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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第三章

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第九十八話 店主との戯れ


「へー? じゃあ今度彰人は一泊二日の旅行に行くってわけなんだ」

「旅行……って感じでもないですけどね。あくまで名目は宿泊研修なわけですし」

「それでも旅行は旅行でしょ。いいなー、高校生の宿泊行事……私もそんな青春みたいなことをしてみたーい!」

「…何言ってるんですか、佳奈さん。まだあなたも全然若いんだからやろうと思えばできるでしょ」


 来たる宿泊研修に向けた持ち物を航生ともある程度見繕い終えた彰人は、向こうと別れた後でバイト先でもある近所の喫茶店にて店主の佳奈と会話を交わしていた。

 そんな会話の中で、相変わらず面白い話題がないかと無茶ぶりをしてくる佳奈に対して自分たちが今度泊まりの行事をしてくるということを教えていたのだ。


 …そうすれば、どうしてか羨ましそうに声を上げる佳奈の発言に対して彰人の方が呆れた感情を見せてしまう。


「そりゃあね……やろうと思えば出来るのよ。やろうと思えば」

「…なら、何でやらないんですか?」

「……だって! 私の近くにいる友達って一緒に泊まってくれないんだもの! たまにそれとなく誘ってみてもすぐに断るのよ!?」

「あー……確かに、それだと行けないですね…」

「そうでしょう!? 一人で行ったって面白くないし……いえ、考えようによっては旅行先で新たな出会いが見つかる可能性も…?」


 こちらを羨ましがるくらいならばそちらでも旅行に行ってみればいい。

 そう気安く口にした彰人に対して、佳奈が悔し気に発した言葉に……彼はどのような返事をしたらよいのか分からなかった。


 佳奈本人としてはどこかに泊りがけの外出をしてみたいという気持ちは持っていたようだが、それを実行できない要因は彼女本人ではなく外部にあったらしい。

 運悪く……と言うべきかどうかも定かではないが、彼女の知人友人は佳奈と泊まりの外出というものを歓迎されていないらしい。


 それは別に仲が悪いだとかそういったわけではなく、単にその友人たちが泊まりでの旅行を好んでいないからというだけのようだが……断られている側としてはどちらでも同じことである。


「……ふむ、悪くないわね。見知らぬ土地、慣れない環境。そこで新しく出会う……美しい()()との邂逅! …むしろアリかも」

「…相変わらず、その嗜好は変わってない様子で」

「それはそうよ。美少女、あるいは美女と出会うことが私の生きがいみたいなものだからね。…ところで、最近彰人の知り合いに可愛い子とかいない? 良かったら紹介してくれると嬉しいんだけど」

「いませんよ。…というより、いたとしても紹介しませんし」

「えぇ!? 何でよ!?」


 …ただ、その後に続けられた発言さえ無ければ本当に完璧だった。

 一目見ただけでも目線が釘付けにされそうな完璧な容姿に加え、一つ一つの仕草にまるで洗練されたかのような上品さすら漂わせている佳奈。


 普段の私生活からして周囲の男を惹き付けてやまない圧倒的な魅力を振りまき、その美貌ゆえに手玉に取る男には困らないだろうと本能で理解させてくる彼女だ。

 …しかし、そんな佳奈にとってはそんなことは些事どころか興味すら湧かない他人事に過ぎない。


 何故ならば……佳奈はどちらかと言えば異性の男ではなく、同性の女に対してのみ好意を抱くという嗜好を有しているからだ。

 今となっては当たり前の事実として受け入れている事柄であるが、やはり時間が経とうともその考え方が変わるような事態には陥らなかったらしい。


 …本当に、その特徴さえ無ければどこに出ようとも非の打ちどころがない完璧な女性として振る舞えただろうにと惜しく思う心が無いわけでも無いが、第三者からそのようなことを言われたって佳奈もいい気分はしないだろう。

