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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第八十九話 終わりと再開の予感


「…お、朱音。先に下に来てたのか。…何してるんだ?」

「あ、彰人君。えっと、これはね……ちょっとやることも無かったから朝ご飯作ってたんだけど、良かったかな?」

「ん、朝食の準備までしてくれてたのか? それはありがたいし全然いいけど…大変だったろ」

「そうでもないよ。朝ご飯もそこまで手間をかけるものを作らなければ大して時間もかからないからね。せっかくだし一緒に食べよう」

「…なら良いんだけどさ。ありがたくもらうよ」


 想定外のトラブルが巻き起こってから十数分が経ち、彰人も朱音も混乱からようやく平静を取り戻しつつあった。

 その証拠に、彰人が着替えを済ませて階段を下りて行けば何やら香ばしい香りが漂ってくる。


 一体リビングにて何が行われているのかと疑問を抱えながら扉を開けば……何とそこには、先日と同じようにエプロンを身に纏った朱音が朝食の準備をしてくれていたようだった。

 …昨日と今日のこともあって多少なりとも疲れているだろうに、まさかそんなことまでしてくれているとは思いもしなかった。


 だが、ここで朱音が作ってくれた朝食を口にしないというのもそれはそれで失礼であるため、言いたいことはグッと抑えてご相半にあずかることとしたのであった。




「…おぉ、この味噌汁も美味いな…! やっぱり、何か作ってる時に拘ってるところとかもあったりするのか?」

「うーん……そこまで大したことでもないけど、あえて言うならお出汁から取ってるからそれが大きいのかな? そんなに大きな違いでもないとは思うけど…」

「そうか…けど、普段から料理をしない俺からしたらこれは間違いなく美味いものだよ。ありがとうな」

「う、うん……どういたしまして…」


 朱音お手製の料理を食べながら何てことも無い談笑に花を咲かせる二人だったが、やはり彼女の料理はどんなものであっても仕上がりが一級品であると再認識させられた。

 今日の朝食は昨日とは打って変わって和食をメインとしたものへと変化しており、白米に味噌汁、そして鮭の塩焼きと定番であったが……その味わいは全く平凡ではない。


 和食であっても先日の洋食であっても、どんな料理ジャンルであろうと最高の仕上がりを出してくれる朱音の腕はここでも健在だったようだ。


 そんな彼女が作ってくれた最高の料理を口にしながら、彰人は感想を伝えるのと同時にそれとなく何気ない話題を振ってみる、が……完璧な料理とは対照的に会話の雰囲気はどことなくぎこちない。


 …まぁ、その原因なんて初めから分かり切っている、

 二人ともあえて触れないようにはしていたが、どう考えても今朝方の出来事が全ての元凶であることは明らかなのだ。


 いくら冷静に取り繕おうとしたところで、あんなことがあった直後ではぎこちなくなってしまうのも仕方がない。

 表面上では普通の会話を繰り広げようとしてくれているのも分かるので、何も会話がないよりは遥かにマシなことも事実なのだから。


 …しかし、いつまでもこのままというのも受け入れがたい。

 彰人とて、あのようなことの後にいつも通り接してくれということが難しいことであるのは理解しているが…だとしても、そのせいで向こうとの距離が曖昧なものとなってしまうのは避けたいところだからだ。


「…にしても、もう少しで夏休みも終わりか……なんだか振り返るとあっという間だったよな」

「…そうだね。色々大変なこともあったけど、いつもの夏休みよりも何倍も楽しかったよ」


 そんなことを思いながら取り上げた話題は、まさにあとわずかで終わりを迎えてしまう夏休みに関連したこと。

 …今までの彰人にとっては夏休みというのは、主に自宅にて勉強をしながら時折気ままに外出をするくらいのもので、何か楽しい思い出を残そうという考えすら湧かないものだった。


 けれど、こうして振り返ってみれば今年の長期休暇はいつの間にか数々のイベントを経験しており、例年の夏休みとは比較にもならないほどに良い思い出を作ることが出来ていた。

 …それこそ、終わってしまうのが惜しいと思ってしまうくらいには。


「私は……今まではずっと休みの間は眠ってるだけだったから、まさかこんな風に友達と過ごせるなんて夢にも思ってなかったもん。これも彰人君のおかげだよ」

「いやいや、それは別に俺は関係ないよ。…朱音が頑張ってきたからそうやって過ごせたってだけだろ?」

「ううん。確かに過程はそうだったかもしれないけど…そのキッカケを作ってくれたのは間違いなく彰人君だから。お礼を言わせてほしいな」

「…そうか」


 そしてその考えは、朱音も同様のもの。

 彼女が言うように、これまでは眠ることが多かったという朱音も今年の夏休みだけは意識を確かなものとしながら友人と同じ時間を過ごしていた。


 以前までの彼女を知る者からすれば到底信じられない様な状態を維持しながら今日までの月日を重ねて来たともなれば、その感動もまた一塩だったことだろう。

 朱音はその時間を過ごせたことを、彰人のおかげだと認識してくれていたようだが…決してそんなことはない。


 彼女が普段とは違う夏休みを過ごすことが出来たのは、ひとえに朱音本人が他人と関わるための努力を重ねてきたからこそであり…そこに彰人の存在はほとんど介入していないのだ。

 …もちろん、そんなことを言ったところで無駄だ。


 今も心からの感謝を伝えるようにして言葉を送ってくる朱音の表情を見れば、下手な誤魔化しや言い逃れの言葉は却って向こうの意思を蔑ろにしてしまう。

 その意図を汲むのであれば、ここは頑固に否定しようとせずに大人しく聞き入れておくべきところだろう。


「まぁ…素直なところを言えば、俺は学校が始まるのも悪くは無いんだけどな。休みが終わるってだけで勉強は嫌いでもないし」

「あっ、それはちょっと分かるかも……睡眠時間が減っちゃうのは困るけど、それ以外はあまりショックでも無いんだよね」

「そうそう。むしろ予習の範囲を広げられると思うと嬉しくもあるし──」


 そんな彼らの次の会話テーマとして引き合いに出されてきたのは、まさにこれから再開しようとしている学校についての話題である。

 …あまりにも二人が楽し気に話しているので勘違いをしそうになるが、本来一般的な高校生からしてみればもう一度授業が始まるというのは歓迎されやすいものではない。


 自分たちの義務でもあるため登校をしなければいけないことは理解しているが、それでも休みの楽さを知ってしまった身からすれば…理解はしていても、身体が学校へと向かうことを否定したくなる。そういったものだろう。


 …だというのに、今この場にいる二人はまるで授業が再開されることを待ち遠しく思っているようですらあった。

 ここにはいない、もう一組のカップルでもあり友人である者達に見られれば…『そんなわけあるか!』とツッコまれそうな会話内容であったが、それを実際に言葉にする者は近くにはいない。


 元より十分に優等生と言える成績を収めている彰人と、授業を受ける態度こそ微妙なものではあるものの……頭の良さでは群を抜いている朱音の二人しかいない環境だ。

 勉学面では非凡とさえ言える者しかいない状況では…一般的な意見から少しずれた言葉を口にする彼らに口を挟む人間など、現れるわけも無かった。


 …互いの共通認識でもある勉強の話が出ると、途端に話が弾む彰人と朱音の会話模様。

 年頃の男女としては何かがずれているような気がしないでもないが……それはそれとしても、自然と盛り上がりを見せる二人の間には先ほどまであったはずの気まずさなど、いつの間にか消え失せていたのだった。


 穏やかでありつつも、確かな居心地の良さを実感させてくるその時間は…じきに鳴海が朱音を迎えに来るまで続いていく。


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