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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第三章

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第九十五話 忘れかけた催し物


「…なぁ彰人。お前もう準備は進めてるか?」

「ん? 準備って…何のだ?」


 夏休みが明けてから数日が経ち、普段通りの授業も始まってきた日の最中。

 いつものように航生と昼食の時間を過ごし、ワイワイと盛り上がりを見せる教室の片隅にて他愛も無い雑談を繰り広げていた彰人達。


 そんな中で航生の方から振られた話題であったが、肝心の主語が無いためにこちらは首を捻ることとなった。


 しかし、そのような様子を見せれば向こうから返ってくるのは心底呆れたような素振りである。


「…おいおい、まさか忘れたわけじゃないだろうな? あんな大イベントを知らないってのは流石にナンセンスだぜ?」

「……何でいきなり乏されたのかは知らんが、そこまで言われることじゃないだろ。そもそもどのイベントのことを言ってるのかをはっきりしてくれ」


 唐突に自分のことを貶されたので思わず言い返してしまったが、そのようなことを言われても航生の言うイベントとやらに心当たりがないので仕方がない。

 どれだけ言及されたところで知らないものは思い出しようもないのだから、そういったことを言う前に肝心の内容を先に明らかにしてほしいところだった。


「全くしょうがねぇな……この時期にあれと言えば決まってるだろ?」

「……あれって何だよ」

「そりゃあお前……今度にある宿()()()()のことだよ!」

「宿泊研修…? あぁ、そういえばそれがあったな。…というか、そういうことなら先にそう言えよ…」


 もったいぶるように話題の中心点を口にした航生だったが、言われてみれば確かにそのような予定があったかもしれない。

 以前に配布された年間行事の予定表にはサラッとしか目を通していなかったので、それほど記憶にも定着していなかったが……そのような行事が存在することは彰人もぼんやりと覚えている。


 宿泊研修。これは彰人たちの通う高校では例年行われている一泊二日の宿泊行事で、目的としてはクラス内の仲を深めようという名目が立てられている。

 向かう場所はその年によっても変わることがあるらしいが、大体は自然豊かな地に赴いてバーベキューにも近い食事を班ごとに作ったりするらしい。


 多くの生徒が心待ちにしている行事の一つでもあり、その中でも一際注目度が高まる一大イベントだ。

 …確かに、これを忘れていたとなれば呆れられてもおかしくはないかもしれない。


「もう宿泊研修に行くまで二週間ちょいなんだぞ? だからその準備をしてるのかって聞こうと思ってたんだが…まさか忘れてるとは思わんかった」

「……それは、正直すまん。あまり興味も無かったしな…」

「そんなんじゃ駄目だっての! 俺ら一年からしたら最大規模のメインイベントでもあるんだ…! 全力で楽しんでこそ、最高の思い出になるってもんだろ!」

「思い出、ねぇ……まぁそれがいいんだが、別にそんなことだけを聞こうとしたわけじゃないだろ?」

「おっ、よく分かったな! 実はよ、今日の午後に宿泊研修の班決めの時間があるだろ? 俺と彰人で同じ班になろうって話だ!」

「そういうことか。いいぞ、別に」


 彰人は大して意識もしていなかったので聞き流していたのだろうが、そういえばそのような時間が今日は予定されていた。

 一体何の班分けをするのだろうかと内心で若干疑問にも思っていたのだが……まさかそのことだったとは思ってもいなかったので、ある意味疑問が解消されてスッキリした気分である。


 ただ、それならそれで問題はない。

 彰人にしても宿泊研修の班分けとなればそもそもまともに付き合いのある相手など航生以外にはパッと思いつかないし、向こうから誘ってくれるのであれば拒否する理由もない。

 むしろ、こちらから頼みたいくらいだったのでこの申し出はありがたいものだった。


「それとこれは相談……というか事後報告になっちまうんだが、実は優奈の方から間宮さんも入れて班になろうって言われててな。それでもいいか?」

「ああ、構わないぞ。…結局いつものメンバーで固まることになったな」

「はっはっは! まぁ楽しそうでいいじゃんかよ!」

「まぁな。というか、お前の方から来たところで優奈もセットで付いてくることは予想できてたし」


 豪快に笑い声を上げながら優奈たちも同じ班になることを告げられたが、その辺りは想定の範囲内だ。

 前提としてクラス内でのペア分け、もしくはグループ決めとなった時点で仲の良さが周知されている航生と優奈のカップルが分断されることなどありえないし、そうならない方がおかしい。


