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 重くなった空気を入れ替えるように、風が広場を吹き抜けていく。


「レオン、お前なら分かるだろう?」


 低く響く声が、オレの名を呼んだ。


 ハッとしてゼルヴァを見る。

 銀色の髪を揺らしながら、鋭い黄金の瞳がじっとオレを見据えていた。


 ——なぜ、オレの名前を知っている!?


 戦場でもないのに、心臓が跳ねるほどの緊張感が走る。

 だが、オレの隣でノワールは何の動揺もなく、ただ静かに微笑んでいた。


 つまり、これはノワールの仕業——か。


 オレがちらりと横目で彼女を見やると、ノワールは軽く頷いた。

 それが、答えなのだろう。


「我々と人間は戦う必要がない。平和に共存できる道を探すべきだ」


 ゼルヴァが静かに言った。


 しん……と、村の空気が凍りつく。


 誰もがゼルヴァとオレのやり取りを見つめていた。


 篝火がぱちぱちと爆ぜる音が、やけに大きく聞こえる。

 夜風が草木を揺らし、冷たい空気が肌を撫でた。


 オレは、ゼルヴァの黄金の瞳をじっと見つめた。

 

 真摯な目だ。

 そこに、嘘はないと思う。


 本気で和平を望んでいる。


「……話を聞かせてくれ」


 オレは静かに息を吐き、そう答えた。


 ——こうして、オレと魔王軍の和平交渉が始まった。

 

 ◆

 

 村の中央広場。


 篝火が赤くゆらめき、暗闇を照らしていた。

 怯えた村人たちが、広場の隅に身を寄せ合いながら息を潜めている。


 魔王軍の第四軍師——ゼルヴァが、悠然と腰を下ろした。


「さて、レオン……お前がこの村の代表として話を聞くのか?」


 静まり返った広場に、低く響く声。

 その余裕ある口調とは裏腹に、ゼルヴァの瞳は鋭く、すべてを見通すかのようだった。


 長老がオレを見て、静かに頷く。

 

 ――うん、そうだな。

 この場にいる誰よりも、オレが魔族について知っているのは間違いない。

 それに、相手もオレを指名してきたのだ。

 ここで断ったら話が拗れそうだ。


「……代表ってわけじゃないが、オレが一番事情を分かってると思う」


 オレは短く答えた。

 

 魔族と直に交渉できる。こんなことは通常起こり得ない。

 またとないチャンスだ。

 

 横には、この事態を作り出した張本人であるノワールがいる。

 さすがに空気を読んで黙っているが、その顔は愉悦を隠しきれていない。


 彼女は……この状況を楽しんでいる!

 

 ノワールの助けが期待できない以上、この場はオレの行動にかかっている。

 

 ゼルヴァはオレの答えを聞き、微かに笑う。


「いいだろう。我々は無用な争いを避けたい。だが、人間側が受け入れないのであれば、従来通り戦争を続けるしかない」


「ふざけるな!!!」


 激昂した声が、夜の静寂を裂いた。

 ユリウスだ。


 彼の拳が震え、聖剣を握る手に力がこもる。

 だが、その剣は……もう魔族には通用しない。

 

 そんなことは、彼自身が一番よく分かっているはずだが……。

 それでも——手放すことはできないのだろう。

 彼は、自分の無力さにも腹を立てているのかもしれない。


「魔族は人間の敵だ! 私は勇者として、お前たちを滅ぼすためにここにいるんだ!!」


「勇者様……」


 エリシアがユリウスに声を掛けるが、彼女の言葉には力がこもっていない。

 最近の彼女には珍しい、諦めたような、憐れむような声色だった。


 だが、ユリウスの瞳には怒りと使命感が宿っていた。

 いや——そう見せかけているのかもしれない。

 そうしないと、彼の精神は折れてしまうだろう。


 ゼルヴァは、そんなユリウスをじっと見つめ、ふと問いかけた。


「勇者ユリウス……お前は何者だ?」


「……なんだと?」


 ユリウスの眉がぴくりと動く。


「人間の英雄か、それとも——神の駒か?」


 ひときわ強い風が吹き、篝火の炎が大きく揺れる。

 それにつられてかユリウスの表情が、一瞬だけ強張った。


「神の駒だと……?」


 ——こいつ、核心を突きすぎていないか?


 もしかして、ユリウスが『誰かの意志』で動かされている可能性を……。

 ゼルヴァ——いや、魔族サイドはすでに気づいているのか?


