作で口元に指を添え、微笑んだ。
「私は以前、魔族と人間の争いを止めようとしました。しかし——この世界の"神"がそれを許さなかったのです」
夜のひんやりとした空気が頬を撫でる。
「……神が?」
オレの問いに、ヴェルゼリアは静かに頷く。
「この世界は"プログラム"によって管理されています。そして、そのプログラムは、勇者が勝ち、魔王が滅びるという不変のシナリオを定めているのです」
その言葉に、オレは息を呑んだ。
——ヴェルゼリアも、この世界の仕組みを知っている。
それが意味するのは、この"運命"に抗おうとしているのがオレだけではない、ということ。
「……つまり、あんたも神に逆らうつもりなのね?」
ノワールは豊かな胸の前で腕を組み、紅い瞳でヴェルゼリアを睨む。その眼光はいつになく鋭い。
「ええ。そのおかげで……私は最近まで封印されていたわけですが」
ヴェルゼリアは涼しげに答えた。
「……封印?」
オレは眉をひそめる。
「この世界の理を乱す者は、排除される運命にあるのです。……確か、同じ目に遭った方がいると記憶していますけれど?」
ヴェルゼリアの視線がノワールに向けられる。
「あら……どこかで聞いたような話ね」
ノワールは鼻で笑いながらも、警戒の色を隠さなかった。
——ヴェルゼリアが神に封印されていただって?
ならノワールも……神に封印されていたってことか?
まるでこの世界の"シナリオ"にとって、彼女たちは異物だったとでも言うような話だ。
「でも、和平交渉ならこの国の王とするべきじゃないのか?」
オレが疑問をぶつけると、ヴェルゼリアは「ふふ」と小さく笑った。
「王……ですか」
「当然だろ? この国の代表はオレじゃない。王なんだ。話をつけるなら、まずは——」
「その王が、神の傀儡だとしたら……どうです?」
ヴェルゼリアの声が静かに響いた。
「……何?」
「私は、かつてこの国の王と和平を結ぼうとしました。しかし、彼は私を裏切ったのです。そして私は封印されたのです……神の意志によって」
彼女の黄金の瞳が、淡く冷たい光を宿す。
「途中まで協力的だった王が、なぜ裏切ったのか。当時の私にはわかりませんでした。……私は封印されている間に理由を考えていました」
「……」
「神がシナリオを守るために、この世界の運命を操るのなら——王もまた、神の操り人形である可能性があるのです」
風が、微かに冷たくなった気がした。
「ですから、王は信用できません。私はあなたに頼ることにしたのです。レオン様」
ヴェルゼリアは一歩、オレに近づく。
「あなたは、この世界の運命を変える力を持っています……そこの彼女と同じか、あるいはそれ以上に」
ヴェルゼリアはちらりとノワールを見た後で、オレに向き直った。
「……さっきも言っていたが、どういう意味なんだ?」
「あなたの周りの“決められた結末”は崩れかけています。それは、レオン様の働きかけによるものですよね?」
ヴェルゼリアの視線は、優しいものだったが力強さを感じさせる。
「私は『運命』という鎖に、黙って縛られるつもりはありません。それにはレオン様の力が必要なのです。それに……」
ヴェルゼリアは言葉を切り、オレをじっと見つめる。
黄金の瞳が静かに揺れる。
――なんだ?
「私は、レオン様に心を奪われてしまいした」
――!?
広場にいた全員が、まるで時間が止まったかのように凍りついた。
「……は?」
オレは思わず聞き返す。
ヴェルゼリアの真剣な眼差しに、一瞬思考が追いつかなくなる。
「ちょっと!? それって、どういう意味!?」
ノワールが最大限の警戒を取る。
心を奪われた、だって?
今までの会話から察するに、彼女は賢い人物だ。
おそらく、言葉通りの意味じゃない。
つまり、オレの何かが、魔族の王であるヴェルゼリアの気を引いたということ。
オレが神に目をつけられているという暗示か……それとも――。
まさか、オレを神への生贄として差し出そうとでも言うのか?