 もしそうなれば彼らの間に何かあったのではと疑うレベルである。


「まーそういうわけだ。なんか班決めの楽しみを先に取っちまったみたいになったけど、悪いな」

「そんくらいは気にしてないから大丈夫だ。それに、俺にとっては気心も知らない相手と同じ班になる方がきついからな」

「……相変わらず、身内以外には警戒心強めなことで」

「そうか? 普通そういうもんだと思うが」


 そんな会話の中にあって、彰人からしてみれば見知らぬ相手と班を同じにする必要がなくなって安堵している時。

 航生からその様子を見守られながら苦笑いを浮かべられたが、大して話したこともない人物と長時間過ごすことになれば誰であっても大なり小なり気疲れはするものだろう。


 もちろんそんなことはないと豪語する者も中にはいるかもしれないが、それはその者が特別なだけである。

 普通は知らぬ相手と過ごしていれば無意識に気を遣い配慮を配り、仲の良い相手と過ごす時間に比べれば心休まる時というのは少なくなる。


 事前にそういった事態を回避することが出来たのだから、ここは素直に喜ぶべき場面だろう。


「…前から思ってたんだけどさ。彰人って身内かそうでないかで対応が結構変わるよな」

「……急になんだよ」

「いや、ふとそう思ったからさ。ほら、お前ってクラスのやつと話す時とかもそうだろ? 会話はするけど良い意味で取り繕わないというか、割と塩対応というか」

「…よく見てるもんだな」

「まあな。けど俺たちに対してはそうじゃないというか……言葉ではキツイこと言う事もあったりするが、何だかんだ言って手伝ってくれることが多いじゃんかよ」


 …急に何を言い出すのかと思ったが、航生が何かを思い出したかのように口火を切ったのは彰人の普段の生活態度に関することだったらしい。

 言わんとしていることは分かる。


 彰人自身、自分が気を許した相手とそうでない相手に対して用いる態度がかなり異なっていることは自覚出来ている。

 ただ……それを直すかどうかと聞かれれば、答えは否だ。


 社会に出てしまえばそうもいかない事態も出てくるだろうが、だとしても自分が関わり合いになりたくない相手と接する時にまで仲の良い相手と同じようにコミュニケーションを取りたいとは思えない。

 最低限の意思疎通こそ維持する努力はするが、逆に言えばするのはそれまでのことだ。


「一見素っ気なくも見えるけど、心を許したら一気に甘くなるのがお前ってやつだからな。…これが人たらしってやつか」

「何だよ人たらしって……別に甘くなんてないだろ。普通だ、普通」

「いーや! 俺の知る限り、お前は間違いなくだだ甘だね! 否定しようったってそうはいかねぇぞ!」


 何やらとてつもない剣幕で航生から詰め寄られてきたが、そんなことを言われても戸惑うだけだ。

 身内には甘いなんて言いがかりをつけられたところでこちらは自然体で接しているだけなのだから、意味不明なことを言うのはよしてほしい。


「…まぁ彰人の場合は、それが無意識ってのが一番怖いところだがな……特に()()()と話す時なんかは甘いを超えて甘やかしすぎなくらいだし」

「……うるせぇな」

「あれは傍から見てても恥ずかしくなるくらい甘い対応だもんな…正直、彰人があれだけ優しそうにしてるのも初めて見たし、それに幸せそうにしてるってのも───」

「……ふんっ!」

「…痛ぁっ!? 唐突に何すんだよ!?」

「知らん。急に叩きたくなった」

「理不尽すぎるだろ!?」


 色々と好き勝手語りだした航生に対し、空気感に耐えられなくなった彰人は友の頭に全力の手刀を叩き落とすことで強制的に黙らせた。

 …その行動に対して向こうから文句も飛び出してきたが、知ったことではない。


 全ては己の口が招いた災いなのだから、甘んじて受け入れるべきことだ。



 …己の行動を客観的に明かされたことによって羞恥心を刺激され、その雰囲気の居心地の悪さに耐えかねたというわけではないのだ。決して。


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