第九十七話 スケジュール確認
「じゃーあとは……あっ、持ち物とかどうしようかな? 何か色々と必要になりそうだよね!」
「そうでもないと思うぞ? 道具とかは向こうに行ったら結構貸してくれるみたいだしな。持ってく物があるとしても…せいぜい着替えが必要なくらいだし、そこまで大層な大荷物じゃなくても良いんじゃないか?」
まだ継続して続けられている話し合いの中で優奈がそういえばという仕草を取りながら持参する荷物に関する話題を出してきたが、そこに関してはそれほど大掛かりなものを持っていく必要はない。
航生も口にしていたが、持っていく物としてはパッと思いつく限りだと泊まりのための着替えと貴重品くらいのもので、あとは向こうで大抵は揃えられているとのことだ。
「そうかなー…? けどさ、一泊とはいえ肌のお手入れだってしないといけないし、そのための持ち物は必須でしょ! やっぱり荷物も今からまとめておかないと…!」
「女子はそれがあるから大変だよな……俺と航生なんかはその辺りも気にしてないし、多分最低限で済ませることになるが…そういえば、朱音は荷物とかどうするんだ?」
「んー…? 私はねぇ……そんなにいっぱいは持っていかないかな…優奈みたいに美容用品もたくさんは持っていかないし…」
だが、言われてみれば男子と女子とで持参していく品々に差があるのは当然のことだ。
彰人達からすれば大層な手荷物を抱えていく必要など無いのだとしても、向こうにしてみれば決してそんなことは無い。
むしろ彼女たちだからこそ、それだけの荷物を抱えていく必要があると考えるべきことだった。
…もちろん、同じ女子だからと言って全員が全員優奈のように考えているというわけでもないだろうが。
実際、同じ女子であるはずの朱音に尋ねてみれば彼女はそれほど多くの持ち物を持参していくつもりは無いようだし、いつの間にか眠くなってしまったのか言葉の節々が途切れ途切れになっていたものの…返ってきた言葉は優奈とは真逆のものだ。
「それよりも私は…酔い止めが欲しいかな。バスに乗る時に無いとちょっと不安だから…」
「あれ、朱音ちゃんって車酔いするタイプだったっけ? 初めて聞いたけど…」
「普段はそこまで長く移動することもないから…特に問題は無いんだけどね。今度みたいに長時間車に乗るってなると酔っちゃうことがあるから、念のために買っておこうと思って…」
…すると、不安がちな顔をした朱音がぽつりと彼女が欲しているものを口からこぼしていた。
初耳であったが、どうやら朱音は車酔いをしやすい体質だったらしくその事態を防止するためにも酔い止めを準備しておきたいとのことだ。
「そうなんだ……あっ、じゃあさ! 今日の放課後に一緒にお買い物に行ってみない? 私もちょうど見たいものがあったし、必要なものを買いに行こうよ!」
「え、今日? …そうだね。予定も無かったはずだし、いいよ」
「やったぁ! じゃあ決まりだね!」
そして、そんな絶好の機会を見逃す優奈でもない。
彼女の口から買い物に行っておきたいという言葉が出されると即座に放課後の外出を提案し、無事に朱音とのデートをする権利を勝ち取っていた。
…全く調子のいいやつである。
朱音も嫌がるような素振りを見せていないので彰人も何も言わないが、だとしてももう少し自分の欲を抑えるような仕草くらいは見せてほしいところである。
「…女子は女子で楽しそうだな。よっし、彰人! ここは俺たちも一つ、なんか必要そうなものを見繕いに行ってみるか!」
「見繕うって……俺たちはそんなにいるものもないだろ。何を探しに行くってんだ」
「そこは……こう、アレだ。その時のノリで見に行けばいいんだよ! 女子ばっかり楽しそうってのも寂しいじゃねぇか! ここは男の俺らも騒いで行こうぜ!」
「……いいけどよ。今日は俺もバイトの予定入ってるから、あまり長くは付き合えないぞ」
「わーってるって! そんじゃ後で予定の擦り合わせだな!」
しかし、女子サイドがそのような盛り上がりを見せているとなればこちらも黙っているわけにはいかない。
そう言わんばかりに急激にテンションを高めてきた航生からこちらも放課後の誘いを持ち掛けられてしまったが、今日は彰人もアルバイトのシフトが入っているのでそこまで長居は出来ない。
…そのように伝えれば航生も諦めてくれるだろうかと一瞬考えたが、その程度で諦めることなどあり得ないと彰人自身が一番よく理解している。
予想を裏切ることなく、彰人の発言にも足踏みをするどころか許可の言質を貰えたということで喜びを露わにする友の姿には、さしもの彼であっても苦笑いが浮かんでしまうが…それでこそ航生とも言える。
まぁ出掛けるとは言っても、時間的な余裕を考えれば近くのショッピングモールを巡るのが関の山といったところだ。
その程度ならば多少付き合ったところで、それからの予定には大して差支えも無いだろう。
「したら何見るか……彰人、そっちで見たいものとかあるか?」