ゲームにおける魔族の狡猾さを思い出して、身構える。
ヴェルゼリアの清楚な雰囲気で忘れかけていたが、相手は魔族。
しかも最強最悪の魔王だ。
彼女……本当は何を欲しているんだ。
「レオン……」
勇者の隣にいたエリシアも、息を呑んでオレを見つめていた。
ヴェルゼリアは、あくまで冷静なまま、しなやかに微笑む。
「安心してください。言葉通りの意味ですよ」
オレをじっと見つめる黄金の瞳は、どこか愉しげで、それでいて真剣だった。
「レオン様はこの世界の常識にとらわれず、真実を見抜こうとする。そして、どんな相手にも手を差し伸べる優しさもある……そんな姿に、私は心を動かされました」
——マジで??
それって、普通に惚れたっていう話になるのか?
冗談みたいな話だが、ヴェルゼリアの目は本気だ。
オレが何も言えずにいると、彼女は静かに一歩踏み出した。
黄金の瞳でオレをまっすぐに見つめながら言う。
「レオン様、どうか私と共に『神』に抗ってください」
彼女の声は静かで、だが確かにこの場の空気を支配していた。
「……」
オレはしばし黙考する。
ヴェルゼリアは確かに危険な存在だ。
けれど、彼女の言うことには理がある——何より、敵に回すほうが遥かに危険だ。
そして、オレ自身も『運命』とやらに従うつもりはない。
「……わかった」
そう言った瞬間、ヴェルゼリアの表情がふわりと緩んだ。
「ふふ……嬉しいです」
彼女はすっと距離を詰め、オレの手を取る。
その仕草は優雅で、そしてどこか……甘美だった。
「ちょ、ちょっと!?」
エリシアが慌てて間に入ってくる。
……?
違和感があった。
エリシアは運命によって洗脳にも近い操作を受けていたはずだ。
それに、勇者ユリウスがすぐそばにいるのに……まるで昔に戻ったような振る舞いをしている。
「レオンは……私のっ!!」
エリシアの叫びに、ヴェルゼリアはくすりと微笑む。
「あなたも彼に惹かれているのですね?」
「べ、別に……!」
エリシアは顔を赤くしてうつむく。
「……彼女、運命の影響が薄れてきているわね」
ノワールがそっと耳打ちしてくる。
――なるほど……そういうことか。
オレたちがシナリオをぶっ壊したせいで、運命の力が弱まってきているのだ。
エリシアの……自分の意志が戻りつつある!
それは、『彼女を運命から開放する』という、オレの目標を達成したようなものだ。
素直に嬉しかった。
だが——。
「もしかして、そこのあなたも彼に惹かれているのですか?」
ヴェルゼリアがノワールへと視線を向けた。
すると、ノワールは挑発的な笑みを浮かべる。
「そうだと言ったら……どうするつもりかしら?」
「ちょっと! ノワールさんまでっ!?」
エリシアが慌てるが、ノワールは楽しげに肩をすくめる。
「ふふ……これは、なかなか面白いですわね」
ヴェルゼリアはくすくすと笑いながら、ノワールとエリシアを見比べた。
気がつけば、オレを置いて女3人の戦いが始まっていた。
――どうしてこうなった。
オレは苦笑しながら、ふとノワールに目をやる。
彼女はどこか楽しげに腕を組み、しなやかな仕草でオレの方を振り返った。
そして、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、軽くオレの肩を叩く。
「まったく……あんた、どんだけ女にモテるのよ」
「いや、お前は……ふざけてるだけだろ?」
「そうでもない……と言ったら?」
ノワールの言葉に、思わず息を呑んだ。
まさか……いつもの冗談だろ?
そう思いたいのに、彼女の微笑みには妙な色気と説得力があった。
ノワールとは、さんざんやり取りしてきた軽口のはずなのに……。
なぜか心臓が妙なリズムを刻みだす。
「……実は、本気だったりして」
いつもの妖艶さを抑えた、さらりとした声なのに。
やけに心に引っかかる。
「だから、からかうなって……」
……落ち着け。
これはノワールが見せる、いつもの気まぐれだ。
普段なら軽く流せるはずなのに、なぜか今回はうまく誤魔化せない。
なんだ、この変な感じは――。
——こうして、オレたちは魔族と和平を結び『神』に抗うための同盟を結んだ。
だが、最後にノワールが見せたあの悪戯っぽい表情が……やけに脳裏に焼きついて離れなかった。
新たな戦いが始まるというのに、しっかりしろ……オレ。
ハーレムルート突入!
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