「お前に意思はあるのか?」


 ゼルヴァの問いに、ユリウスは答えなかった。


 苦々しい顔で剣を握りしめ、そのままじっとオレを見据える。

 揺らぐ明かりに照らされた彼の表情は鋭い。


「レオン……お前は何を考えている?」


 静まり返る広場――。


「オレは——村を……世界を守るための選択をする」


 ユリウスが目を見開いた。


「なんだと!? それじゃあ、魔族と組むというのか!?」


 彼の声には、困惑と怒りが入り混じっていた。

 まるで、理解できないものを前にしたかのように。


 一方、ゼルヴァは冷静だった。

 オレを試すような目で、じっと観察している。


「必要ならそうするさ」


 オレは肩をすくめる。


「もっとも、この状況じゃ、選択肢はなさそうだけどな」


 ユリウスの拳が震えている。

 だが、言い返してこなかった。

 それが、何よりの答え。

 彼もわかっているのだ。納得できないだけで……。


 ゼルヴァが小さく笑う。


「ふっ……レオン。お前は、我が見込んだ通りの男のようだ」


 魔族と人間が手を組む。

 それは……この世界では、絶対にありえないこと。


 村中の視線がオレに集中するのが、肌でわかる。

 皆が息をのんでいる。


 ——だが、そんな静寂を破るように、ゼルヴァが指を鳴らした。


「では、次の一手を打たせてもらおう」


 その瞬間——冷たい風が吹き抜けた。


 いや、違う。

 これは風じゃない。……魔力だ。


 強大な魔力を持った『何か』が近づいている。


「……!」


 体が硬直する。

 ノワールも、警戒するように視線を上げた。


「へえ……楽しめそうな奴が来たみたいだね」


「ノワール。お前とどっちが強い?」


 オレの問いに、ノワールは小さく息をつく。


「さあ? どっちかしらね」


 彼女らしい、曖昧な答え。

 だが、その声には珍しく緊張が滲んでいた。


 つまり……悪魔と呼ばれたノワールと、同等レベルの実力者。


 この世界に、そんな存在が他にもいるという事実に驚きを隠せない。


 圧倒的な"力"が近づいてくる。

 まるで、空気そのものが重くなったような錯覚を覚える。


 まるで、見えない鎖が村全体を締めつけるかのよう——。


 村の入り口に"それ"は現れた。


 純白のドレスを纏い、夜闇に映える金色の瞳。

 長く流れる白銀の髪が、風にはためいている。


 月の光を受け、幻想的な輝きを放つその姿は静謐な美しさを備えている。

 まるで、この世のものではないかのような。


 彼女は、ゆっくりと微笑んだ。


「皆さん、ごきげんよう」


 その声音は甘く、そして冷ややかだった。


 心臓を掴まれるような感覚が広場全体に広がる。


「……」


 誰も、言葉を発せない。


「我らが魔王、ヴェルゼリア様だ……」


 ゼルヴァが立ち上がり、一歩下がる。


「ここからは、ヴェルゼリア様に話を進めていただく」

 

「どうも、魔王を努めているヴェルゼリアです。皆さん、どうぞ気を楽にしてください」


 ヴェルゼリアは、オレの方へとゆっくりと歩み寄る。

 その一歩ごとに、村人たちは息を詰まらせ、ユリウスは剣の柄を強く握った。


「レオン様、ご無沙汰しております」


 まるで貴族の令嬢が舞踏会で挨拶を交わすように、優雅に頭を下げる。


「えっ……?」


 村人たちは驚きの声を上げた。


「な、なんでレオンが魔王と知り合いなんだ……!?」


 ユリウスの視線も鋭さを増す。


「説明しろ、レオン!!」


「……正確には『知り合い』じゃない」


 オレはヴェルゼリアをじっと見つめた。

 

 初対面の奴がオレの名を知っていても、2回目となると驚かないが……。

 ヴェルゼリアの名前には驚きを隠せなかった。


 ――この世の理をここまでぶっ壊したか……ノワール。

 

 この魔王ヴェルゼリアは、本来ならゲームのストーリーでも『絶対に登場しない』存在。

 裏設定にしかその名を残していない、歴代最強の魔王……ヴェルゼリア。

 厄災そのものと言われた魔王が……圧倒的な威圧感を放ち、目の前にいる。


 ヴェルゼリアは微笑を浮かべたまま、言う。


「レオン様、あなたにお願いがあります」


「お願い?」


「この世界を、本当の意味で"自由"にしていただきたいのです」


 オレは息を呑んだ。


「自由って……?」


 ヴェルゼリアの金色の瞳が容赦なくオレを射抜く。


「あなたはもう気づいているはずです。この世界は"神"によって作られたプログラム。勇者はそのシナリオをなぞるための"駒"」


「!!!」


 村人たちが騒然とする。


 ユリウスも顔を歪め、オレを睨んだ。


「おい……!! それ以上は――」

「大丈夫です」

「だが……」


 オレはヴェルゼリアの言葉に確信を抱き始めていた。


 ――こいつも……オレやノワールと同じく、こっち側ってわけか。

 

 この世界で暮らす普通の奴らなら『プログラム』なんて言葉は絶対に出てこない。

 そんな単語を知っているはずがないのだ。


 ヴェルゼリアはオレに近寄り、そっと手を取ってくる。

 彼女の体温が……重ねられた手からじんわりと伝わってきた。


 途端、隣りにいるノワールから急に圧力を感じる。

 だが……ヴェルゼリアはその圧力を感じないのか、余裕の態度を崩さない。


 そしてオレにだけ聞こえるように、吐息の様な声を耳元で囁いてきた。


「レオン様、あなたは"この世界の運命を変える力"を持っています」


 ――今なんて言った?


 彼女の瞳が、オレを映して揺れている。

 熱のこもった真剣な眼差し。

 

 純真な少女にしか見えないこの魔王は、一体何を知っている?

 世界の運命を変える力……ノワールだけじゃなく、オレにもあるというのか?


「どうか……私たちに協力していただけませんか?」


 ——その問いは、この世界の"真実"への扉を開く鍵となるのかもしれない。


 

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