 張本人がそれで納得しているのだから今更周りがとやかく言ったところで、それは大きなお世話に他ならない。


 欲を言えば……あと少しだけその欲望を抑え込む努力をしてくれたら嬉しいところだったのだが、そこまで言うのは望みすぎというものだ。


「彰人が酷い……最近は朱音ちゃんとか優奈ちゃんを連れてきてくれたりもしないし、美少女に飢えてて可愛い子の成分が不足気味だっていうのに…!」

「…そりゃそうでしょ。だって佳奈さん、朱音をここに連れてきたら何するつもりですか?」

「別にそんな大それたことをするつもりは無いわよ? 強いて言うなら……少しだけ肌の感触を味わわせてもらうくらいのことだもの!」

「……いや、譲歩したみたいに言ってますけど完全にアウトですから。そんなこと言われたら尚更紹介なんてしないですよ」

「嘘!? …どうして、これでもかなり条件を緩くしたはずなのに……」


 項垂れるようにして店のカウンターに突っ伏してしまった佳奈だったが……逆に、どうしてその条件ならいけると思ったのだろうか。

 肌に触れるなどとのたまってしまえば彰人が警戒することなど容易に予想できただろうに、それを考慮していなかったのか……はたまた、考慮した上で問題ないとでも判断したのか………。


 …後者であれば、自覚した上での発言ということになってしまうのでそんなことは無いと思っておきたいところだ。

 無い、と断定が出来ないのが佳奈の厄介なところでもあるが。


「……ともかく、俺の方からわざわざ朱音を身の危険があるような場所には連れてきませんし、向こうから来たいとでも言われなければ誘いもしませんよ」

「えぇー…あれだけの美少女が近くにいるって分かってるのに、唾をつけることも出来ないなんて…」

「そもそも唾つける必要が無いでしょ…」


 彰人の返答に対してがっくりと全身で残念そうな感情を表現していた佳奈であったが、こればかりは簡単に頷くわけにもいかない。

 訪れれば身の危険どころか、友人の貞操の危機すらあり得るというのに…そんなハイリスクな場所へとどうして誘えるというのか。


 足を踏み入れてしまったが最後、この店の主から逃げ出せなくなるまで生気を絞りつくされることが確定しているのだから。


「はぁ……なら仕方ない、か。今回は朱音ちゃんたちのことは諦めておくとするよ」

「…今回はってことは、まだ完全に諦めたわけではないんですね」

「それはそうよ! 近くにいる見た目麗しい女性を愛でるのは、私にとっては義務みたいなものだもの!」

「そこは、諦めてくれた方が嬉しかったんですけど……」


 …だが、そこで諦めが悪いのも彼女の際立った特徴の一つだ。

 きっぱりと断言する様からは佳奈が美少女、あるいは美女との触れ合いを断念するような雰囲気は一切感じられず、むしろ当人曰くそこから摂取できる成分とやらが不足しているらしい現状ゆえか熱量はさらに高まっているようだ。


 その成分云々の情報が何なのかは……深く触れたいとも思わないが。


「…ふぅ、まぁ今はそんなところね。色々と話してきたけど…まっ、お姉さんのことは気にせずに彰人も楽しんできなさいよ? 高校生の宿泊イベントなんて一生に何度もあるわけじゃないんだからね!」

「……ええ、分かってますよ」

「ならばよろしい。…さて! そんじゃ気分も切り替えて、これからお店に精を出していくとしますかー!」


 しかし、無駄話が続くのもそこまでだ。

 これ以上は会話を続けても意味がないと悟ったのか、佳奈の方から手を叩きながら調理器具の手入れを再開し始める。


 あれだけ文句を垂れていたというのに、この切り替えの早さは見習うべきものなのだろうが……それまでの流れゆえか、あまり強く感心することも出来そうにない。

 …その辺りの性格も含めて、彼女の良さと認識しておくしかないだろう。


 どちらにせよ、これまでの流れから忘れかけていたが彰人も現在は業務時間内だ。

 自分がまだ雇われている身である以上、その分の働きはきっちりとこなしておこう。


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