「…俺は別に見たいものも特にない。というか、お前の方から誘ってきたんだから見るものの候補とかもあるんじゃないのかよ」
「一切無いな! つーか俺は彰人と遊びに行きたかっただけだし、ぶっちゃけ荷物の確認とかついでだし?」
「はっきり言いやがったな、こいつ……」
「はははっ!! まぁ実際に行けば何か良いものでもあるだろ。そんな焦るなって!」
「誰のせいでこうなってると思ってんだ!」
…そちらから誘いを持ち掛けてきたというのに、その肝心の中身に関してはまるっきりノープランという航生の発言に呆れながらも彰人は心なしか痛む頭を手で押さえる。
友の無責任すぎる言動には慣れたものだと勘違いをしてしまっていたが、この分だと航生の勢い任せに近いペースに慣れるような日はまだまだやってこないだろう。
「はぁ……だったら、見るのは適当な雑貨にするぞ。一応夏休みが終わったとは言ってもまだ時期的には残暑もあるし、行く場所を考えれば虫なんかもいるだろうからスプレーとかを買っておいても良いだろ」
「おぉ……思ってたよりしっかりした意見が出てきたな」
「お前が考えてなさすぎなんだよ。このくらい誰でも思いつく程度のことでしか無いっての」
考え無しの友人に代わって彰人も代替案を提案してみるが、このくらいのことで感心されてもあまり嬉しくはない。
そもそも今回赴く場所が自然豊かな地であると明言されている以上、時期とも照らし合わせてみればそのようなことが頻発するだろうことは容易に想定出来ることだ。
なのでこのくらいは予想できて当然。むしろ感心していないで航生にももう少し頭を使えと言ってやりたいくらいだったが……そんな何気ないやり取りを交わしていた二人の会話を聞いていた者がここには他にもいるのだ。
「えっ……わ、私たちが行く場所って虫とか出るの?」
「ん? …まぁ断定は出来ないけど、多分出るとは思うぞ。環境を考えればいない方がおかしいだろうし」
若干声を震わせながら、何気なくもたらされた彰人の発言に対して怯えたような色を見せたのは先ほどまで楽し気な姿を見せていた優奈。
…だが、その雰囲気もどこへやらと言ったように今の彼女は少し青ざめたような表情を見せている。
「……朱音ちゃん。私たちも、お店に着いたら最初に虫よけ対策を考えようね。絶対…絶対に!!」
「え? …う、うん。それは良いけど…急にどうしたの? もしかして優奈って、虫が苦手だったりとか───」
「い、いや!? 決してそんなことは無いけどね!? ほ、ほら…せっかくの宿泊研修なんだから、念のために用意をしておいて不足はないから!」
「そ、そっか……分かった」
…もうその言葉だけでほとんど自供しているにも等しいが、本人が言いたくないのであれば余計につつく必要もない。
虫というワードが出た途端に態度を一変させた優奈が、何を恐れているのかは……本人ではなく、彼女の性格を最もよく知っている者に聞けばいいだけのことなのだから。
「…なあ航生。優奈って……」
「……あぁ、俺もしばらくあの様子は見てなかったから忘れかけてたんだが…優奈って虫が苦手なんだよな。それこそ、小さめの蜘蛛とかでもかなり大騒ぎする感じで」
「………なるほど。それを朱音には知られたくないってことか」
…彼女の彼氏でもありパートナーでもある航生に一声掛ければ、その答えはすぐに返ってくる。
半ば確信していた事実ではあったが、やはり優奈は虫という存在に苦手意識を持っていたらしい。
別に虫が嫌いな人間なんてそこらにも山ほどいるだろうし、彰人もビジュアルが受け付けない生物に対しては少なからず嫌悪感を持つタイプなのでそこまで必死に隠す必要もないとは思うのだが…そこは本人がどう思っているかだ。
現に朱音に対しては自分が虫嫌いだと知られたくないのか、懸命に取り繕おうとする様を見ればいらぬお節介を焼く方が迷惑になってしまうだろう。
ここは見て見ぬ振りをするのが友人としての優しさというものだ。
「…当日、目立つ虫とかは近づけさせない方が良さそうだな。大騒ぎになりそうだ」
「是非ともそうしてくれ…! …本当に、優奈の虫嫌いを発動させたら周囲に甚大な被害が及びかねないからな……」
「……前に何があったんだよ」
「………聞くな」
男同士で朱音たち二人組には聞かれないようにと小さな囁き声で密談を重ね、当日にやってはいけないタブーリストを密かに共有しておく。
その過程の中で……何だか遠い目をした航生から二人の間に起こったトラブルと思われる過去が掘り返されかけてしまったが、そこは深く触れずにスルーしておいた。
…何事も、知っていいことと知らなくてもいいことがこの世の中にはあるのだ。
朱音には何とか隠し通そうとしていたけど優奈の虫嫌いは尋常なものではない。
それこそ可愛く嫌がる感じではなく、過去にあった例だと主な被害は航生に……うん、まぁ。
言うのも野暮なので、このくらいにしておきましょうか。




